その1 十五歳の誕生日の出会い
運命の日というものは、こちらの都合や心の準備なんてお構いなしに、突然訪れるものらしい。
少なくとも僕の場合はそうだった。
十五歳の誕生日を迎えたこの日。僕の人生は転機を――そう、とんでもなく大きな転機を迎えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕の名前はディル。今日で十五歳になる男の子だ。
いや、もう男の子というのはおかしいのか。
この国では十五歳になれば一人前として扱われるそうだ。
つまり今日から僕は大人になったのだ。
僕がなぜさっき、”そうだ”という曖昧な表現を使ったのかと言うと、ドロテアお婆ちゃんからそう聞かされた事があるだけで、本当の事は知らないためだ。
この頃の僕は自分がどこの国に住んでいるのかも知らなかった。
物心ついた頃から深い森の中にある小さな家で、ドロテアお婆ちゃんとずっと二人だけで暮らして来たからである。
「ディル! ディル! 水瓶の水が無くなってしまったよ。汲んで来てくれないかい?」
お婆ちゃんは、両親のいない僕にとっては、かけがえのない唯一の家族だ。
僕と同じオレンジブラウンの髪を後ろにまとめた、いつも気難しい顔をしている人だ。
でも僕は、気が付けばいつも、お婆ちゃんが僕の事を優しく見守ってくれている事を知っている。
気難しい態度はお婆ちゃんなりの照れ隠しなのだ。
「分かったよ、お婆ちゃん。川に向かうついでに、魚も捕って帰るね」
「おお、頼むよ。なら、今夜は魚のパイ包みにでもしようかね」
ドロテアお婆ちゃんは、そう言うとじっと僕の様子を伺った。
「今日はディルが大人になった記念日だ。水汲みから帰る頃には、かまどを温めて直ぐに料理が出来るようにしとかないとね」
お婆ちゃんは僕の誕生日をちゃんと覚えていてくれてたんだ!
僕は嬉しさで胸が一杯になった。
僕は水汲み用の桶を掴むと、元気よく大きく振った。
「ありがとうお婆ちゃん! 急いで水を汲んで戻って来るね!」
「これこれ、そんなに早く帰って来ても料理は出来ないよ。全く、いつまでたっても子供なんだから」
お婆ちゃんに呆れられて、僕は顔が熱く火照るのを感じた。
そうだった。今日から僕は十五歳。一人前の大人になったんだ。
これからは大人の男に相応しい行動を取らないと。
・・・あれ? 大人の男に相応しい行動ってどういうのだろう?
僕は僕以外の人間をドロテアお婆ちゃんしか知らないから、どういうのが大人の男らしい行動なのか良く分からないんだけど。
「――まあいいか。今日から大人になったんだから、そのうち自然に分かるだろう。じゃあお婆ちゃん、行って来るね!」
分からない事をいつまでも考えていても仕方がない。
僕は森に向かって走り出した。
ドロテアお婆ちゃんは、きっといつもの優しい笑顔で見送ってくれていたと思う。
この後僕は、「あの時、最後にもう一度振り返って、お婆ちゃんの姿を良く見ておけばよかった」と後悔する事になるんだ。
これが僕がお婆ちゃんと最後に交わした言葉となったのである。
パイを焼くなら、薪もいつもより沢山必要だろう。
森の木々は灰色で固い。
僕に渡された採取用のナイフでは、傷一つつけられない程である。
僕は地面に落ちた枯れ枝を拾い集めながら、川を目指した。
水汲みは結構な重労働だ。
お婆ちゃんが腰を悪くした数年前からは、ずっと僕が一人でやっている。
最初の頃は今よりも全然運べなくて、泣きそうになりながら何度も往復していた。
そんな風に苦労して運んだ水が、瓶に開いた小さな穴から全部染み出してしまった時には、本気で悔し涙を流したっけ。
お婆ちゃんは悲しむ僕をじっと見ているだけで何も言ってくれなかった。
でも今ならお婆ちゃんの気持ちが分かる。お婆ちゃんも黙って僕と一緒に悲しんでくれていたに違いない。
「そうか。僕はちゃんと子供から大人に成長していたんだ。きっとこれが大人になるって事なんだろうな」
大人の振る舞いというのは分からない。でも、あの時はお婆ちゃんに気遣われるだけだった僕が、今はお婆ちゃんの気持ちが分かるようになった。
これって子供から大人に――気遣われる立場じゃなくて、人を気遣う立場になったって事なんじゃないだろうか?
「うん。多分、いや、きっとそうだ。後でお婆ちゃんに聞いてみよう」
僕は自分の発見に興奮しながら、川への道を急いだのだった。
世の中、良い事の後は悪い事が起きるらしい。
「・・・これもだ。底が壊されている」
僕が川に仕掛けてあった魚取り用の罠は、何者かによって全部壊されていた。
「多分、灰色イタチの仕業だな。困ったな。魚を捕って帰るってお婆ちゃんに約束しちゃったのに・・・」
灰色イタチは罠にかかった魚を狙って仕掛けの中に潜り込み、魚を食べた後、鋭い牙で罠を食い破って逃げる事がある。
それにしても、全ての仕掛けが食い破られるなんて。今日の僕は余程運が無かったようだ。
「せっかく大人になった記念日なのに・・・はあ。仕方がないか」
僕は魚の代わりに野草や木苺を摘んで帰る事にした。
「魚のパイから野草のパイになっちゃったか。お婆ちゃんはガッカリするだろうな」
もちろん、お婆ちゃんは僕の前でガッカリはしないだろう。
でも、きっと心の中では、特別な日にご馳走を用意出来なかった自分を責めるだろう。
僕は自分の不甲斐なさが悔しくて仕方が無かった。
「僕にもっと力があればなあ・・・」
そうすれば森の獣を――モンスターを狩って肉を手に入れる事だって出来るのに。
しかし、森の獣はどれも強い。僕がどうにか出来るのは、せいぜい灰色ネズミか灰色ウサギくらいだ。
それだって、罠にかかった相手を仕留めるくらいだ。
一応、スリングやこん棒でどうにか出来ないか、何度か試した事はあるのだが、僕程度の腕前ではヤツらに手も足も出なかった。
「こんな事じゃ、冒険者になるなんて夢のまた夢だよな」
そう。実は僕には密かな夢がある。
それはこの森を出て、町に行き、冒険者になるというものだ。
家には古い本が何冊かあり、僕はその本で文字を学んだ。
中でも僕のお気に入りは冒険者の活躍を書いた本だった。
剣と勇気で、恐ろしいモンスターを仕留める勇敢な男達。
信頼できるパーティーの仲間と助け合いながら、道なき道を歩み、困難に挑み続ける生粋の挑戦者達。
彼らの死闘が、冒険が、成功が、僕の心を熱くたぎらせた。
僕は一字一句残さず丸暗記する程、その本を熱心に読み込んだ。
「まあ、残念ながら、その本は燃えてなくなってしまったんだけどさ」
お婆ちゃんが間違えて、薪と一緒にかまどの火にくべてしまったのだ。
流石にあの時は、頭の中が真っ白になるほどのショックを受けてしまった。
お婆ちゃんは、「気付かなくてゴメンね」と、何度も謝っていたけど、そんな声も全く耳に入らなかった程だ。
「お婆ちゃんって、ああ見えて結構おっちょこちょいなんだよね。この間も僕が育てていた野菜を、雑草と間違えて全部引き抜いてしまったし」
幸い、あの時はすぐに気が付いて急いで植え直したから、半分くらいは無事で済んだんだけど。
「そんな事より冒険者だ。せっかくこうして大人になったんだから、僕もいつか彼らのような冒険者になってみたい。そしてみんなをモンスターから守って、お婆ちゃんに楽をさせてあげるんだ」
いやまあ、モンスターどころか、ネズミやウサギすら倒せない僕が何を言っているんだって話だけど。
「それは・・・今までは子供だったからという事で。今日からは大人になったんだから、そのうち冒険者に相応しい力だって――それこそ【能力】だって身に付くに違いないよ」
この世界には【能力】と呼ばれる力があるそうだ。
持って生まれる場合がほとんどだが、厳しい訓練で手に入る事もあるらしい。
僕の読んだ本の冒険者は、生まれながらに”剣術の才能”という【能力】を持っていた。
彼はその【能力】で幼い頃から剣では負け知らずだったという。
冒険者となってからは、戦いの中で様々な【技能】を習得。パーティーの中心人物としてモンスターを討伐していったのだった。
「僕にもそんな【能力】が一つでもあれば、冒険者にだってなれるのになあ・・・」
「ふうん。お前、そんなに冒険者になりたいの?」
「えっ?!」
突然、背後から聞こえた女性の声に、僕は驚いて振り返った。
「えっ?! えっ?! 誰?!」
「まあ、お前くらいの年頃の男の子なら、冒険者に憧れるのも不思議ではないのかもね」
いつの間にか僕の後ろに、見た事も無いキレイなお姉さんが立っていた。
艶やかな長い金髪。切れ長の大きな目。ふわりと柔らかな微笑みを湛えた唇。白い胸元が大きく開いた緩やかなドレス。見た事も無いキラキラとしたアクセサリー。
けど、僕が驚いたのは、彼女が美人だったからではない(いや、それもあるけど)。
僕とドロテアお婆ちゃんしかいないはずの森で、他の人と出会ったのが初めてだったからでもない(いや、それもあるけど)。
彼女は僕が本の挿絵で見た、とある人物に生き写しだったからだ。
いや、その人物は人間ではない。
彼女は女神様――この世界を創った女神様――女神アテロード様そのままの姿だったのだ。
次回「チート能力てんこ盛り…のはずが」