ご
『やあ、レイニー』
『こんにちは、ボルドーさん』
ああ、そう。彼とは学生の頃からの知り合いだった。
名前が似ているねと、声をかけらるたのが最初だった。
懐かしい景色は断片的に浮かび消えてゆく。
ある日彼が私の部屋を尋ねてきた。舞い上がった私はコーヒーを入れにキッチンへ向かう。
『これ、今僕が手がけているのとテーマが同じだ』
急な訪問に慌てて机の端にまとめた資料を手にとった彼に、驚いた。
『 あ、駄目っ!返してっ』
『取ったりしないよ……へぇ、中々いい着眼点だね』
懐かしいような苦しいような記憶の欠片。
『隣国へ?』
『そう、半年くらいね。戻ったら一番に会いに来るよ』
必死に勉強をした学生時代。
頼る者もなくカフェや倉庫、事務員と、必死に働いた。
人付き合いは薄いけど、色々な人を見た私は分かっていた。
彼には意図があって私の元に来るのだと。
それでも人恋しさから受け入れてしまった。
だから、しばらく会えないと聞いて寂しいと感じる反面、ホッとした。
「レイ」
悲しげな、優しい声が私を呼ぶ。
ぼんやりとした視界には金髪の彼ではなく赤茶髪の男。
「……ラ、ニー?」
「熱があるんだ。それに酷く魘されて」
とても心配そうな顔をして私の手を握った。
この人は何故私に何も求めないのか。
あの人は私から掠めるばかりだったのに、本当に全く似ていない。
……あら?
あの人って、誰。
「薬だ。少しだけ体を起こして」
言われるままに軋む体に力を入れると、力強い腕が背中を押上る。渡された薬を口に含むとすぐにグラスを渡された。ラニーの手が添えられたグラスを持ち、震える手で口に含む。
冷たい水が喉を通り体に染み渡るようでとても心地よかった。
熱なんてそのうちに下がるのに。
これくらいで死んだりはしないのにと、再びベットに寝かされた私は思ってしまう。
愛している。そう言ってくれた彼の言葉が、何度も私の中を巡った。
でも、何も要らないのなら、何も奪わないのなら。
私自身を、欲してくれているのなら。
もう一度誰かを信じても良いかもしれない。
*
あれから私達の関係は少しずつ変わった。
ラニーの一方的だった気持ちを私は受け入れ、ラニーへの気持ちに素直になることにした。
可能な限り時間を共にし、私はラニーを知るためにラニーの話を聞く。ラニーは過去の私については「これからの君も君だ」と、あまり話したがらなくなってしまったけれど、今はそれでも構わない。私が私を知る機会はきっとまだあるだろうし、今の関係に満足もしてるから。
今日も用意されていたシルクのドレスではなく木綿のシンプルなドレスを着て庭を歩く。
「今日もとても綺麗ね」
「レイが気に入ってくれて良かった。後でこの庭を仕上げてくれた者を褒めておくよ」
ラニーの仕事の時間に合わせて早朝の散歩は私が望んだもの。熱を出した私は元々あまり体力は無かったのか、回復まで暫くかかった。
また何時か同じような事が起きるとも限らず、迷惑をかけたくなかったので初日は一人で始めたものだけど、翌日からはラニーが部屋の外で待っていた。
ラニーは忙しい。いくつもの仕事を抱えていて、たとえ人を使って回していたとしても空く時間は多くはない。
それが三日続き四日続き、五日目には早朝に変わった。
「朝露に濡れる花はとても綺麗ね」
「そうだね。空気もとても澄んでいていい」
「その日の天気や気温によって顔が違うから飽きずに体力を付けられたわ」
元々ラニーの起床時間は早い。いつもはこの時間には身支度を済ませてゆっくりと新聞に目を通している。その時間に散歩をし、街への移動の時間に車の中で新聞に目を通すようになった。
この後は一緒に朝食を取り仕事へ向かう。
私の一日の始まりが少しだけ早くなったけど、私自身がラニーとの時間を楽しんでいるので問題は無い。