閑話 首の皮一枚でも
卒業に向けて、中学校では寄せ書きを書き合う時間が設けられてクラスメイト全員で回し書きしていた。
その後、他のクラスのお友達とも寄せ書き交換できるようにと、体育館でも寄せ書きタイムが始まった。
(お友達が少ないちーには切ない時間かも…。)と、一人でぽつんと座っているちーを体育館のドアから心配しながらのぞき見ていたのだが…。
「思ってたより多くの人が声かけてくれた!」
「知らない人からも声かけられた!」
「一人でいたら○○ちゃん(合唱コンクールで一緒にソプラノだった子)が連れてってくれた!」
「去年クラスメイトだった3人が来てくれた!SixTONES担だって!」
案ずるより産むが易し、拍子抜けするほどほくほく嬉しそうな顔で戻ってきた。
同伴登校を続けた一番の理由は、この学年のお友達がとても穏やかで優しい子が多かったからだ。
小学校の友達もほとんど同じ中学校に進むから、小学校の時にどんなに大変でもお友達との縁を切らさないようにと願っていた。
「ちーちゃん、予定分からないでしょ、予定帳貸してあげる。」と声かけてくれた男の子。
「ちーちゃん、今日の漢字の宿題の範囲はここだよ」と漢字ドリルを見せてくれた男の子。
「ちーちゃん、私の隣においで」と運動会のダンスの時に手を引いて連れていってくれた女の子。
お手紙をくれる子、バレンタインやホワイトデーに手作りスイーツをくれる女の子。
体育の時に1人でいるちーをチームに誘ってくれた女の子。
男女混合のバレーボールの試合でちーが怖がってボールを避けても責めず、フォローしてくれた男の子。
「あけましておめでとう!」と手紙をくれた女の子は、「ちーちゃんママにも。」と『今年もよろしくお願いします。』と書かれた手紙をくれた。
同伴登校でずっとお友達のことも見てきたけれど、本当に優しい子達ばかりだった。皆からちーに向けられた優しさすべてを伝えられたらいいのに、言葉にしきれない。
そんな皆の優しさにつられて、ちーも教室に入れず別室で一緒にテストを受けているお友達の給食を教室まで取りに行ったり、お友達が用事で給食当番の仕事ができない時に代わりに牛乳を配ったり、ささやかながらできる範囲でお友達を助けていた。優しさは繋がっていく。
もし同じ学年がここまで優しい子達ばかりじゃなかったら、先生方がここまでちーの人格を尊重してくださらなかったら、きっと不登校で過ごしたと思う。
首の皮一枚状態でもお友達や先生方という『社会』に繋がれていて良かった。
『生きてさえいれば不登校でもいいんですよ』というのは優しい言葉だし、それで救われる子もいると思うけれど、あと少し手を差しのべれば学校に行けるという子もいる。苦しんでいる子に合わせたフォローができるように、選択肢が増えてほしい。それを現場の先生方の善意任せにしないで、制度で確立してほしい。
私が教員免許を取得した頃はこれからまさに『ゆとり教育』に移行するという時期だった。
それまでの『詰め込み教育』では助けられなかった、いじめ被害や不登校、落ちこぼれ、自殺などの問題を改善するために『生きる力』を育むという理念だと教わった。
学力低下などの問題が大きくクローズアップされて批判されがちな『ゆとり教育』だが、今まで見て見ぬふりをされていた子供達を救いたいという理想は、当時は画期的なものに感じられてとても眩しく新しい時代に希望を抱いたことを覚えている。そして20年ほど経った今、その理念はちゃんと教育現場に息づいている。
今でも問題は起こるし苦しんでいる人がいるのは大前提だけど、大多数の学校や子供達達は生きにくさを抱えてる人達に対して昔よりずっと寛容になったこと、優しくなろうとたくさんの人が努力していることに目を向けて、未来に希望を抱いてもいいと思う。
ちーや私を支えてくださった先生方やたくさんの優しいお友達に感謝を込めて。




