ニシンのパイ
夜道で「山の主」扮した校長に驚き児童転倒、けが「教諭らに過失」京都市に賠償命令
というニュースを見た。ネットの反応は
「子どもを喜ばせる為に、良かれと思ってイベントを用意してくれた先生がかわいそう」
「親がモンペ」
という学校擁護のコメントの方が、
「永久歯を折るケガって激痛だよ」
「インプラントにしたら高額」
「子どもが怖い思いをさせられた親の気持ちもわかる」
という親御さん擁護の声より多くて驚いた。自分や子どもが永久歯の前歯折っても許せるなんて寛大な人が多いのですね…。
私は大人が怖がらせようとしなければこのお子さんは歯も折れなくてすんだのに…、痛い思いも怖い思いもしなくてすんだのに…と思ってしまう。あくまでネットの反応を見ただけなので、実際に人に聞いたらもう少し親御さん擁護の声が増えると思うけれど。
私は普段は学校にお世話になっているし、良い先生方に恵まれて学校擁護派だけど、これは嫌だな。
そもそも大人が子どもに対して『暗闇でお化けに脅かされたら楽しくていい思い出だろ』って考える感覚がわからない。
お化け屋敷や肝試しは、好きと苦手がはっきりと分かれるジャンル。それを子ども全員が喜ぶ前提で計画するからおかしなことになるのでは。
Snow Manのリーダー・ジャニーズ1のストイック筋肉ボディの岩本君ですら、お化け屋敷ではその大きな背中を小さく丸めて「怖かった~」と泣き出してしまうのよ、なんてかわいい好き。身体は鍛えられても恐怖を克服するのって本当に難しいのだと、苦手があるのは悪いことじゃないと身体を張って教えてくれてありがとう岩本君。
全員とはいわないまでも大多数の子どもが楽しめるレクリエーションは他にもあるし、肝試しはやりたい子と苦手な子を分けて、苦手な子には別のレクリエーションをしてあげればいいのに。
手間を考えろといわれるかもしれないが、その手間を『肝試し優先』にする意味がわからない。
自分以外の人が『怖い』と思う気持ちを、自分の尺度だけで「このくらいなら大丈夫、たいして怖くないだろう」と測るから相手の気持ちを読み違えてしまうのでは。
「何もなくてもなんとなく怖い」と怯えてしょっちゅう泣いているうちの不安障害の長女ちーを見ていると、『怖くない』ということがどれだけありがたいかよくわかる。どれだけ「大丈夫だよ」と抱き締めて言葉を尽くして励ましても「無理、怖い」と言われる無力感たるや…。
そして恐怖は心だけでなく体も蝕むから、ちーは頭痛、腹痛、指先の震え、不眠など不快な症状に常日頃苦しめられている。
この歯を折ってしまったお子さんがその後どんなご様子かは分からないけれど、恐怖はその瞬間だけで終わってくれるとは限らない。長くトラウマとして残ってしまっても、それを『恨みがましい』と責めてはいけないと思う。子供の心を否定して『こう考えるべきだ』と自分の正義を押しつけるのは傲慢だと思う。考えを押しつけられるのって、自分がされたら嫌だよね。
まずは子供の感情をまるっと受けとめて安心感を取り戻してあげられる大人でありたい。
そして宿泊を伴う行事は子供たちの安心安全性を学校が守ってくれることを信じて親は送り出している。その保護者代わりの守ってくれるはずの先生に我が子が怖い思いをさせられて、その後の学校生活がなんのわだかまりもなく送ることはできるのか。上手くいかなくても不思議じゃない。
もしこのお子さんが先生への苦手意識から不登校になったりしたら、親御さんも生活が激変してしまう。
ちなみにうちの長女ちーの自然教室体験は、ちーが「義務教育期間全部『U先生』が担任の先生だったら皆勤賞狙ってた」と言うほど全幅の信頼を寄せていたU先生が、「ちーさんが安心して参加できるように、臨機応変に対応します。」と心配りをしてくださったおかげで、なんと肝試しまで参加できてしまったとさ。U先生はじめ他の先生方も本当にありがとうございました。
この裁判に関してどうこういうつもりはないけど、ニュース欄のコメントを見ていたら何となく『魔女の宅急便』の『ニシンとかぼちゃのパイ』を思い出した。
優しそうなおばあ様が「孫のお誕生日に自分の得意料理の『ニシンとかぼちゃのパイ』を送りたかったんだけど…」と。キキは困っていたおばあ様を助けてパイを完成させ、悪天候の中、孫娘にパイを届けたら
「私、これ嫌いなのよね」と言われたアレである。
わずか13歳で独り立ちして仕事をしなくてはならないキキを主人公としてキキの目線で見ていると、華やかなドレスを着て誕生日を祝ってもらっている孫娘はおばあ様とキキの気持ちを踏みにじったかに見える。
でも孫娘の視点から見ると、そもそもキキの事情は知らないし、おばあ様ご自慢の『ニシンとかぼちゃのパイ』は『嫌い』『いらないって言ったのに無理やり送られてきた』ありがた迷惑なものなのである。
孫娘はのちにトンボを助けようとしてるキキを応援(?)してるし、悪い子じゃないのよ。
私はむしろおばあ様に対して、キキに『チョコレートケーキ』を作ってあげられるくらいなら、孫娘にも自分が作りたいものじゃなくて、孫娘の好きな物を贈ってあげればいいのにという感想を持った。
キキがもし『チョコレートケーキ』が嫌いだったら、孫娘が感じた『ありがた迷惑』という気持ちも理解できただろうにな。
『ありがた迷惑』を事情を知らない外野が『ありがたいと思え』と言うのはよくないよね、これが今回の教訓。
先月の私の誕生日に、
ちー「ママは黒のオシャレなリュックを欲しがってたよ」とパパに画像を見せる。
パパ「そんなおもちゃみたいなリュックじゃダメだ」(スポーツタイプのリュックをポチっ)
と、私が欲しがってた黒のリュックはなぜか否定され、グレーのスポーツリュックをいただいたのだが…。私は普段ベージュやキャメルのトップスにマキシスカートを合わせる落ち着いた格好が好きなので、パパが選んだグレーのスポーツリュックは合わないんだよね。
「ありがとう」とお礼は言っておいたけど、「嬉しい」とは言えなかった。だって嬉しくないんだもん。
拙い文章ですが読んでいただけてとても光栄に思います。
まだ続きを書きたいと思いますので来年もよろしくお願いいたします。
よい年を迎えられますようお祈り申し上げます。




