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濡羽と萌木は月下に舞う  作者: 阿月美貴
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第三話 今は昔、言の葉は無き 7


 土地霊は、ぎりぎりまで見つけることが叶わなかった。

 それでも位置の特定だけは何とかなり、残るは術式の展開のみとなっていた。


 終業式。

 学生は勉強が本分だと出席を促されるも、その勉強も最早ない一学期最終日を式紙の代理でなく久し振りに本人として登校していた小夜は、いつ土地霊が目を覚ましても動けるようにと、その心持ちは待機中のそれだった。

 透も隣の席で同じようにしている。小夜が行くところ、透の居る場所である。


 時刻は昼で、一学期最後の帰りの会も終わったばかりだった。教師が立ち去るやさっそく壇上に男子学生が立つのを、小夜はぼんやりと透は何げない様子で見つめる。


「来週の肝試し、来る人ー!」

「行く行くー!」


 男子学生が声を上げると、すぐさまその場にいる大半の者が手を挙げた。

 透は、くるりと小夜を見遣った。この頃には透もまた小夜に魅入られたとか何とか言われ、他の生徒から遠巻きに見られていた。まあ、間違っちゃいない。と思う透である。


「こう言っちゃ何だが、挙手しねぇの?」


 肝試しが場所は近くの小さな山にある神社で、寂れている様が人によってはちょうど肝試しに持って来いという状態になっている。

 しかし、その場所は数年前から社の主が持ち場を離れたせいで悪霊がうろつき、今ではたかが遊び心一つで死にかねない有様だ。


 怨霊課も警戒している場所だが、逆にそれが彼らの好奇心を刺激している。小夜がすぐに帰らないでいたのはこれが理由だった。

 小夜は嫌そうに目を細め透を見遣った後、一度瞑目して、ため息をついた。


「透の言いたいことは分かってる。でも彼ら、どこかでまた集まって何かする。今度は私の耳に届かないように。無意味なことだけど。私にとっても無駄な労力。だったら、最初から最後まで楽に状況を把握出来る方を選ぶのが吉でしょ」


 これを聞かれて計画を変更される心配はなかった。小夜と透の周辺には誰も居ない上に、念のために防諜の禁厭も掛けている。


「透は、本当によく人間を守ろうとするね。こんな面倒な。人が滅ぶとしたら、それは自業自得以外に何ものでもないのに」


「言っただろ。俺は人間に特別なものを感じてるんだ。それなのに、愚かの極みで早々に退場されるなんて、つまらないにも程があるだろ。お前だって、お前を害するあいつらを守ってるじゃねぇか」


「私は自分の後始末をつけているだけ。土地霊のことも、肝試しのことも。第二皇子の影響がないとは言い切れないだけで、彼ら自身の所業と付き合っている覚えはない。透と一緒にしないで欲しい」


 透は、頬杖をついて項垂れた。


「はぁあー。いつの時代も、変わんねぇもんだなぁー。これだけ世界が繋がろうとも、村八分の精神は相も変わらずか。何でだろ」


「人は自分の都合のいいところしか見ないっていうの、透の方がよほど分かっていると思うんだけど。

 私だって、私は彼ら自身の所業の先が地獄だと知っているけど、彼らみたいに集団で生きるための知識を持たない。

 そこで尽力している者を私は見ていない。だってその人を認識してしまえば、そんな必要は欠片もないけれど、でも大八島に生きている人間として、私自身がその人ほどの努力をしていないことに、多少は思わねばならなくなる」


 透は呆れたように小夜を見遣った。


「お前もまた難儀な奴だな。溶け込む振りくらいは出来るだろ」

「やったことがないから分からない。それ以前に、努力する価値を感じない」


 心から思っているようで、小夜の言い草は実に素っ気ないものだった。

 ふいに、建物が揺れた。


「あ、地震だ。揺れてるー」

「結構大きいかも」

「最近多いねー」


 震度は四であろうか。教室の中でも揺れを感じる地震に、生徒達が慣れた様子で呟く。


 小夜は外を見遣った。


「この揺れ、土地霊のだよね」

「ああ、そうだろうな」


 透が首肯する。

 二人は立ち上がった。





「陣! 様子はどうだ?」


 学校から直接向かい、あらかじめ張られてあった結界をくぐって、小夜と透は陣の傍に駆け寄った。陣は己に声をかけてきた透と、その後ろに居る小夜を見遣った。


「ある意味では予定通りだ。状況は芳しくない。今、片っ端からまじないを掛けているが、もうすぐ目覚めるだろうな」


 前崎と金井が魔方陣の両端で膝を折っていた。この真下に土地霊が横たわっている。

 少し離れたところでは、桐原が所在なく突っ立っていた。これといって何も捉えられない彼にはどれもが滑稽に映ってならなく、また何も把握しえないことに戸惑い緊張していた。

 彼の傍に戻る途中だった陣は、ちらりとそちらの方を見遣った。


「石動は桐原警視正の傍にいてくれ。結界を張っちゃいるが、周囲の目以前に、最初から子供を戦力に数えるわけにもいかない」


 小夜は反駁しよとうしたが、それより先に透が振り向いた。


「陣の言う通りにしておけ。前崎の娘、式も一緒に置いといてもらえるか?」

「元より護衛に置いてるのでどうぞ」


 透の方を瞬目し、前崎は即諾する。それに合わせ、式の桜花も唯々諾々と態度に示す。


「じゃあ、式には私を守ってもらう。私はあの人を守る」


 小夜はすぐに意識を切り替えて承知した。


「決まりだな」


 透が〆る。

 にわかに話が決まり、その一切合切に触れられないでいた桐原は、泡を喰って陣を怒鳴った。


「お、おい、待て! 私がなぜ未成年の子供に守られねばならない?」

「そりゃ警視正に見鬼の才がないからですよー」


 前崎が、視線を動かすことなく答えた。


「貴様に聞いていない!」


 透は前崎の傍に寄った。


「あとどれくらい試していない呪文がある?」

「系統的に、残りは五つほどです。どれもここ二百年で生まれた術なので、願掛け程度になりますが」

「古いのから当ててったのか?」

「はい」

「祝詞は?」

「試しました」

「祝詞は一番古い言葉の類っすよねぇ?」


 神経のすり減った様子で、金井がぼやく。


「話を聞けー! 貴様らー!」


 透は、さぁなと呟いた。


「単純に、呪術体系の違いなんじゃねぇの。祝詞の今の形は八島朝廷が統一させたものだし。そもそも祝詞は祈りや願い事のための詞だろ」

「つまりこの土地霊は、今の祝詞が有効になる前から眠ってたってことだな?」


 陣が言う。

 金井は、こっちを見に来た陣を仰ぎ見た。


「夏島さんの眼でどうにかならないっすかぁ……?」

「残念ながら金井、俺の眼は万能じゃない。それに、お前は忘れてるようだが、俺の肉体はほとんどもう人間だからな?」

「えーっ、マジでどうすんすっかぁ? この土地霊の推測される全長だと、町全体が捲れかねないってのに!」


 どうやらお手上げのようだと察して小夜は透に最終手段の行使を進言しようとしたが、どうせ裕也の願い通りに却下されると思い留まると、未だに憤って喚いている桐原を振り返った。


「あの、今、風が吹いているんですけど、分かりますか」

「……何?」


 話しかけられ、桐原は小夜を見た。


「今、私達の髪とか服とか、ここ住宅街なので他に揺れてるもの少ないですけど、周りにある梢とか結構揺れてるんですよね、対場干渉で」

「……たいば?」


 じっと小夜を見つめた後、桐原はくいっと眼鏡を上げた。

 この時、桐原の意識が小夜の方に向き静かになったので、ちょっとばかし静まってもらえると有難いかなと思っていた怨霊課一同は、小夜にいいぞその調子、と思った。

 小夜は頷いた。


「はい、対場です。土地霊は今まで此処に在って個々に無い場所にいましたが、目を覚ますことで個々に有る場所に戻ろうとしています。この接点を対場干渉と言います」


「……つまり、今、何かが干渉し合っているのかな?」


「そうですね。場の界面が一部融解しているというか。えーっと、厳密には違うんですけど、普段はレイヤーの座標コーディネイトがぶつかり合うことなく重なっているところ、界面インターフェイスに一部ズレが生じてしまい、レイヤーが干渉し合って摩擦フリクションを起こしている状態といえば早いですか? 近頃は、外来語……えーと、カタカナ語で喋った方が理解が早いと聞くので、そうしてみたんですけど……」


「それは、痛み入る」


 身分ある大人が未成年に気を遣われたことに桐原は忸怩たる思いに駆られたが、かろうじて持ちこたえた。

 いい大人が子供相手に逆切れするなど、それこそ目も当てられない。

 小夜は、透達の居る方を見遣った。


「とはいえ、対場干渉でここまで強い風が吹くのは私達が土地霊の目覚めを邪魔しようとしているからなんですけどね。

 これを何も感じ取れないんでしたら、やはりじっとしておいてもらった方がいいですね。たとえばコンクリートが降ってきた時、気付かないで動き回られたら困りますし」


「見える者にとって、そういう知識は常識のようだな」


 桐原は、無意識に深く息を吸った。

 小夜から丁寧に説明をもらったものの、未だに信じがたいことばかりだった。深い苛立ちを抑え、再び眼鏡の縁を持ち上げる。


「風が吹いているらしい、というのは分かった。しかしだね、霊的なものを私が感じ取れないのならばまだ分かる。

 しかし、君の髪が揺れているのなら、私でもそれが見えていていいはずだ。夏島警部が以前に言っていたが、法則が異なるだけで、同じ物理現象なのだろう?」


「はい。まぁ、間違ってはないですね。基本的にはそれですし。

 でも今回の場合、私の髪が風で揺れているのを認識できないのは事の起こっている相が違うからです。大抵の生き物は肉体の状態に影響を受けますし、肉体は生まれた空間に依存します。

 そういうわけで、私の生まれた空間は風が吹くところで、そちらは風が吹かないところです」


 小夜は相手の様子を見てみたが、桐原の表情にある納得の色は薄かった。


「その風のせいで何かが壊れた場合はどうなる」


「それは誤差の範囲次第ですかね。風が吹かず何も壊れない空間に生まれていても、それはあくまで肉体的次元の話であって、どこで何が起こるかでその肉体がどんな影響を受けるかはまた別です」


「なるほど。つまり、霊的要素の現実を何も捉えられない徒人は、いきなり結果だけを突きつけられ、わけも分からず死ぬということか」

「理解が早くていいですね。でも、そういうの、聞いてなかったんですか?」


「異なる物理法則があるのだとは聞いた」

「さっきも言ってましたね、それ」


 小夜は相槌を打って、次の瞬間、桜花と同時に、ぶわっと全神経を尖らせた。

 ゴゴゴゴッ、と地鳴りが響き、立っているのもやっとなほどの揺れが桐原以外の全員に襲いかかる。



お読みくださりありがとうございます。

本来は一纏めになっているシーンですが長いので分割しました。

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