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濡羽と萌木は月下に舞う  作者: 阿月美貴
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第二話 かれは呪いの花がごとく 7


 ――その出来事は、その日のうちに始まり、その日のうちに終わった。


 花岡はなおか優美ゆうびという名は、いわゆる芸名であったが、本名より華やかで可愛らしいので、気に入って普段から使っていた。


 八島民族の大多数よろしく黒髪黒目で、先祖に人外がいるとも聞かず見鬼の才もない。持ち前の武器は、そろそろすり減ってきた感のある若さだけで、そんな現状に辟易してもいる。だって、まだ二十代前半だというのに。あと他に借り受けているもので一つ。妊娠や性病を恐れる必要がないというものだ。

 花岡はこれのお陰で、少し稼ぎを良くしていた。


「よーっす、小夜! 今日も暑いねぇ、元気にしてたー……!?」


 繁華街の裏通り、花岡は知り合いの少女の後姿を認めると、ちょうど用事のあった彼女はその少女に声をかけた。が、もう一歩進んだ際に物陰に隠れて見えていなかった少年が視界に入って、大声を上げる。


「ちょっと誰そいつ!? え、いや、なんて言うか、ほんと何そいつ!?」


 何そいつ呼ばわりされた透は、後ろを振り返って、霊力のひと欠片も感じられない花岡の、意味深長な科白に一つ瞬いた。


「流石ですね。気付きましたか」


 小夜は相手の霊的直観の鋭さに感心した。


「気付いたって何が? ……え、まさかこいつ幽霊?」

「いえ、神霊です。ただ、今は人のフリをしています」

「神霊!? 神霊って、神様!?」

「神様です」


 八島神話にこそいないが、神名帳には記されている、いと気高き古き精霊神である。


「神様と一緒にいるの!? 凄いね!?」

「まあ、そうですね」

「勘が良いんだな」


 腕を組み、透は言った。人間に擬態した証である黒目で、花岡を観察している。

 見鬼の才がなくとも、心眼や第六感に優れる者はいる。花岡がまさしくそれだ。本人が知らないだけで、血の薄れた混血の名残りである。


「うん、凄いよ、この人。霊的に危ないところはうまく回避する」

「よく分かんないけど、褒められてる? ありがとう~、照れるわ~~」


 花岡は頬に手をあて、にこにこと笑った。しかし、その笑みは長く続かない。


「いや、それよりね。この人が本当に神様で、何も悪いことじゃないんなら問題ないんだけどさ……。最近、一人暮らしの若い子ばかり狙われてるし、ちょっと関係ないけどこの前もおっさんが変死体みたいになってたから、気をつけてね? てか一昨日、近くの人がレイプされてるんだけど、犯人捕まってないから。こういうのって、学校に連絡いかないから困るよね」

「そうですね」


 小夜は相槌を打った。話に出てきた変死体もどきは、小夜が狙われて隣の少年が返り討ちにした結果だとは言わなかった。


「ところで、その話だと、花岡さんも充分当てはまりますね」

「ん? ま、そーなるわね。あたし男運ほんと悪いし。マジでありうるかも。てか実際まだ若いし! あ、でも女運は悪くないんだよねー。たとえば、小夜とかさ」

「避妊と、防疫の禁厭ですね」

「うん、そう! またお願いします!」


 花岡は両手を合わせ、小夜を拝んだ。

 二人は部屋が隣になった縁で知り合い、花岡がストレス発散で友人と飲んだくれた日を境に小夜が花岡に術を施していた。


「でもほんと、タダとか悪いからさー、せめて何か奢らせて欲しいんだけど、ほーんとなんで何も要らないのー?」


 いつものように術をかけてもらった後、花岡は納得いかないといった顔で言った。


「何で、と言われても、要らないものは要らないとしか……」


 小夜は以前と同じように答えた。


「化粧とかだって見繕うよー!?」

「興味ないです」

「早めのエイジングケア!」

「言ってはなんですが、それは花岡さんくらいの年齢からでは?」

「それ言っちゃ駄目な奴! もー、化粧とか覚えて損はないんだよ~~~?」


「さらに言ってはなんですが、化粧を使わずとも言霊の一つでどうとでもなります」

「うーわー、お手軽過ぎる! 羨ましい……! 女の化粧が馬鹿らしくなってくるわ!」

「まあ、興味ないのでしませんが」

「後悔を以って老いさらばえよ!」


 花岡は頭をかきむしって吼えた。


「人を呪わば穴二つって言葉がありますね」

「あ、待って、ちょっと言うの遅かっただけ、嘘嘘。嘘だってば~~」


 慌てて両手を振る。

 面白かったのか、小夜は微かに雰囲気を明るくした。


 透は彼女らの様子を、感心して眺めていた。

 少女は無口と言わずとも物静かな方で、敬遠されているというのもあるが、誰かとのただの会話すらあまり見ない。これまでのところ、テンポの速い会話は事務的なものが多いと記憶している。


 透から見てそんな親し気な様子なのに、小夜はこれで、そっけなくしているつもりらしい。

 顔が広いと言われる社交人を相手に、人付き合いに疎い小夜が敵うわけのない話だった。

 小夜の表情がわずかながら変わったのを見て、花岡は安心したような笑みを浮かべた。


「あ、顔色、少し良くなった。体調崩してるんなら、ちゃんと休んどかなきゃ駄目だよ。大人になったら、バカみたいに休めなくなっちゃうんだからさ」


 言われて、小夜は瞬いた。


「顔色、悪く見えましたか?」


 体調の心配をされるなど久方振りだと、心の片隅に過ぎる。そのせいかは判断つかないが、小夜は自分でも分からないことに、ほろ苦い思いが胸の内を満たした。


「今日も暑いですから、きっと、そのせいですね。用心します」


 すっと目を細め、口元だけ笑みを湛える。それ以上は言わなかった。

 それが気になってか、花岡はさらに心配する言葉を重ねようとした。が、繁華街にある大時計の時刻が目に入ると、慌ててこの場を立ち去った。


「わっ、ごめん、もう時間だわ。おまじない、ありがとね! そっちの人も、それじゃ!」

「はい」


 小夜は一言だけ返事をして彼女を見送った。


中盤に入りました。

お読みくださりありがとうございます。感想など頂ければ幸いです。

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