第二話 かれは呪いの花がごとく 6
夏島陣は、忍びがこの町に来ていると確信した。
気配を探ったわけではなく、目の前にある残滓を拾って繋げた、総合的な判断だ。
陣は視る力が強く、証拠らしい証拠がなくとも、わずかな痕跡さえあればおおよその検討を付けられた。
妖同士の乱闘で辺りが水浸しになった路地裏であっても、陣には視得るのだ。
「お久し振りです、陣さん」
「……お前か。こんな夜更けにどうした」
陣は、振り返って不思議そうに少年を見た。霞色の髪に葡萄色の瞳の子供。陣は警察であったから本当なら彼を補導すべき立場であったが、少年が忍びなのを知っていたので特に説教もせず目的を尋ねる。
少年は肩をすくめた。
「別に、ちょっと夜遊びです。ほら、子供ですから。遊びたい年頃なんです」
「それを言われると、俺は補導せにゃならなくなるんだが」
陣は顔を顰めた。
「じゃあ、陣さん会いたくて」
「だったら連絡入れろ。こんな時間になるなら俺が行くから」
「俺が言うのも何ですけど、いちいち俺の言葉に付き合わずとも」
「そろそろマジで連絡入れるぞ。親御さんに」
「意味ないですよ?」
「連絡したって事実が大事なんだよ」
吐き捨てながら、無意味なのは分かっていた。少年はれっきとした忍びで、事これに関して一人前の扱いで問題ない。
現に今、常日頃から影を薄くして外見で見咎められる事態を避けている通り、夜の路地裏であっても黒髪黒目の陣より白髪赤目の子供の方が目立っていない。忍びの為す技だ。
それでも、陣にとって目の前に居るのは子供だった。
「じゃなくてだな、俺が偶々居たんで声をかけたってところか?」
「まさか、多少の用件はありますよ。そうでなければ、いくら何でもこんなところで声をかけませんて。しかも、こんな時間に」
「それもそうだが、本当に用事があったのか」
何とも酷い言い草だった。陣は、忍びの痕跡も少年と関係があると踏むが、それこそ忍びのすることだと黙った。心の内で、相手を子供だと言いながら忍びのことだと面倒事を流す自分に、矛盾していると冷笑する。
「――――という人物を知っていますか?」
「あ? 悪い、なんだって?」
一瞬、耳が遠くなって、陣は聞き直した。
「ですから、――――です」
「あー。悪いんだが、聞き取れない」
顔を顰めつつ陣は少年を見たが、何故か彼はこちらを見て目を瞠っていた。
「どうした?」
「……あ、……いえ、少し立ち眩みを」
少年は目を瞑り、ため息をついた。見誤った。と心の中で呟く。
「大丈夫か?」
陣は心配そうに少年を見た。
「お前はまだ子供なんだから、寝て育つ時期にちゃんと寝ておかないと、きちんと成長しないどころか体も壊すぞ。俺もお前の年の頃は立派な警察になってやるんだとあれこれ頑張ってたが、ほれ、この通り」
陣はだぼっとした自分の服装で、普段の己を示した。
「そうですね、言われた通り、ちゃんと寝ます」
「そうしろ、そうしろ」
少年は苦笑した。おおいに頷く陣の忠告通り別れを告げて、その場を離れる。ここのところ失策続きだが、引き際まで見誤るつもりはなかった。
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