真実の愛だの恋だのは信じない
お読みいただきありがとうございます!
調子に乗って書いた「王妃様の面談」の続編的な短編。
短編って書きやすい。
長い綺麗な指が報告書をめくる。
視線を上げると、いつもは何を考えているか分からない穏やかな目は伏せられ、金色の睫毛がその目の周りを彩っている。
男性にしては長めの金髪を後ろで1つにくくり、たまに形の良い色素の薄い眉をそっとひそめながら、王太子ジュストは報告書の最後のページを読んでいた。
「そんなに見つめられては穴があいてしまうな」
「穴があけばよろしいのではないでしょうか? 面白いですわ」
釣れない、むしろ不敬とも取られかねない発言を横に座るきつめの美人な令嬢は大して面白く無さげに言い放つ。
「婚約者殿にそのように熱く見つめられるのは、悪い気はしないな」
「報告書を読む殿下の反応が気になっただけですわ。それで、どうされますの?」
ジュストは報告書を一旦置くと、テーブルの下のアルテアの手を取る。
しかし、アルテアは即座にその手を振り払った。
「適度なスキンシップは大切だよ? 婚約者殿」
「そんなことよりこの報告書の方が大切ですわ」
「まぁそうだね。約3割の領地での災害時の備蓄が国の規定を下回っているなんてね。よく調べたね」
「民の声を聞けば難しいことではありませんわ」
「いやいやそれは謙遜だよ。王宮からの視察の役人が賄賂を貰って備蓄量の事を黙っていたなんてね。早急に対策を打つよ」
ジュストは真剣な顔で言いながら、またテーブルの下でアルテアの手を握るがすぐに振り払われていた。
「具体的にはどうされますの? 注意だけでは済まされませんわよ?」
「もちろんだよ。備蓄を少なくしたうえに領民に税を上乗せしていたくらいだからね。罰金か領地の一部返上が妥当かな……さすがに反逆罪には問えないし。とにかくここの領民の税をすぐに元に戻さないと。夕方からの会議にかけるよ」
「国を欺いたことと領民を危険にさらしかねなかったこと。ぬるい処分は許しませんわよ?」
「わかっている」
ジュストは椅子の背にもたれて息をつく。
「お疲れでございますわね」
「兄上がご病気になられてもう1カ月だが。中々忙しいからね。でも……」
「殿下!?」
ジュストはいささか強い力でアルテアの腕を引く。
アルテアは不意をつかれて倒れかけ、ジュストの胸に頭を預ける形になった。
「殿下!」
アルテアは抗議の声をあげてじたばたするが、ジュストはより力をこめてアルテアを抱きよせた。アルテアのセットされた髪は乱れている。
「婚約者殿が癒してくれれば疲れは吹き飛ぶんだけど」
「そんなことで疲れはとびませんわ。栄養のある食事をとってしっかり休んでくださいませ」
アルテアはジュストの体を押し返すが、意味はないようだ。
「頑張っているつもりだからキスくらいしてくれないかな?」
「そういうことはお好きな方としてくださいませ。側妃でも愛妾でもいくらでもどうぞ。あ、でもお金がかかりますのでやはり程々にお願いしますわ」
「正妃は君なんだけどな」
「私は政治に携わることができればそれで良いのですわ。もともと政略結婚ですし、愛だの恋だのは信じておりません。さぁお戯れはこのくらいになさって会議までお休みになられては?」
ぐいぐいとジュストの体を押し返すがびくともしない。
「兄上はその真実の愛を信じてたみたいだけどね」
皮肉げにジュストは笑い、アルテアの髪を弄ぶ。
「髪が乱れてしまいますわ。さぁお放しになって」
「婚約者殿はつれないね」
ジュストがアルテアを抱き寄せても、アルテアは嫌がるだけで頬を染めも照れもしていない。
「どうやったら意識してもらえるのかな?」
「え?」
ジュストの呟きをアルテアは拾えなかった。訝し気に上を向いたところでジュストの腕の力が緩む。
安心して髪を直しながら体を離して元のイスにおさまったところで、ジュストが突然立ち上がり、アルテアの座るイスの肘置きに手をかけアルテアが立ち上がれないように閉じ込めた。
「なっ!」
アルテアは驚きながらも後ろに体重をかけてジュストから逃げようとするが、ジュストの手がそれより早く腰に回り、立ち上がらされる。イスだけが後ろに倒れた。
ジュストの片手が後頭部に回って、王家特有の紫紺の瞳が間近になる。
アルテアは現状についていけず大きく瞳を見開いていた。半開きになった赤い唇にジュストは口付ける。
すぐに我に返ったアルテアがジュストの胸をぽかぽか叩くが、後頭部に置かれたジュストの手に力が入り、口内に柔らかい舌が侵入した。
アルテアは驚きすぎて抵抗をやめビクリと体を震わせる。
ジュストはしばらくアルテアの口内を好き勝手にしていたが、そっと唇を離した。
「アルテア……」
先ほどまでずっと婚約者殿としか呼んでいなかったのに、ジュストは聞いたこともない甘い声で名前を呼ぶ。アルテアの体はまたビクリと震えた。
ジュストは反応に気を良くして口づけを再開しようとした……
ジュストの左頬は派手に腫れていたと、会議に出席していた貴族達は揃って証言する。しかもジュストは大変不機嫌で、備蓄量を国の規定より少なくしていた領主の罰則は貴族達の予想より重くなった。しかし、その領地の領民たちはその厳しい罰則に喜び、王太子を公正だと讃えたという。
ジュストとアルテアの仲がどうなったのかは側に仕えている使用人たちが一部始終を知っているだろう。