後編
「従兄姉を招いての寿ぎをなすのは、よほど大切にされてる証拠だよ」
翌日、街に向かう荷馬車の上で、『魔女の娘』の一人はそう笑っていた。
「半数以上の魔法使いが、あんたに息子娘の存在を明かした。あんたはよほど気に入られたんだね」
「そういうものなんですか?」
寿ぎが終われば、『魔女』の子供たちは森を出て暮らすことになる。街に向かう荷馬車には、ラーサのわずかな荷物とともに、魔法使いたちからの『ささかやな』贈り物も載っていた。
「今でこそ危険は減ったけど、昔は『魔女』に育てられたというだけで異端審問官に殺された時代もあったからね。魔法使いに育てられたと言わないようにって、厳しく諭された従兄姉もいたのさ。そういう時代だったから、我が子を守るために教えない魔法使いだっていたんだよ」
「まして直接に従兄姉を招いてその手に養い子を委ねるなんて、思い切った真似だったわけさ。外に出た養い子が変心して、害を成さないとは限らないからね」
疑い深く慎重に振舞わねばならない時代を超えた今も、外に出た養い子を招いて子供を委ねるのは、魔法使いにとって大きな決断が必要なことだ。そう、百騎長は穏やかに説明した。
「話には聞いてましたけど、本当に大変だったんですね」
「今は神殿も異端狩りに厳しくなってるけどね、用心はしたほうが良いよ。残念だけど、母様たちを良く思わない人間もいるんだ」
薬師が注意を与える。
「はい……ちょっと寂しいですね」
「まだしばらくの辛抱さ。ラーサは長命なんだろう?待つ時間はあるよ」
荷馬車に並んで馬に乗る百騎長の青年が、そうのんびりと言った。
「え……判るんですか?」
「杖を持てない変り種だけど、俺も魔法使いだからね。そりゃ判るよ」
魔法使いなら、ただ人と長命人の差は一目で見分けられる。
「あの、魔法使いということは従兄様も」
魔法使いはそのほとんどが長命人だった。
「何もしなければ長生きだろうね。ただ俺は魔法剣を使うから消耗も早いし、あるいは普通の人間並の寿命かもしれないな」
「そんな顔をおしでないよ、ラーサ。長く生きる者もいれば短い生を全うする者もいる、これは女神様の思し召しだよ」
「はい……」
「まだ、割り切れる年でもないだろ」
しょんぼりした娘を見た青年が、そう『魔女の娘』に言っていた。
「それもそうだねえ。ま、しばらくはうちで面倒見るから、ゆっくり馴染めばいいさ。薬師の技は得意なんだろ、私の仕事を手伝っておくれ」
「はい!」
元気に答えた娘に、魔女の娘と百騎長が顔を見合わせ、笑みを交わした。
───────────
「神殿は女神を信じる者に等しく扉を開けておる」
街の神殿の長たる大司教は厳しい表情をぴくりとも動かさず、『従妹』を連れてきた百騎長と薬師に言った。
「我らは女神の新たな僕を歓迎しよう。そなたに祝福があるように」
「ありがとうございます、大司教様」
女神像の前に膝をついて頭を垂れた娘が顔を上げると、大司教はその額に香油を塗った。
祝福の神術が淡い光を放ち、すぐに消える。そばで見守っていた若い神官が、ほっとしたように息をついた。
「これでそなたも、神殿の姉妹の一人となった。今後は遠慮は要らぬ、女神様に祈りを捧げに来るが良い」
「はい!ありがとうございます、母様の分もお祈りさせていただきます」
「うむ」
大司教が小さな礼拝室を出て行き、若い神官は礼拝室にいる3人にぎこちなく礼をすると、大司教の後を追って出て行った。
「相変わらずだねえ」
神殿を出て安全な店に戻ったところで、『魔女の娘』の薬師が苦笑気味に言った。
「えっと、何がです?」
「大司教様だよ。ああやってあんたに祝福を与えれば、他の信者や神官があんたを傷つけることはできなくなる。だから、わざわざ出てきたのさ」
大司教の力を持って祝福を与えれば、悪しき者はその場にいることさえかなわない。額に香油を塗られて何の変化も見せなかった娘は悪しき者ではないと、誰の目にも明らかになるように、という配慮だった。
「え、そうなんですか」
「怖い顔して面倒見はいい御方だよ。善き魔法使いのことも、良くご存知さ」
くすくす笑う薬師は、柔らかな表情を浮かべていた。
「悪しきものと決め込んで、迫害する者もいるから気を付けるように、って言われてたんですけど、悪い人ばかりじゃないんですね」
「あの方は、特別さ」
「特別、って?」
「それはおいおいに、ね」
首をかしげる娘に、薬師はそれ以上何も言わなかった。
「特別」の理由は、前作に書いてあったり。