プロローグ
魔物、単にそう称してはいるがその種類は様々だ。
精霊種、竜種、不死種、魔獣種、幻獣種、聖獣種、巨人種…思いつくだけでもこれだけある。
そこからさらに細分化も可能だが今は置いておこう。
遥か昔、この世界の至る所に彼らは居た。
時代が進み、完全に神の手から人へと世界の主観は移譲されるに連れて彼らは裏側へと消えていった。
彼らはそれで終わりだと思っていた。
そう、思っていたのだ。
錬金術というものがある。
科学と魔術の狭間に位置するその学問は当初煙たがられていた。
当時の魔術師たちからは異端だ邪道だと、半端者だと。
だが彼らは諦めなかった。
廃れていく魔術を残したくて、神々が用意した現象を解き明かしたくて。
そして、一つの成果を叩き出した。
繋緘の石、魔物を封印して擬似的にその魔物の能力を纏わせることができる石。
当世の錬金術師はそれらを利用することによって巨万の富と名声を得たのだった。
だが、それも長くは続くことは無かった。
生産性は乏しく、別の科学によって生まれた兵器が圧倒した為だ。
こうして繋緘の石は歴史の闇に葬られていった。
―
――
―――。
市内の青林高校に通う一年生の有山孝壱は通学に使うバスの中で画面を繰り返しタップしていた。
何をしているのか、答えは簡単でアプリゲームである。
別に珍しくも何ともないこのご時世ではありふれた風景だろう。
二月はまだまだ寒くマフラー無しでは外も出られない、手にはスマホを操作できる手袋をつけている。
孝壱がしているゲームは今話題の…ゲームではなく数年前からサービスをしている中の上あたりの人気を行ったり来たりしている「ファンタジック・ファミリア」という魔物を使役してバトルするゲームである。
丁度一年ぐらい前から通学中の暇つぶしとして始めたゲームだったが孝壱には意外にも合っていた。
クラスメイトの友人にも勧めてはみたが数週間でアンインストールしていたので友達でやっている奴は一人もいなかった。
学校前のバス停で降りると凍てつく空気が孝壱の肺を満たした。
代りに暖かな空気が真っ白になって孝壱の口から吐き出される。
身震いをして歩き始めると自転車通学の友人である田島彰宏に後ろから声をかけられた。
野球部に入っているので坊主頭だが本当は髪を伸ばしたいらしい。
とまあそんなどうでもいい話は置いといて彰宏の方へと振り返る。
「よ、おはようさん」
「ああ、おはよう…って朝練は?」
「今日は無いんだ、まあこの寒さだから無くて良かったよホント」
「ああ、それは言えてるな。やはり部活は室内で行う文化系の部活が一番だな」
「帰宅部が偉そうに何を言ってやがる」
「待てよ、帰宅部は家に帰るまでが部活動だから運動部に分類されるのでは??」
「な、なるほど!」
等とバカ丸出しの会話をしていると昇降口の靴箱の前で上履きに履き替えている友人の柴田成幸が居たので早足で進んだ。
向こうもこちらに気づいてか待っている。
「おはよう二人共」
「成幸も元気そうだな」
「ああ、お陰様でね、生徒会が忙しくて充実してるよ」
眼鏡の位置を中指で戻しながら成幸は二人を睨む。
成幸が生徒会に入っているのかというとそれは成幸が立候補したからではない。
全てはここにいる孝壱と彰宏のせいである。
この二人が生徒会選挙時に成幸を推薦したのだ。
ご丁寧に署名まで用意して。
外堀を完全に埋められた成幸はなし崩し的に生徒会に入れられたのだった。
まあ雑務は多かったがちゃんと進路にも加点があるので結果だけ見れば良いのだが…。
因みになぜこんなことをしたのかというと当時見ていたアニメの生徒会長に雰囲気が似ているからだとか。
主に眼鏡がであるとは二人は口が裂けても言えなかった。
これは墓場まで持っていくと決めているのだ。
お昼、机をくっつけて三人で弁当を食べていると彰宏がおもむろに孝壱がやっているゲームの話題を出してきた。
「そういや孝壱ってまだあのゲームやってたよな?」
「あれというとファンタジック・ファミリアだったか?」
「そうそうそれ」
「どうしたんだ突然?」
「いやさ、昨日夜ふかしして掲示板を漁ってたんだけどさ」
「夜ふかしして何をやっているんだお前は」
「全くだ」
「まあ聞けって、それでさ、その中にそのファンタジック・ファミリアのスレッドがあったからなんとなく開いて読んでみたんだよ。そしたらさ、なんていうか都市伝説?みたいな事が書かれてたんだわ」
「都市伝説?」
「ああ、なんでもこのゲームをしていると変なものが見えるらしい。それで孝壱にその真相を聞きたくて話したんだ」
「ほう、アプリゲームの話にしては今冬無形な都市伝説だな。大方目の疲れが原因ではないのか?」
「スレにもそう言ってる人いたな…で、どうなんだよ孝壱?」
「いや、どうもなにもネーヨ」
「だよなー」
「当たり前だ」
孝壱は弁当に入っている海老フライをかじる。
そんな都市伝説があるなんて知らなかった。いや、これは都市伝説以前にただのネタだろう。
もしも本当の話なら今頃俺は精神科の病院にいるかもしれないのだから。
と、ポケットの中のスマホが震えたので取り出して確認する。
どうやら件のアプリからの通知の様だった。
左手でスマホを操作してゲームを起動する。
どうやらアンケートのお知らせの様だった。
アンケートに答えるとアイテムやゲーム内通貨がもらえるのでやっておいて損はないだろう。
それに改善点なども書いておけばゲームの品質向上にも繋がるからなおさらである。
孝壱はパパッとアンケートを書き終えると送信のボタンを押そうとして止めた。
スクロールしてアンケートにある空欄のフリースペースまで戻した。
アンケートには必ずあると言える思ったことを書いていい空欄だ。
そこに孝壱はあろう事か先程聞いた変なものが見えるということを書いたのだ。
そして送信ボタンを押す。
孝壱はスマホを閉じるとポケットに仕舞うのだった。
三月、朝の天気予報を見て雪マークに絶望していると新聞を取りに玄関先に出ていた父親が小包を持ってリビングに戻っていた。
「孝壱、お前宛になんか来てたぞ?ええっと、ロストアルケミーゲームズ株式会社ってところからだ」
「ロストアルケミーゲームズ?………って俺のやってるアプリゲームの会社じゃん。え、なんで住所知ってんの?」
「取り敢えず開けてみれば良いんじゃないか?」
「わかった」
孝壱はガムテープを破いて開けてみると中から黒いスマホの様な端末が出てきた。
表側には見慣れた液晶、裏側は菱形の赤い石が埋め込まれ金で縁取されそれを中心に金のラインが交差したデザインがあった。
電源は見当たらないので赤い石の部分に触れると液晶が光って起動する。
すると液晶に文字が出てくる。
おめでとうございます。
有山孝壱様は晴れて適格者の資格を手に入れられました。
つきましては弊社より専用のデバイスを送らせていただきました。
こちらは差し上げます。どうぞご活用ください。
文面が消えると見慣れたゲーム画面が写っていた。
え、どゆこと?
つまり専用のゲーム機って認識で良いのだろうか?
と、台所から料理を運んできた母親が孝壱の手に持っているデバイスを見る。
「こうちゃん、ゲーム買ったの?」
「いや、なんか貰った?」
「そうなの?」
母が父に尋ねると父はただ首をかしげた。
「まあゲームもほどほどにね、さ、朝ごはんを食べましょ」
―――
学校が終わって春休みに入るので帰りに三人でカラオケに来ていた。
家には遅くなるとメールしているので問題はないだろう。
そうしているうちに遅くなってしまった。
三人とも帰り道は別々なのでカラオケ店の前で解散することになった。
スマホを取り出して時刻を確認するともうすぐで夜の九時になるところだった。
繁華街を抜けてバス停に行こうと足を進めていると不意に路地裏からカバンを引っ張られて孝壱は転がって倒れる。
そこには口や耳にピアスを付けた金髪の男が立っていた。
別に酔っ払っている訳ではない、だがその目は澱んで笑っていた。
まるで獲物を見る獣の様な目だ。
黙っていては駄目だと孝壱は口を開く。
「な、何なんですか?」
そういうと男は怪訝な顔をして直ぐに納得がいった様な顔をした。
「ああ、お前、もしかしてビギナーか、これはラッキーだな、楽して稼げる」
「な、なんの話だよ!」
「何ってこれだよこれ、ファンタジック・ファミリア。お前も持ってるんだろ?」
そう言うと男は今朝届いたゲーム端末と同じ物を取り出して孝壱に見せる。
はっとしてカバンに入れていたその端末を取り出す。
「やっぱり持ってるよな、まあ反応からして説明もまだ読んでないんだろうけど」
「説明?」
「ああ、簡単に言うとだな、このゲームは現実なんだよ。実際に魔物そ従えて現実で勝負をする。そしてレベルを上げていく」
「いや、ちょ、どういうことだよ!?」
「…見れば早いさ。来い、ヘル・ドッグ」
そう言って端末を操作すると男の前に魔法陣が展開してその中から口から火を溢す黒い大型犬が出てきた。
それは孝壱の良く知っている馴染みのある魔物だった。
ヘル・ドッグ、妖精種で属性は闇と炎。
ゲームでも序盤から出てくるがそれに比べると目の前のヘル・ドッグは些か大きかった。
「本当に…現実なのか?」
孝壱はゲームだってアニメだって色々と嗜んでいる。
だがこれが夢なのか現実なのか判断ができなかった。
もしもこれが現実のことなら孝壱は絶体絶命である。
ゲーム、ファンタジック・ファミリアは魔物を使役して敵や他のプレイヤーと戦うゲームだ。
それぞれが魔物を育成して進化させて強さを競うのだ。
問題は戦闘描写だ、戦闘で負けるとYOU DEADと表記されて敵の魔物に自分のアバターが殺されるのだ。
それが現実となると…つまり。
「う、うわあああああああああああああああああああ!!?」
「ッ、うるさってちょっと待てや!」
孝壱は怖くなって路地の奥へと走り出した。
死にたくない死にたくない死にたくない!
孝壱はどうにかしようと例の端末を開く。
もしかしたらデータの引継ぎがしてある又はできると思ったがそんなものはできなかった。
つまりは初めから。
そうなるとまず魔物の捕獲からである。
メニューにある封印の項目が魔物を捕獲するためのものでゲームではそれを押すとマップが現れて森や海や山などを選択するのだ。
しかし、出てきた画面は全く違うものだった。
液晶画面の真ん中に真っ白な渦がゆっくりと回っている。
と、チュートリアルなのか説明文が出てきたので孝壱は急いでそれを読む。
お馴染みの封印モードですがこちらはゲームと違い貴方様自身が見つけ出してこの画面を魔物に向けてください。
魔物は逃げようとしますが頑張って追いかけてください。
一メートル程の距離で20秒程向けていると強制的に封印ができます。
※封印した魔物は召喚すると全ての人間に見えてしまうので気をつけてください※
それで説明終了。
そこで孝壱は悟ってしまった。
俺には封印はできないと。
思い出した。都市伝説とアンケートに自身が書いたことを。
結局、全て自業自得だったのだ。
けれど、死ぬなんて御免だ!
孝壱は走る足に再び力を入れた。
裏を抜けて住宅地へと出る。
そこから闇雲に走って行くと工事現場が見えたので柵を越えて侵入した。
ここでしばらくやり過ごすんだ。
孝壱は建設途中だがコンクリートで大方固められた三階建ての建物へと入っていった。
二階の中央、柱の裏にもたれて呼吸を整える。
だが、それは響いてくる声に止められてしまった。
「逃げても無駄だぜ?」
金髪の男は階段からではなくその真反対、まだ窓の取り付けられていない外側から覗いていた。
二階の窓からちらりと見えるのは巨大な百足の化物だった。
それの上から降りて二階へと着地する。
「そ、そんな…」
「さて、じゃあはじめるか」
孝壱はすぐさま元来た階段を目指す。
しかし孝壱の動きは直ぐに止まってしまった。
急なブレーキに倒れる孝壱。
驚いて足を見れば何か薄黒いものが孝壱の右足に絡みついていた。
「影?」
「正解、こいつはシャドウ・デビルだ。影が本体の悪魔だから使い勝手がいいんだ。今みたいに動きを封じるとかね?」
「は、はなせ!この!」
どうにかして振り払おうと巻き付いたシャドウ・デビルに掴みかかろうとするが通過してしまい空を切る。
「はっはっは!影を触れないなんて子供でも知ってるぜ!引っ張って来いシャドウ・デビル!」
「うわああああああああああああ!!」
あっという間に孝壱は男の前まで引きずられる。
顔を足で踏まれて顔を切る。
「うっ!」
「さて、どうやって殺そうか、プレイヤーの命は経験値が多いからやっぱり食わせるかな」
「く、食わせるって!?」
「そうさ、来い、赤鬼!!」
男に呼ばれて出てきたのは天井に届く程大きな赤い鬼だった。
荒々しく、捻れた双角、膨れ上がった筋肉、鋭い爪、右手に握られた金棒。
恐らく、これが奴のメインモンスターだろうとゲームでの記憶と情報を頼りに考えた。
先程のモンスターと比べて明らかに育っている。
「こいつは俺の一番だ、光栄に思え、お前はナンバーワンになる俺の礎となるんだからな。じゃあ死ね」
「あ、」
終わった。
赤鬼の金棒が振るわれて孝壱の全身を砕きながら壁へと吹き飛ばした。
コンクリートの粉末が巻き起こり辺りを土煙で隠す。
笑いながら近づく男はぐちゃぐちゃになった孝壱を見に近づいて足を止めた。
「あ?」
煙の奥にあるシルエットがおかしいのだ。
立っている。
それだけではない、そのシルエットは人型だが翼があった。
最初は鳥人系の魔物かとも思ったがそれは晴れる土煙の中で黄色い目を光らせた。
「け、契約者だと!?」
そこには全身を深緑の鎧で身を包んだ人物が立っていた。
いや、強化外骨格と言ったほうがしっくり来るフォルムだった。
どことなく生物を模した様なその姿に子供ならきっと目をキラキラさせたことだろう。
この人物に俺は助けられたのだ。
少し間に合っていないから右腕がめちゃくちゃ熱く感じるが。
もう少しでミンチになっていたと思うと感謝してもしたりなかった。
「初心者狩りは感心しないな」
「その声は!邪魔するんじゃねぇ!俺が誰を相手しようと俺の勝手だろうが!!」
「むやみに人を襲ってはならない、そう言ったはずだが?」
そう言って睨むと男は足を一歩後ろに引いた。
それに気がついて男は顔を真っ赤にする。
「ペットは飼い主に似るとは言うが、お前の場合は逆だな…いや、逆じゃなくてペットがお前なのか」
「…殺す」
男は低く唸るようにそう言うと端末を操作し始めた。
それを見て鎧の男は何かに気づいて忠告をする。
「止めといた方がいいぞ、まだその程度の成長段階で契約するのは後で後悔する」
「…ぶっ殺す」
「忠告はしたからな」
男は端末のメニューから契約を押して自身の魔物リストから赤鬼を選択した。
その瞬間男を中心に風が吹き荒れる。
端末から機械的な音声が流れる。
「サカザキミツルトセッキノケイヤクヲジュリシマシタ」
「ハハハハハハハハハハ!!」
「凄い!凄いぞこの力は!なんていう充足感なんだ!今の俺ならなんだってできる!そうだ、お前をぶちのめす事もなぁぁぁぁ!!」
赤鬼が姿を消すとそれを模した様な外骨格が坂崎充の体を包んだ。
これが日曜日のデパートの屋上とかだったらご当地ヒーローに見えるだろうがこんなところでは鬼気迫る感覚に圧倒されてしまう。
赤鬼との相違点と言えば金棒が無いことだろうか。
だが充から溢れ出る気迫は赤鬼の比ではなかった。
明らかにこちらのほうが上だと孝壱でもわかるぐらいだ。
しかし目の前の男は平然と突っ立っている。
「やれやれ…」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
拳を振り上げて突進してくる充を見て男はあろう事か右手を前に向けた。
だけだった。
それを見て充は更にキレる。
「馬鹿に、すんじゃねぇぇぇぇぇぞ三下ぁぁぁ!!」
「馬鹿に?する価値も無いね。起きろ、そして喰らえ――――」
最後の言葉が聞こえる前に爆発音が孝壱の周囲一帯を支配した。
そして見た。
二階の天上と三階全てが消え去って夜空が現れたのを。
赤鬼の男が何かの衝撃で吹き飛ばされて建物から消えたことを。
ああ、もう、情報処理に脳が追いつかないよ。
孝壱は考えるのを止めて意識を手放した。