転生初日
「全ての悪に裁きを、神の鉄槌を、そして神の慈悲を。」
煌びやかな装飾がなされた教会の大聖堂。十字架がそびえ立つ祭壇にて、一人の聖職者が片膝をついて祈りを捧げていた。白と金を基調としたローブ、片眼鏡をかけた白髪の威厳に満ちた男だ。
「教皇様!召喚の準備が整いました!」
「そうですか、分かりました。すぐ向かいます」
大聖堂に勢い良く入って来た聖堂騎士の呼びかけに応じ、教皇と呼ばれたその男は、ゆっくりと立ち上がり、大聖堂の地下に向かう。
「さぁ・・・始まるぞ・・・"神々のシナリオ"が動き出した・・・フフッ・・・フフフッ・・・」
地下への階段を下りながら、教皇は不敵に笑う。これから始まる神々の物語に想いを馳せて・・・
「それじゃ、行ってきまーす。」
靴のかかとを直し、玄関のドアを勢い良く開けて俺、真宮 奏多は学校に向かって走り出す。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃ~い」
妹の声を背に受け、マンションの階段を転ばない程度にかけ下りる。
マンションの前の公園を抜け、商店街の通りを走る。そこから右に曲がって市役所の所を左に曲がればいつも乗るバス停が見えてくる。
「間に合ってくれよ~!頼む~!」
時刻はそろそろ午前9時、このままでは確実に遅刻、というかもう遅刻は確定かもしれない。それでも全力で走る俺。その時、後ろから声が聞こえた。
「危ない!!」
「えっ?・・・あっ!」
ドゴッッという鈍い音をたてながら俺はトラックに撥ねられ、ふっ飛んだ。
「・・・・・・うっ・・・ここは・・・・・・」
目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。薄暗い、湿った場所。俺の下には魔法陣が煌々と光っている。
「おぉぉ・・・召喚は成功だ!教皇様!やりましたぞ!」
「あぁ・・・しかし・・・これは・・・」
声のした方を見ると甲冑を着た騎士と、黒いローブの集団がなにやらザワザワしていた。
「えっ?・・・ここどこ~どうなってんの~」
「一体、ここは何処なんですか?誰か説明を!」
「ゲームだ・・・ゲームの世界だ!」
どうやら俺以外にもこの状況が理解できない奴がいたらしい。魔法陣には俺を含めて8人の男女がいた。年齢、性別はバラバラ。見た所、共通点は何も無い。
「皆様、ようこそグレドニア帝国へ。急な召喚で混乱しておられるでしょう。これから皆様に詳しい説明をさせて頂きます。どうぞこちらへ。」
腰の曲がった黒ローブの老人が俺たちを階段の方に案内する。俺たちは戸惑いながらも、とりあえず老人について行った。
階段を上っている時、他の7人はそれぞれ全く会話をしようとしない。そりゃあいきなりこんな所に連れてこられたら、普通混乱して会話どころじゃないだろう。中学生ぐらいの女の子は泣きそうになってるし、眼鏡をかけた小太りの男はなにやらブツブツ独り言を言っている。俺も正直、楽しく会話をする気分じゃあない。そんな時、一人の女子が近寄って来た。
「ねーねー、君、高校生だよね?何年生?」
「俺は2年生ですけど・・・あなたは?」
「私も2年生!三浦 有紗!よろしくね!」
同級生だという有紗に声をかけられた。見た目は大人しめの黒髪美人だが、中々のハイテンション女子のようだ。
「俺は真宮 奏多。・・・君はどうやってここに?」
「私は思いっきり車に吹っ飛ばされてねぇ~。奏多くんは?」
「俺は・・・トラックに撥ねられて・・・」
「なるほど・・・ねぇねぇ奏多くん。もしかしてこれ、"異世界転生"ってやつじゃないかな?」
「異世界転生?・・・ってあのラノベとかであるやつ?そんなバカな・・・」
確かに、この建物の内装や黒ローブの人達を見る限りここは日本じゃないようだか、さすがに信じられない。異世界転生だなんてラノベだけのシチュエーションだ。俺みたいな凡人に起こるような、そんな現象じゃあない。
「でもさでもさ!今のところ、それしか今の状況説明できないじゃん。ただの誘拐って訳でもなさそうだよ?」
確かに、誘拐じゃないとは俺も思う。事故にあってから誘拐された・・・なんて不幸の連続は中々起きるもんじゃない。そもそも誘拐だとして、俺を誘拐してもなんのメリットもないじゃないか。お世辞にも俺の家は裕福とは言えない。一般的なサラリーマン家庭だ。だがしかし、なぜ誘拐じゃなく異世界転生と彼女は考えたのだろう。少し疑問に思った。
「う~ん・・・まぁ、とりあえず、説明ってやつを聞こうよ。それで全てがわかるでしょ。」
「そうだね、考えても仕方ないし!説明を聞こーう!」
テンション高ぇーなー、なんて思っていると、金の装飾が施された扉の前に着く。黒ローブの老人は扉の前で止まり、俺たちの方に向き直る。
「この先の部屋で説明がなされます。どうぞ皆様お入りください。」
老人ともう一人の黒ローブが扉を開ける。扉の先には白を基調とした荘厳な空間が広がっていた。中央には大きな円卓があり、俺たちとは対面の位置に白と金のローブを羽織った初老の男性が座っていた。
「ようこそ"守護者"様方、私は聖光教会の教皇を務めていますマルクス=ヴォルフガン。以後お見知り置きを。」
俺はこの男を見た時、なんとも言えない嫌悪感を感じた。蛇に舌で舐められているような・・・そんな感じ。どうやら彼女、有紗も嫌悪感を感じたようで顔をしかめている。
(まぁ、説明を聞くしかないか・・・)
嫌悪感を押し殺し、俺は部屋の中に進む。この時、俺はまだ知らない。俺が今、とんでもない陰謀に巻き込まれていることを・・・