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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
9/86

一-九

 五年前に太郎の父、太作たさく鯛漁(たいりょう)の最中(最中)に海の鬼神きしんおそわれ、ころされたこと。操業そうぎょうを手伝っていた息子(むすこ)が、鬼神(きしん)間近まぢか目撃(もくげき)したこと。

 昨日きのうれた海も、今日の大波おおなみも、鬼神きしん仕業しわざちがいないと言った。


 うなずきながら聞いていた(さむらい)は、立ち上がった。

「そろそろ拙者せっしゃも、しろに上がらねばならん時じゃ。ここで失礼しつれいするが、もし良ければこの絵匠えしょうに、その鬼紳きしんがどのような姿すがたかたちをしていたのか、話してくれぬか。今後こんごのために、あるじも知っておきたいともうすゆえ。」

 後方(こうほう)に立っていた白髪(しらが)(しょう)(にん)らしい男が、六人の前で平伏(へいふく)した。


「私が当家(とうけ)絵師(えし)(つと)めておりまする、盛親(もりちか)と申します。太郎殿のお父上(ちちうえ)をいさめた鬼神(きしん)を、絵にしたためますので話をお願いしたい。」

 弥助(やすけ)がこの男が太郎じゃと、盛親(もりちか)に言うと、(だま)って(つつ)から巻紙(まきがみ)を出し、(ひざ)の上に広げた。おもむろに(すずり)()りながら、やさしい(ひょう)(じょう)で笑いかける。


「さ、そなたが見たままの鬼神(きしん)姿(すがた)を話してくだされ。私の絵が少しでも違っていたら、遠慮(えんりょ)なく、その()()ってくだされや。」

 万作と弥助にも(うなが)されて、鬼神の風貌(ふうぼう)から話す。大蛇(だいじゃ)()た黒い怪物(かいぶつ)で、目や鼻の色・形、頭の(つの)、長いひげ、全身(ぜんしん)がウロコに(おお)われたように見える、胴体(どうたい)様子(ようす)と動き、父を()み込んだ大きな口。

 しょう質問(しつもん)たくみなこともあるが、ここまで克明こくめいに話せるとは……。


「ひとまずけましたぞ。太郎殿、この姿すがたに違いはござらんか。」

 記憶とことなる部分をなおしてもらい、じっくりと絵を見た。

「そ、そうじゃ。その、か、怪物が父ちゃんを。」

 さらに絵師はいかけて来る。

「手足はなかったともうされたが。その昔、かんという国にこのような怪物があらわれたと伝え聞いております。それはりゅうと称され、一丁(約百m)もの長さがあって空を飛び、口からかみなり()いて地上ちじょうを焼いたという。人間のあくぎょういさめる架空かくうの生き物じゃが。」


 そのりゅう実在じつざいしたのかと、絵匠は疑いつつ驚いている。そして二枚にまい描いたもう一枚の絵に、手足を描きくわえた。

かんの国のりゅうは、このような姿すがたと伝えられております。」

 龍が現れたのは漁の操業そうぎょう中だった。漁も悪行あくぎょうかと絵師に問うと、漁業(ぎょぎょう)野菜(やさい)収穫(しゅうかく)と同じで、悪行(あくぎょう)とは思えませんと答えた。

 絵匠は手足のない方の絵を丸めて、つつおさめた。


「この絵はあるじにお渡しするが、かんの龍の絵はち帰られますかな。」

 見たくないので返事へんじに迷っていたら、弥助が申し出てつつおさめてもらった。

「まだ日は高い。鯛の代金だいきんで、村の物を買いむとすっか。」

 裏島(うらしま)では、魚を売った代金だいきん半分はんぶんは当の漁師りょうしの取り分で、半分は村の衆がらしていけるよう、その地で食品しょくひん物品ぶっぴんに変えてかえ仕組(しく)みになっている。


 万作が先頭に立って、太鼓たいこふえの音が聞こえる通りの方へ歩く。まずこめ屋に入ってたわら一表いっぴょうと塩を、八百やお屋で野菜やいもを、呉服ごふく屋では反物たんものを買い付けた。弥助は裏島の医者いしゃもしているので、くすりの材料を買い込んだ。

大八だいはち車は海にしずんだ。これだけの荷物にもつを六人で背負せおうて、りくを歩くのは無理むりじゃ。夜中よなかまで待って、そっと舟を出すしかないな。」


 そこへ栗毛くりげに乗ったしょうらしき(さむらい)が来た。

婚礼こんれいの鯛を調達ちょうたつ下さった御仁ごじんとお見受けしたが、相違そういないか。」

 万作がうなずくと侍は栗毛くりげから下り、城からの通達つうたつと言って、万作に書状しょじょうを差し出した。それを字のめる弥助が読み、歓喜かんきの声を上げる。


 書状しょじょうには丸十まるじゅう屋というしお問屋どんやの船を出すので、その船で帰ればよい。鯛を運んで来た三隻さんせきの舟は曳航えいこうするとあった。

 弥助が港を見回みまわし、一丁半ほど先に停泊ていはくしている大きな商船しょうせんを見つけて指さす。

「あの船でワシらを送ってくれると書いちょる。ありゃ高波たかなみが来ても転覆てんぷくせんじゃろ。そんで護衛(ごえい)(さむらい)十人が、火縄ひなわじゅうって乗り込むそうじゃ。もし龍が出ても退治たいじするためにな。」


 丸十まるじゅう屋の船は家の一軒いっけんがすっぽりおさまる大きさで、ひだり側とみぎ側に六本ずつき出している。

 召使(めしつか)いに先導せんどうされて甲板かんぱんに立つと、そこは地上ちじょうから二丈(約六m)ほど高い位置いちにあり、まるで丘の上からながめたような景色けしきが広がる。


 甲板かんぱん丸十屋まるじゅうや左兵衛さへいという、でっぷりえた船の主人しゅじん挨拶あいさつに来たあと、(さむらい)から火縄ひなわじゅうの使い方を教わった。

 火縄ひなわじゅうは長さ四尺(約一.二m)約あり、ずっしり重い。この銃から放たれる小さな丸いたまで、生き物があっけなく死ぬという恐ろしい武器ぶきだ。

 しかし龍が現れたら力強ちからづよい味方なので、火薬かやく弾丸だんがんの詰め方からかまえ方、ち方まで熱心ねっしん指導しどうを受けた。


「でっかい船じゃ。この船はどこまでしょうばいに行くんかいのう。」

 弥助が召使(めしつか)いにたずねると、南蛮なんばんの国まで行くらしい。弥助の勉学べんがくの虫が大人しくしているはずがない。

 召使(めしつか)いに南蛮なんばんのことを根掘ねほ葉掘はほたずねていると、左兵衛さへいが来て話をせいする。

南蛮なんばんの国が気になるようじゃな。召使(めしつか)いはいそがしいで、ワシが話して進ぜよう。」  


 出航しゅっこうの準備がととのったのか、船はゆっくり旋回せんかいして港をはなれ、沖に向かって進み始めたが、さすがにれを感じない。

 勘次と舳先へさきに向かう途中とちゅう、弥助に呼び止められて船室せんしつに入った。

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