第八章 海底でもてなす人間が完成し、太郎を海に招いた。海底になぜ美しい国があり、太郎が招かれたのか。その真相とは
八-一
ようやく会話に合点がいった。人間の未知の部分を解明するために、さまざまな手を打ったが、身体に関する調査だけは進んでいない。そのため花見の船を狙う考えのようだ。
太郎に気付かれない、完全なもてなし役を作るには、海底で踊子や世話役の死体をじっくり調べるのが、手っ取り早いに決まっている。
だがどんな理由であれ、リュウビが人間の命を無差別に奪うなんて、果たして実行するだろうか。
もし実行しても龍に化身して船を襲えば、人間の海に対する警戒心は再強くなり、もちろん太郎も龍のいる海の中へ入るなど、考えられない。
どうやって人間に気付かれないように船を沈めるのか、とんでもない難題が持ち上がった。
「大きな渦を作って、船を海底に引き込こみましょう。」
ミンクの提案に、リュウビはそれを退しりぞけた。
「何もない海に、大きな渦が発生して船が沈んだら、まだ海底で生きている龍の仕業と考えるでしょうから、出て龍で襲うのと結果は同じです。」
「ダメですか。うーん、頭の中が破裂しそうだ。」
苦しそうに考え込むミンク。それを見つめていたショウは、ミンクの破裂という言葉で、ヒントが浮かんだ。
「船が勝手に壊れて沈んだら、誰の仕業とも考えないのでは。」
「そうですね。人間側の原因で沈んだのなら、海に警戒心を抱くことはないでしょう。」
この発案にリュウビが同調したので、ミンクに生気が戻もどり、具体的な方策を出す。
「船は底から多量の水が入れば沈みます。トポスさんなら良い知恵があるかと。ひと泳ぎ行って相談してきます。」
花見の船を沈め、人間の標本を得えるなんて卑劣だ。しかし、どうしても探れない身体部分の解明には、またとない方法ではある。戸惑リュウビ……。
しかしこの好機を逃がしたら、解明策さくは二度と巡って来ないだろう。決断せねばならないリュウビは、表情が冴えない。ミンクがトポスを連れて戻って来た。
「トポスさんと言い争いになりましたが、不可能ではありません。」
魚族の敵ではない人間を殺める行為に、トポスも反対した。しかし時が迫っていることは避けて通れない。
この好機を活かさねば、計画は実現しないと決意して来たと言う。
「演舞船は幅広い造りで、船底の中央部は厚い一枚板を並べた、平らな構造だ。底板が割われるようにすれば、簡単に浸水しますぜ。」
リュウビはうなずくが、その手段が解せない。人間に悟られず、船の底板を割ることが出来るのか。
「力を加えて割るのではない。船底は内側へ強い水圧がかかっているから、中央部の底板を弱くするのだ。つまり我々が下から船にそっと近付き、船底にモックの海藻で作った粘液を、たっぷり塗り付ける。」
ここまで聞くと、ショウも手段が見えてきた。
「そこへリュウビ様の凝固術で粘液を固めると、それが収縮して、板をもぎ取りながら剥れる。底板が半分ほどに薄くなれば、水圧に耐えきれず割れる。」
瞬時このような手段を考え付くトポスに、ショウは恐れ入った。
以前、屋敷の土台を凝固した時、積み上げた石が収縮して固まったことがある。
あの時も、モックの海藻で作った粘液を使ったのだ。リュウビがやむなく決行を表明すると、トポスは必ず成功すると言い残して、建設現場へ帰った。
差江の港から南に続く、湾一帯の桜が競ようにつぼみを膨ませ、咲き始めている。
若葉の黄緑色と、桜の薄桃色で化粧をした山肌は、少し寒さを残した春の陽射に照てらされ、誰にともなく清楚な表情を投なげかける。
大気を浄化し、鳥や動物や昆虫たちの育みを支え、海の生き物に栄養を分け与える大自然の息吹は、命あるもの全ての源だ。
この時期、人間は貧富の差や身分に関係かんけいなく、春の訪おとずれを喜よろこび、自然の美しい創作物を賞でようと、花見を楽しむ。
朝から温かな陽光が降り注ぎ、おだやかな風が頬を撫でる花見日和だ。港に朱塗りの屋形船と、船の前部に舞台を設け、金色の鋲をちりばめた演舞船が係留されている。
日が高くなり、あでやかな着物の女児、楽器を抱えた男児が、侍の先導で演舞船に乗り込んだ。
総勢三十人が踊りの予備練習や、笛や太鼓の試奏を始めた。港の通りは方々から見物に来た町人で、ごった返している。
金箔と赤い房で飾った二台の牛車が、騎馬に囲まれて到着。まず領主の息子、将大と姫の綾が降りると、別の牛車からは領主の差江将光が。
岸では町人たちも唄い踊り、華やぎは頂点に達した。
屋形船に領主や家臣が乗り込むと、二隻の船がゆっくりと岸を離れた。警護の軍船が四艇、少し離れて追う。
船は湾の中央に出て停船し、海から桜を眺める。そして南の岸に近付き、桜を眺めながらゆっくり進むと、トポスはジータから聞いている。
「出たか、やはり二隻だ。湾の中央に来たら、決行だぞ。」
粘液が入ったツボを抱えたタコ十頭に、トポスは待機の指示をした。
細長い楕円形の影が海面を並んで、近付いてくる。あの船には奇襲など夢にも思わない数十人の人間が、うららかな春を楽しんでいる。




