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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
71/86

七-四

「ワシが生まれる(まえ)地揺(じゆ)れと大波(おおなみ)で、家も人も(ふね)も海に流されよった。たまたま丘で野良(のら)をしとった親父(おやじ)とお(ふくろ)は、(もり)()げ込んで(たす)かったそうでな……。」

 磯八(いそはち)は空に向かって、(とお)(むかし)の出来事を思い出すように話を(つづ)ける。

「あっという()に村の仲間(なかま)()んで、何もかも()うなって、よほど(つら)かったんじゃろう。あん(とき)の話をよう()かされた。」

 西方(にしがた)の浜や家にいた万作(まんさく)弥助(やすけ)は、大波に()まれたらしいと言う。()が家と勘次(かんじ)の家も舟も、跡形(あとかた)なく流されたようだ。


(おか)に上がった(しお)が引くと、(いのしし)の親子が何事(なにごと)もなかったように丘を(はし)り、(ちょう)もバッタも(あり)元気(げんき)じゃったそうな。あの災難(さいなん)で、人間だけが家も舟も(いのち)(うしの)うた。」

 遠くの水平線(すいへいせん)(にら)磯八(いそはち)は、何かに(おこ)っている目だ。

 そう聞けば(あらし)(あと)(とり)や動物が風雨(ふうう)に打たれて、()んでいるのを()たことがない。どこで避難(ひなん)しているのか、不思議(ふしぎ)に思ったことはあった。

 人間は家に(こも)って身を(まも)るが、(かれ)らは避難(ひなん)場所(ばしょ)()たないのに。

「動物も人間も、(あせ)をかいたり、(せき)をしたり、のどが(かわ)いたり、時には身震(みぶる)いもするじゃろう。」

 何を言い出すのか、次の言葉を待っていると磯八(いそはち)は、遠くの水平線(すいへいせん)見詰(みつ)めながら話を続ける。

「親父の話では天地(てんち)も同じことを、やっとるそうじゃ。(あらし)日照(ひで)り、大雪(おおゆき)地揺(じゆれ)れ、大波(おおなみ)。これらは天地(てんち)(いか)りではのうて、意味のある(いとな)みじゃと。それと()()いを付けて()らしている動物や(むし)は、被害(ひがい)()けん。それに(さから)らって生きとる人間だけが、(ひど)い目に()うと。」


 (たし)かに海に入る前よりも、家は頑丈(がんじょう)になっている。丘の上がり(ぐち)も石で補強(ほきょう)している。これらは()()いを付けたのではなく、はかない抵抗(ていこう)だと言う。

「オラも海底の(くに)で聞いたことがある。()っちゃな人間が(おお)きな自然に、どう(さか)ろうても絶対(ぜったい)にかなわんと。」

「ワシは天地(てんち)(いとな)みを、(いか)りと思うておったで、身を(まも)ることばっかり考え、親父(おやじ)の話には納得(なっとく)できんかった。」

 動物や昆虫(こんちゅう)の暮らしを(のぞ)む人間はいない。(ぎゃく)にもっと(ゆた)かに、もっと便利(べんり)に、もっと快適(かいてき)に暮らしたいと願い、前の磯八(いそはち)と同じ(かんが)えの人が圧倒的(あっとうてき)に多い。

 だから家を頑丈(がんじょう)にして、田畑(たはた)や道には、地崩(じくず)れを防ぐ石を()んで防災(ぼうさい)している。しかし天地の(いとな)みに()うと相変(あいか)わらず被害(ひがい)をこうむり、さらに強固(きょうこ)にする。

 ()りもせず、その()(かえ)しをしているのだ。


「天地に(さか)らうと言えば、こんなこともあった。」

 磯八(いそはち)は、(おもて)(じま)の話を始めた。

 差江(さえ)には大きな川と高い山があり、豊かな水で稲作(いなさく)や様々な野菜(やさい)栽培(さいばい)(めぐ)まれ、町は(さか)えていた。だが雨期(うき)になると川が氾濫(はんらん)するようになった。

 町は度重(たびかさ)なる洪水(こうずい)対策(たいさく)として、川の両側(りょうがわ)に土を高く()み上げて(つつみ)にした。これで洪水(こうずい)から(まぬが)れることができたと言う。

 ところが(なつ)になると川が渇水(かっすい)して、水不足(みずぶそく)深刻(しんこく)になった。この地はもう(おわ)りとの風評(ふうひょう)(ひろ)がり、(ほか)土地(とち)へ移る(たみ)相次(あいつ)いだ。

「そんなことがあったんか、あの大きな川が。」

 (こま)()てた領主(りょうしゅ)差江(さえ)将実(しょうじつ)識者(しきしゃ)動員(どういん)して、(かさ)なる現象(げんしょう)を調べるうち、奥山(おくやま)地肌(じはだ)のむき出しが原因(げんいん)判明(はんめい)したのだ。


 差江(さえ)は、大波(おおなみ)被害(ひがい)復興(ふっこう)事業(じぎょう)として、製材(せいざい)産業(さんぎょう)(おこ)した。豊富(ほうふ)にある奥山の木を伐採(ばっさい)し、川を使って河口(かこう)まで(はこ)び、(けず)った木材(もくざい)各地()に売りさばいた。

 当時(とうじ)民家(みんか)社寺(しゃじ)建築(けんちく)(さか)んだったので注文(ちゅうもん)に恵まれ“製材(せいざい)の差江”として広く()れわたり、大いに繁栄(はんえい)した。

 たちまち材木(ざいもく)調達(ちょうたつ)裏山(うらやま)だけでは()いつかず、北島(きたじま)浦浜(うらはま)まで(およ)んだと言う。

 浦浜(うらはま)大勢(おおぜい)人夫(にんぷ)が、丘の(もり)の木を求め、見返(みかえ)りとして丘の中ほどに大きな()め池を作ってくれた。川のない浦浜(うらはま)水源(すいげん)を得ることができ、村の(しゅう)はたいそう(よろこ)んだ。


 磯八(いそはち)の話を聞きながら丘を(のぞ)むと、何と(ちょう)(じょう)にあった森が()えているではないか。

「本当じゃ、あそこにあった大きな(もり)が。」

 まさか(もり)が消えているなんて……。海底から帰った時は小雨で、丘の(じょう)()(きり)(かく)れて見えなかった。

 森が消えるなんて(ゆめ)にも思わなかったので、今の(いま)まで気が()かなかった。

---(なん)てことを。

 北島(きたじま)の山々も地肌(じはだ)のむき出しが目立(めだ)つ。そうか、ゼクスはこれを心配(しんぱい)していたのだ。磯八(いそはち)の話はまだ続く。

 奥山(おくやま)山腹(さんぷく)から(ちょう)(じょう)まで、ほぼ全面(ぜんめん)禿()げ上がった。以前は、奥山(おくやま)の豊かな木々が雪解(ゆきど)け水や、雨水を山中に()めて徐々に川や(ふもと)へ送り出していたので、雨期でも川に氾濫(はんらん)がなかった。また日照(ひで)りが続く(なつ)でも、水が()ちていた。

「木を()り過ぎたんじゃ。山は木の根が雨水をいっぱい()めると、ゼクスが言うとった。そうか、そんで山は今、どうなっとる。」

 磯八(いそはち)は顔をくもらせ、小声(こごえ)で吐き()てるようにつぶやいた。


「どうもこうも。差江(さえ)殿様(とのさま)が、禿()げ上がった場所に苗木(なえき)()えたが……木は(いま)だに、あの(くらい)にしか(そだ)っとらん。木はワシ()の思うようには、(そだ)ってくれん。」

 丘の(はず)れにある、八尺(はっしゃく)ほどの木を指さした。

「そんじゃ、まだ氾濫(はんらん)渇水(かっすい)は続いとるんか。」

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