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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
70/86

七-三

 作佐は何かを(つか)んだ様子だったが、話し()えた今も、さっぱり真意(しんい)が見えない。海に()いかけても、返事があろうはずもない。

 もう話し(わす)れはなかったか、肝心(かんじん)なことが()けていなかったか、最初(さいしょ)から振り(かえ)ってみる。

 東の空がじわじわと黄金(こがね)(いろ)()まり、足元(あしもと)が少し明るくなってきた。地上に帰って(むか)えた二日目の海は、心の動揺(どうよう)をあざ(わら)っているかのようだ。

「話し(わす)れはない。作佐はきっと、真相(しんそう)(さぐ)り出してくれるじゃろう。」

 まだ海面は黒いが、つばくろ岩の輪郭(りんかく)が見えるまで、空は明るくなった。


「よう話したで、(ねむ)うなったじゃ。(もど)ってひと(ねむ)りさせてもらうか。」

 黒い海面を(なが)めながら立ち上がった時、家の方角(ほうがく)から次郎が(あわ)てた様子で()けて来る。

「太郎さん、今しがた。」

 次郎の(ひょう)(じょう)と声で、あとは聞かなくても()かる。

---音根が()んだ。

 反射(はんしゃ)(てき)に砂を()って浜を(はし)る。

 玄関の戸を乱暴(らんぼう)に開け、(はな)れの部屋へ()()んだ。音根は(ひかり)(はな)つ赤いカンザシを、両手に(つつ)んで(むね)に当てていた。

 作佐と話している時に、次郎が龍宮(りゅうぐう)土産(みやげ)と言って(わた)したのだろう。その顔は微笑(ほほえ)んでいる。


「音根、すまんかった。あれほど反対(はんたい)していたのに、海に入ったオラを(ゆる)してくれ。」

 あの時、海に入らず祝言を()げ、()が子を(そだ)てながら(ゆめ)に向かっていたら……。

「あたい、もしも太郎さんが帰っても、()えん気がして。」

 海に入る前の(ばん)だった。音根の気持(きも)ちより、わずか五日(いつか)(かん)と言ったショウの言葉を信じ、海への(まね)きに応じた結末(けつまつ)が、これだ。

 どう()びても()び足らない自分を、泣いて()めた。

 弥恵を()れて、次郎が(もど)ってきた。二人は音根の顔を見つめて手を()わせ、何やら(つぶや)きながらそっと白い(ぬの)を顔に(かぶ)せた。


「太郎さん、そう()かんでください。母はこの()一番(いちばん)の、(しあわ)せもんじゃから。」

 次郎は目の(まわ)りを()()()らしているが、(つと)めてにこやかな(ひょう)(じょう)(よそお)っている。

 海に入った太郎が(かなら)ず帰ると(しん)じ、再会(さいかい)を願う一心(いっしん)で七十歳まで生き()いた音根。

 次郎は、ついに(ねが)いを(かな)えた(だい)往生(おうじょう)だと、(みずか)らにも言い()かせて、(かな)しみを(おさ)えているのが見て()れる。

(はは)はつねづね、太郎さんとの(おも)()を話すのが(たの)しみじゃった。これほど(はは)に大きな(ゆめ)を……()たせてくれた……太郎さんに。」

 ここまで言うと、声を(つま)らせて泣き(くず)れた。


 朝日(あさひ)(のぼ)ったばかりだが、訃報(ふほう)を聞いた村の婦人(ふじん)(たち)が集まって来た。玄関(げんかん)の外で弥恵が(むか)えている。

「次郎さん、(かあ)さんが死んだって。まあ気の(どく)なことじゃ。」

「この前に()うた時にゃ、元気(げんき)そうじゃったのになあ。」

 集まった婦人(ふじん)(たち)は十人、口々に声をかけて家に入る。もう自分のことは村中(むらじゅう)に知れ渡っているはずだが、(だれ)も声はかけて来ない。

「母は他の御方(おかた)より長生(ながい)きし、これは(だい)往生(おうじょう)ですじゃ。今日はよろしくお(たの)みします。」

 葬儀(そうぎ)準備(じゅんび)が始まった。


 一人ひとりに頭を下げる次郎を見かねて、(ふたた)び浜に出た。砂に(こし)を下ろすと、(あお)水平線(すいへいせん)が表島と北島の(みさき)(むす)んでいた。

 打ち寄せる波と調子(ちょうし)を合わせるように、(かな)しみと(さみ)しさ、絶望(ぜつぼう)(かん)が繰り返し(むね)に込み上げる。

 心の中にぽっかり()いた(あな)を、(かわ)いた風が()()ける。体内に(わず)かに残っている(うるお)いさえも、風が(ぬぐ)()る。

「音根も()んだぞ。もうオラは、この()(ひと)りぽっちじゃ。乙姫、ショウ、オラがこうなるのも作戦(さくせん)か。お前らとオラの鯛釣(たいつ)りと、どんな因果(いんが)があるんじゃ。答えろ。」

 両膝(りょうひざ)を抱えて顔を()めていると、背後(はいご)に近づく足音(あしおと)が聞こえた。見上(みあ)げると、あごに白いヒゲを(たくわ)えた老人(ろうじん)だった。

「そなたが太郎さんかな。」

「そうじゃが。」


 力のない返事(へんじ)ではあったが、その老人(ろうじん)は気にする風もなく(よこ)(すわ)り、一緒に青い水平線(すいへいせん)(なが)める。背が高く筋肉質(きんにくしつ)で、その横顔(よこがお)はどこか見覚(みおぼ)えがある。

「あなたは。」

「そうそう、ワシは東方(ひがしがた)磯八(いそはち)という舟作(ふなづく)りじゃ。親父(おやじ)勘次(かんじ)と言うて若い(ころ)は、太郎という人と(たい)()っとったそうで。次郎さんの(かあ)さんの葬儀(そうぎ)に行く途中(とちゅう)じゃが、そなたが親父(おやじ)相方(あいかた)じゃったか、と思うてな。」

 (おどろ)いた。(ひとり)りぼっちになったと思った矢先(やさき)勘次(かんじ)の息子が(あらわ)れるとは。バタバタと()つん()いで磯八(いそはち)の前に出て、顔を見上(みあ)げる。


 その様子(ようす)がおどけたように見えたのか、磯八(いそはち)が吹き出して顔を()らした。

「か、勘次(かんじ)の子か。」

「やはり相方(あいかた)は、そなたじゃったか。きのう本物(ほんもの)の太郎さんが、(うみ)の中から(もど)って来たと、次郎さんからの(つか)いに()いたで。」

 磯八(いそはち)の顔色が(あか)らみ、見開(みひら)いた目が(わら)う。こんな苦境(くきょう)でも知人に会える(うれしさ)しさと期待(きたい)が、(いきおい)いよく(ふく)らむ。

「そ、そうじゃ。勘次(かんじ)はどこにおる、すぐ()いたい。」

親父(おやじ)はワシが三十(さんじゅう)の時に、病気(びょうき)()んだ。もう二十(にじゅう)(ねん)も前になるのう。」

 勘次(かんじ)に会える(のぞ)みは、(むな)しく消えたが、勘次(かんじ)の子が自分の()を知っているとは、あの地揺(じゆ)れと大波(おおなみ)の時は、助かっていたのだ。

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