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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
7/86

一-七

「このまま怪物が大人しゅうしとりゃ、言うことないんじゃがのう。」

「今さら邪魔じゃましたってなあ、怪物も観念かんねんしたんじゃろうぞ。」

 言いたい放題ほうだい会話かいわかわわしながら、大八だいはちぐるま(けん)(じょう)(ばこ)()み込む。


「夜が明ける、そろそろ出向(でむ)くとするか。」

 太作たさく組の舟は、海の方に向きを変えてあり舳先へさきには太いなわかざられている。

 万作が徹夜てつやで自分の舟を洗ってくれ、差江さえ(いわ)いのために、立派な縄飾なわかざりまで用意よういしたことを知った。


「万作はん、かたじけない。」

「ガハハ……。舟が貧相(ひんそう)じゃけ。こうでもしておかんと表島(おもてじま)の奴らに、馬鹿(ばか)にされるでな。舟を白に()るには、(とき)が足りんかったが、よう出来(でき)たじゃろう。」

 その豪快(ごうかい)な笑いに(みな)もつられて笑う。

 舟を()っ白に()られず、本当に良かったと思ったが、万作の気づかいに目頭(めがしら)(あつ)くなる。


 表島(おもてじま)の城へ鯛を(おさ)めに出向(でむ)くのは、自分と勘次のほか万作、弥助、藤造、吾作の六人に決まった。自分の舟には(たい)百尾(ひゃくび)を積み、弥助が札持(ふだも)ち役をする。

 そこへ婦人(ふじん)が三人、()き出しの味噌(みそ)汁と(にぎ)(めし)を持って来た。その婦人の中に音根(おとね)もいる。

 こちらへ来て上目遣(うわめづか)いに微笑ほほえみ、声をかけてきた。

「早う帰って来てね。待ってるっちゃ。」

 黙ってうなずき、(にぎ)り飯と味噌(みそ)汁を受け取って頬張(ほおば)った。


 音根は今年十七歳。他にも年頃(としごろ)の娘は妹の(あずさ)も含めて数人(すうにん)いるが、この村では(めず)しく色が白く、大きな黒い(ひとみ)若者(わかもの)羨望(ぜんぼう)の的になっている。

 若者達はこぞって(はたけ)仕事(しごと)や、炭焼(すみや)きを手伝(てつだ)い、用事(ようじ)もないのに何かしらの声を()け、音根(おとね)の気を引こうと懸命(けんめい)だ。


 弥助が鯛をめた(けん)(じょう)(ばこ)五箱の上に、差江(さえ)家紋(かもん)が入った白い布を(かぶ)せた。

「さあ準備(じゅんび)はできたじゃ。太郎と弥助の舟が真ん中を行け。勘次は大八車を積んでワシの舟に、藤造は吾作の舟に乗り込んで両側(りょうがわ)から警護(けいご)じゃ。それー 行くぞぉ。」


 万作の号令(ごうれい)に「おぉー。」と雄叫(おたけ)びを上げて、男たちは舟を一斉(いっせい)に海へ(すべ)り込ませ、(いきお)いよく()り込んだ。

 身なりはいつもの漁衣(ぎょい)なので、漁に出る普段(ふだん)風景(ふうけい)と変わらないが、()ん中を進む自分の舟だけが、少し(ちが)って華々(はなばな)しい。

 浜では婦人や村の衆が、手を振って見送っている。


 いよいよ朝日(あさひ)が東の空を黄金(こがね)色に()めて顔を出すと、海も空も山も一斉(いっせい)に明るくなり、(おか)の鳥がにぎやかにさえずりを(はじ)めた。

 表島に向かう漁師(りょうし)達の顔に朝日(あさひ)反射(はんしゃ)し、どの顔も(まぶ)しげに(かがや)く。

 明けの(かぜ)()き出すと、海も目覚(めざ)めたように波打(なみう)ち、黄金(こがね)色の空を映して青白(あおじろ)く広がる。今朝は(めずら)しく、カモメが数羽(すうわ)頭上(ずじょう)()び回っていた。


 いざ出港はしたものの、六人にとっては恐怖(きょうふ)(つつ)まれた航海(こうかい)だ。

 海から大きな怪物が、突然(とつぜん)飛び出してくるかもしれない。()をこぐ者は足許(あしもと)(やり)を置き、もう一人は()を丸くして四方(しほう)警戒(けいかい)を続ける。

 だが緊迫(きんぱく)した心境(しんきょう)とは裏腹(うらはら)に、一度たりとも強い風がなく半刻(はんこく)が過ぎた。


 表島の町が目の前になった時、全員(ぜんいん)の顔に正気(しょうき)(もど)った。

無事(ぶじ)()けそうじゃ。まだ油断(ゆだん)はできんが。」

 弥助が立て(ふだ)()(なお)し、右手に長い(やり)を持って仁王(におう)立ちになった。もう表島の方からも見えていて“差江殿(さえどの)御用達(ごようたつ)”と大書(おおが)きした札の文字が、(とお)眼鏡(めがね)確認(かくにん)できているだろう。

 

 今日は二代目(にだいめ)領主(りょうしゅ)嫡子(ちゃくし)差江(さえ)将大(しょうだい)が東の国から(ひめ)を迎える婚礼(こんれい)の日だ。

 すでに町は(ふえ)太鼓(たいこ)の音で(さわ)がしい。城に通じる港の大通(おおどお)りには提灯(ちょうちん)(つら)なり、停泊(ていはく)中の商船(しょうせん)には紅白(こうはく)(まく)()られている。


 舟が港に入ろうとすると、二隻(にせき)の黒い軍船(ぐんせん)両側(りょうがわ)から(はさ)むように接近(せっきん)し、ヒゲ面の侍が舳先(へさき)に立って大声(おおごえ)(さけ)んだ。

差江殿(さえどの)港内(こうない)じゃ、(やり)(おさ)めいっ。」

 皆がハッと気付(きづ)き、手にしていた(やり)足許(あしもと)に落とし、深々(ふかぶかと)と頭を下げた。

「もう怪物は出んのに、ワシたちは戦いの体勢(たいせい)で港に入ったんか。迂闊(うかつ)だったわい。」

 万作は頭をかいて()じ入った。


 軍船(ぐんせん)が、港の(はし)に突き出した桟橋(さんばし)誘導(ゆうどう)する。軍船は裏島(うらしま)(もっと)も大きい万作の舟より大きく、大筒(おおづつ)一門(いちもん)(そな)えている。

 三隻(さんせき)小舟(こぶね)桟橋(さんばし)横着(よこづ)けすると、能勢(のせ)右門(うもん)家来(けらい)らしい五人のさむらい(したが)えて来た。

「おお裏島の。本日の婚礼(こんれい)(きょう)する鯛じゃが、百尾(ひゃくび)(そろ)ってござるか。早速(さっそく)で悪いが荷物(にもつ)(あらた)める。」


 能勢(のせ)右門(うもん)の後ろにいたさむらいの一人が舟に()()んで、(だま)って献上(けんじょう)箱を他の(さむらい)達に手渡し、桟橋(さんばし)()み上げていく。

 能勢(のせ)右門(うもん)がフタをけて大笹おおざさをめくり、鯛を見回みまわして横の家来けらい小声こごえでつぶやくと、家来けらいはそれを帳面ちょうめんめている。


 どうやら鯛の状態じょうたいと、かず確認かくにんしているようだ。

「ワシたちは、ていねい洗ってはこめ、大事だいじに運んできたんじゃ。かずちがいなく百尾ひゃくび揃っちょるわい。」

 万作まんさく不服ふふくそうに言っても耳をさず、五箱全部ぜんぶ確認かくにんし終えた。

じつ見事みごと暁鯛あかつきだいである。大きさがみな同じで、数も間違いない。主人しゅじんはどなたかの。」


 弥助が、主人はこの男だと言いながら、自分の背中せなかを強くした。

「おお、鯛釣たいつ名人めいじんの太郎殿か。拙者せっしゃ出向でむいてたのんだだけの事はあった。このとおり(あつ)れいもうし上げる。」

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