二
七-二
次郎の言うとおりだ。今までの事柄を洗いざらい思い出し、問い直してみるのは妙案だ。
奴らが何のために、何を目的として海底へ誘い込んだのか、ひょっとして答えが見えてくるかもしれない。
次郎の提案は、心の救いにもなった。ありがたく感じ入り、笑顔を作ってうなずいた。
「寺の作佐とやらに話してみたい。何か分かるような気がするで。」
次郎が作佐を連れて来た。三十過ぎの若い僧で、物書きに長けていると評判らしく、差江や北島からも書き付けの依頼が、よく舞い込むと言う。
頭を剃り上げた、色白で痩せた若い僧は、前に座るなり額が畳に付くほど深く、平伏した。
「裏島寺の作佐と申します。伝え話と思っていた太郎様にお目にかかれて、まことに光栄に存じます。次郎さんから粗事情はお聞きいたしました。お話を一所懸命に書かせていただきます。」
三十過ぎとは思えない言葉づかいや、礼儀正しさ。海に入る五十年前とは、隔世の感がした。
---さてどこから話そう。
音根に相談を持ちかけるように寝顔をのぞき込むと、話を聞いていたかのように目覚めた。
「おってくれたんじゃね。この歳になると、すぐ疲れて眠ってしまうんよ。おや作佐さん、また面白い話を持って来てくれたんか。」
「今日は、太郎様のお話をうかがいに参りました。」
「海へ入った話か。私は太郎さんを約束の五日で帰さんかった海が憎い。何で五十年も……。」
目に涙を溜めて悔しがる音根の耳元に顔を近付けて、作佐がささやいた。
「そのとおりです、お婆さん。理由があるはずです。太郎様も理由を知りたいと申しておりますので、お話をうかがって探りたいと思います。」
少し落ち着いたのか、音根が独り言のようにつぶやいた。
「倒した龍の復讐と思うちょったが、太郎さんは殺されんで帰った。海の中に誘ったこと、五十年も帰さんかったことは、別の理由があるのかもしれん。」
音根の言葉は衝撃で、その推測に身震いした。別の理由で海底へ誘い込まれたとは一体、何を意味するのか。
「龍の復讐ではないと思うんか。」
でも赤い手箱に、槍が刺さった龍の置物が入っていたのは事実だ。作佐には、龍に父が食われた十五歳から話すことにした。
隣の部屋に場所を移すと、すでに次郎が卓に燭台を点けて、巻物と筆を用意していた。燭台を挟んで作佐と向かい合い、話を始めた。
夜はしんしんと更けて、晴れ渡った空に無数の星が瞬いている。
まずは、村の衆との毎日を土台にした、鯛漁への意気込みを話した。そして差江、北島と鯛を介した交流に話を進めた。
多賀屋正克の計らいによる、鯛釣り塾の準備、裏島で鯛を売る夢を話していくうち、どこかしこに龍が見え隠れしていることに気付いた。
「オラの漁師としての仕事だけに、龍が付いてまわっとる。万作はんや、弥助はんには絡んどらんのに。」
「そのようです。妙な臭いがしますね。」
作佐は筆を運びながら、上目づかいに自分の方を見た。
「何か、分かったか。」
「いえ、まだ何も。話を進めましょう、大きな海亀が浜に来た日からですね。」
大海亀のショウが現われたのは、音根のことで藤造と悶着があった日だ。浜を走っていた藤造が子亀につまづき、怒りで叩いたのを救って、海に放した。
その直後に母亀が現われ、子亀を助けた礼として海に誘われた。
その翌朝、ショウの言葉を信じ、好奇心の赴くまま、皆の反対を押し切って海へ入った。
海底は地面から光が噴き出し、この世の物とは思えない景観や現象に、驚きずくめの日々だった。
龍宮と称する屋敷は想像を超越するほど豪華で、宴や食事に我を忘れた。
白い拝塔でゼクスとの出会い、加奈のいる長閑な農園、ゼクスが作った春の楽園。
逃げ隠れできない海底で、龍の復讐に恐怖しつつも、身に余る接待を受けた。
帰る日まで乙姫や加奈に、海底で永住するよう、あの手この手の誘惑で引き止められた。
迷い苦しんだ末、帰還を決断したのだが、その別れは涙が出るほど寂しく、空しいものだった。
約束どおりショウが地上へ帰してくれたが、帰ったらこの有様だ。話し終えると、外はうっすらと夜明けの兆しを見せている。
「もう朝じゃ。作佐さん、疲れたじゃろう。」
「いえいえ、たいへん興味深いお話でした。寺に戻って整理し、私なりに因果を考えて参ります。」
作佐は書き付けた紙を、馴れた手付きで巻いて立ち上がった。
「おぼろ気ですが、真相らしきものが見えてきました。それはお婆さんが申したとおり、龍の復讐ではないですね。妙に太郎様の漁師の仕事が引っ掛かるのです。」
作佐を見送った足で、まだ暗い浜に向かった。砂に腰を下ろし、黒々とした海を睨む。浜は単調な波音が響いている。
日の出には間があるが、横長の雲が群れる東の空が白くなり、海と空を一本の線で分け始めている。
「オラの仕事が因果に引っ掛かるとは、どういう意味じゃ。投網漁やタコ漁ではなく、鯛漁なのか。」




