六
六-六
手桶を提げた二太夫と二人で、ハクビの支柱が二列に並んだ農道を歩く。上空を見上げても深海ザメの気配はなく、穏やかだ。
途中で一太夫と加奈に合流し、四人になった。農道の傍らに咲く可憐な白い花を摘みながら歩いていると、加奈が横に来て覗きこむ。
「その花、かわいいでしょ。それはピクと言って、葉は私達の薬草になるのですよ。たくさん摘んでどうするのですか。」
「ゼクスの墓を飾ろうと思うてな。」
加奈も摘み始めた。白い花を両腕いっぱいに抱え、こんもりと土を盛った墓に着いた。
緑のハクビ畑を背にし、赤いタッピ畑が露払いするかのように、両脇に広がる風景は、ゼクスの偉業にふさわしい造りだ。
抱えてきたピクの花を足許に置き、一花ずつ飾るように墓に並べてゆく。
音根の母が亡くなった時、藤造が野の花で布団を飾ったことを思い出し、ゼクスにもそうしたかった。加奈も並べる。
盛り土の墓は、花笠のように華やかになった。花を並べ終わると、二太夫が桶の水を杓で掛け、一太夫が線香に火を点けて墓の中腹に立てた。皆が押し黙って拝む。
地上の墓参りと同じだ。ひと通りの参拝を終えると、一太夫と二太夫もピクの花を摘んで来て、盛り土に加えた。
「ほう、きれいですなあ。ゼクスは喜んでおりましょう。」
花で飾られた墓に、もう一度手を合わせる。
「これからは、ゼクスの子孫であることを胆に命じ、この星に認められる人間になるじゃ。地上に帰ったら皆に話すで、安心して眠ってくれ。」
これで三つの希望は、すべて実現した。乙姫には地上に帰ると、はっきり伝えよう。真心で話せば、加奈も分かってくれるだろう。ゼクスの墓に深く頭を下げ、屋敷へ戻ろうとすると、頭の中で懐かしい声がした。
「太郎様、お参りくださって、ありがとうございます。私達の子孫として、生きてくださることに感謝します。地上に帰ったら海や多くの生き物と共生して、幸せな未来を築いてください。陰ながら応援しています。」
「ゼクスじゃ。どこにおるんか。」
突然の叫び声に、三人が仰天して駆け寄ってきた。
「どうかしたのですか、大丈夫ですか。」
ハッと我にかえる。三人の慌て振りで、今の声は誰にも聞こえていなかったと察した。
「いや何でもない。じゃが今、ゼクスがオラに話しかけてきた。」
「そんな馬鹿な。ゼクスは死んだのですよ、太郎殿の空耳でしょう。」
「いいや、確かに聞いた。ゼクスはな、地上に帰って海や生き物を敬って、幸せな未来を築くようにと言うた。もうひとつ、ゼクスの子孫として生きることに感謝する、とも言うたじゃ。」
強い口調が、嘘でないことを示したのだろう。加奈が地面に崩れ落ち、一太夫が天を仰いで腕を組む。
二太夫は何度もうなずいて、優しく肩に手を伸ばしてきた。
「そなたのお力で、素晴らしい人間社会を作ってくだされ。」
「太郎様は、地上に必要なお方なのですね。私も海底から、太郎様のご活躍を祈ります。でも、私のことは忘れないでください。」
溢れる涙を拭おうともせず、背中を震わせ、地面に両手を付く加奈の肩を引き寄せた。
「加奈さん、心底から好きじゃった。忘れはせん。」
三人が地上に帰ることを認めたので、もう乙姫も引き止めはしないだろう。豊かに実った農園を眺めて、寂しい気持ちになったが、もう迷いはない。
五日目の朝。ここは龍宮の最上階。真紅の欄干を握り、潮で霞んだゼクスの墓の辺りを見つめる。隣には薄青の衣装をまとった乙姫が、欄干から身を乗り出すように、自分と同じ方向を見ている。
初めて上がった三層四階の最上階は、思っていた以上に高い。ここから半里ほど先が霞んでいるものの、農園はくまなく見渡せる。小魚の群れがキラキラ輝いて、上空や農作物の上を活き活きと旋回する。
「豊作祭にお招きしたのに、ゼクスの死で二日しか催せませんでした。それに深海ザメに襲撃されて、客人の太郎様が戦う羽目になりましたこと、心からお詫びいたします。」
遠くを見つめたまま、静()かな口調()で話す乙姫から、物悲()しい思いがヒタヒタと伝()わる。
「いや楽しい日を過ごせて、良かったと思うちょる。龍を疑って、怖がってばかりしとったが、何もなかったじゃ。乙姫様には、かたじけない気持ちでいっぱいじゃ。」
すでに、来た時の羽織・袴姿だ。今さら地上に帰る決心を話さなくても、乙姫は分かっている。
大きな瞳から幾筋もの涙が、白い頬を伝って落ち、輝く緑の屋根に消える。
雑木林の部屋で加奈を使ってダマしたことは、永住を望んでと思うと、今は感謝で胸が張り裂けそうだ。
---名残り惜しい。
欄干に置いた、冷たい乙姫の手に、そっと手を重ねた。
「もう行かんと。ショウが門の前で待っとる時分じゃ。」
うなずいた乙姫は、黙ったまま身をひるがえし、最上階の部屋に入った。その後ろに付き、急な階段を一歩一歩踏みしめながら下りる。




