表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
59/86

六-四

 ()われるままに目を()じると、乙姫が(やさ)しい(ちから)で手を()く。十歩(じゅっぽ)ほど歩いただろうか。

「もういいですよ太郎様。()をお()けください。」

 そっと目を()けた。ところが目の(まえ)には、大きな木が立ち(なら)んでいるではないか。

「え、外に出たんか。」

「いいえ、太郎様にお(くつろ)ぎいただく、とっておきの部屋(へや)です。」

 ここが部屋(へや)か、どう見ても薄暗(うすぐら)雑木(ぞうき)(ばやし)の中だ。木の(えだ)隙間(すきま)から青い空が見える。

 本当に、ここが部屋(へや)であっても木に(さえぎ)られて、広さが予測(よそく)すらできない。

 足許(あしもと)には()の高い雑草(ざっそう)が生い(しげ)り、それを()き分けたように細い小路(こみち)(とお)っている。


()きましょう。」

 ずっと手を(はな)さず先導(せんどう)する乙姫の手は、(やわ)らかくて少し(つめ)たい。

 この乙姫と夫婦(みょうと)になれば、こんな(しあわせ)せな日々が送れるのか……。夕べ決断(けつだん)した地上に帰るのだという、(つよ)い気持ちが少し()らぐ。

「あの木の下で、休憩(きゅうけい)しましょう。」

 指さす前方(ぜんぽう)に大きな(まつ)の木があり、太い()地面(じめん)から出て、(よこ)たわっている。二人は松の()に並んで腰掛(こしか)けた。二太夫は、(はな)れた小路(こみち)の石に腰掛(こしか)けている。

「ここが部屋の中とは……お天道(てんとう)(さま)が上から差しとるで、(みょう)な気分じゃが、乙姫様の手がオラの()()いとるで、ちょっと()()いてきた。」


 少し(つよ)く手を(にぎ)(かえ)す。乙姫は口を()さえ、身体を()すりながら笑う。その丸い横顔(よこがお)がとても(あい)らしい。

「私の(まい)をご(らん)いただけますか。心を()めて()いとうございます。」

 前方に日が差した小さな芝草(しばくさ)広場(ひろば)がある。(だま)ってうなずくと立ち上がり、広場(ひろば)中央(ちゅうおう)に出て静かに(まい)を始めた。

 お囃子(はやし)小唄(こうた)もない静寂(せいじゃく)の中で、何も手にせず(ゆる)やかに()う乙姫に、日差(ひざ)しが当たって()かび上がる。豊作(ほうさく)(さい)(うたげ)で見た(まい)とは(ちが)い、素朴(そぼく)可憐(かれん)な美しさに心が(ふる)える。


 腹の(そこ)から(あつ)いものが()み上げて、息苦(いきぐる)しい。流れるような手足(てあし)(はこ)びを見つめているうち、涙が(あふ)れる。(ぬぐ)っても、(ぬぐ)っても、涙の(まく)で乙姫がよく見えない。

 前に音根(おとね)()ってくれた、満月(まんげつ)の夜と同じだ。()け寄って()きしめたい衝動(しょうどう)が起こり、少し(こし)が浮いた。

 だが脳裏(のうり)から、身体(からだ)の動きを制止(せいし)する別の感情(かんじょう)が、()き起こる。

「太郎ええのか。ここは海底(かいてい)じゃぞ。地上を()てるんか。」

 ここで乙姫を()きしめたら、いよいよ(いと)おしさが()すだろう。そして地上も家族(かぞく)乙音(おとね)も、(すべ)てをあきらめる結果(けっか)になる。


 まだ地上に帰る願望(がんぼう)(つよ)いので、別の心が抵抗(ていこう)したのだろうと、松の()(すわ)り直した。

 ()い終わった乙姫が(もど)った。立ち上がって拍手(はくしゅ)(むか)え、自分から乙姫の手を取り、(なら)んで松の()腰掛(こしか)ける。

「いかがでしたか。()という(いと)おしい人に、心身(しんしん)(ささ)げる(まい)は。」

「もう、素晴(すば)らしかったじゃ。気持ちが(ふる)えて、どうにも(なみだ)()まらんかった。」

 (しょう)(じき)な気持ちなので、(つな)いだ手に気持(きも)ちを()めた。

「よかった。」

 でもどこか(さみ)しげな、乙姫の(ひょう)(じょう)と声。

 やっぱり()け寄って、()きしめるべきだったのかと考える。いや今日は、地上に帰ることを(つた)えに来たのだ、踏み(とど)まって良かったと思った。


 ふと乙姫が立ち上がり、腕を両手(りょうて)()()りながら、元気な声で(さそ)う。

「もう少し(おく)へ行きましょう。きっと太郎様は(おどろ)きますよ。」

「もう、大抵(たいてい)のことで(おどろ)かんようになっとる。」

「まあ来てください。絶対(ぜったい)(おどろ)きますから。」

「いや、(おどろ)かん。」

(おどろ)きますとも。」

 乙姫は目を(かがや)かせて、自信(じしん)たっぷりに言う。

「それは、(こわ)いもんか。」

「さあ、(こわ)いものか、(まぶ)しいものか、とっても(うつく)しいものかも、しれません。」

「そりゃ楽しみじゃ。遠いんか。」

「あの(みち)(かど)()がると見えるはずです。あっ、あれです。」


 乙姫の(ゆび)さす方向(ほうこう)を見ると、(くさ)むらの向こうに(かさ)(かぶ)った旅人(たびびと)らしき女人(にょにん)が、こちらを()にして歩いている。

「太郎様、早く。旅人(たびびと)()ってしまいますよ。」

 乙姫が背中(せなか)を強く()したので、その(いきお)いで旅人(たびびと)()った。さほど(とお)くなかったので追い()いて前へ(まわ)り、顔を見て(ぎょう)(てん)した。

「ありゃ、加奈(かな)さんじゃ、(なん)加奈(かな)さんが(たび)に……。誰かの用事(ようじ)か。」

 矢絣(やはぎ)着物(きもの)姿(すがた)で、(しゃ)に荷物を背負(せお)った加奈(かな)白粉(おしろい)(かお)りが(あた)りに(ただよ)う。()いかけられてうつむく加奈(かな)は、格別(かくべつ)きれいに見えた。

「どこへ行くんじゃ。国の(そと)に出るんか。」


 加奈(かな)はその場に(くず)れ落ち、声を(おさ)えて泣き()した。国の(そと)なら、前の逃亡(とうぼう)(ちゅう)加奈(かな)が言っていた(もり)か。

今生(こんじょう)のお(わか)れです。行先(いきさき)理由(りゆう)も聞かないでください。」

 (なに)があるかしれない、危険(きけん)(ところ)と聞いているので、一人(ひとり)で行かせることはできない。

「一人で(たび)に出ちゃいけん。これからオラとハクビを栽培(さいばい)しようじゃ。」

 (なん)てことを口走(くちばし)ってしまったのか……引き()めたくて、つい(くち)からこぼれた言葉に気付(きづ)き、(あわ)てて(くち)を押さえたが、(あと)(まつ)りだった。

 その言葉で加奈(かな)が、いつもの明るい(かお)に変わった。


「この国で太郎様と、ハクビを収穫(しゅうかく)できるのですね。乙姫様とではなく、この(わたし)と。」

 加奈は、(あい)する人を乙姫に(うば)われた(かな)しみで、この国を()決心(けっしん)をしたと、(たび)理由(りゆう)を話した。

「うれしい。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ