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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
57/86

六-二

 乙姫が言うには、オラは国民にも歓迎(かんげい)されていて、(ことわ)る理由がどこにも見当(みあ)たらない。だが……どこかに得体(えたい)のしれない抵抗(ていこう)を感じる。

「ちょっと待ってくれ。そんな(きゅう)な話に返事はできん。この国は()きじゃが、オラは()()きができず、武力(ぶりょく)もない一介(いっかい)漁師(りょうし)じゃ。国を(おさ)めるなど無理(むり)じゃ。」


 だが(まよ)っている心の隙間(すきま)に、一太夫がズカズカと()って入る。

「地上のような(たたか)いも、食べ物に(きゅう)することもない(おだ)やかな国ですから、ご心配は無用(むよう)です。太郎殿は人望(じんぼう)がお()りなので、お願いするのです。国を(おさ)める人に必要なものは、()()きや武力(ぶりょく)ではなく、人望(じんぼう)です。」

 (うる)んだ眼差(まなざし)しで見つめる乙姫、()め寄る一太夫と二太夫。身動きも(まばた)きもせず、言葉を待つ三人との(あいだ)に、()()めた時が()ぎる。 

 そよ風に()れる色とりどりの花に、(ちょう)(はち)が思い思いに(むら)がる心地よい風景が、(うそ)のようだ。


 長い沈黙(ちんもく)()いたのは乙姫だった。

「ごめんなさい。太郎様のお気持ちが一番(いちばん)なのに。」

 その言葉で、ふと(われ)に返り「私より、乙姫様を(えら)ぶのですか。」と(さけ)んで()いた、昨日(きのう)の加奈の言葉が(よみがえ)った。

 こうなることを加奈は予知(よち)していたのか。もし加奈と一緒(いっしょ)になりたいと言ったら、この話を(ことわ)って地上に帰ると言ったら……()たして乙姫はどう出るか。


 楽しかった楽園を(あと)にして黒い建物を出たものの、気持ちが(おも)い。

「ええ国かもしれんが、オラは母ちゃんや(あずさ)と暮らすのが(しょう)に合うとる。抵抗(ていこう)は帰りたい気持(きも)ちの方が強いからじゃ。」

 前庭の()き石に(こし)()けていると、二太夫が(うし)ろから軽く肩を(たた)いて前へ(まわ)り、しゃがみ込んだ。

「ほれほれ、何を(なや)んでいなさるかな。」

 足許(あしもと)の小石を(ひろ)っては投げながら、チラチラと見上げる。

「太郎殿はどっち道、地上(ちじょう)には帰れないとお思いでござろう。」

「……。」

「乙姫様と夫婦(みょうと)になれば、国王(こくおう)になれる。だが(ことわ)れば(ころ)されるか、(ろう)に放り込まれる。どちらを(えら)んでも、帰ることができない。そうですな。」

「……。」


「何かしらの()け引きで生きている人間は、そう考えるのです。(とみ)権力(けんりょく)名誉(めいよ)()るために、人を(おとしい)れたり(ころ)したりする人間って、(かな)しい生き物ですなあ。」

「二太夫さんも人間じゃ。」

「あ、そうでした。拙者(せっしゃ)は地上の人間はと、言いたかったのです。」

「ここは違うんか。」

「この国には、他者(たしゃ)を押し()けて目的を()たすといった、ちっぽけな考えはありません。だから深海(しんかい)ザメやウミヘビ、(むらさき)ヒトデを防ぐ(やり)(かたな)弓矢(ゆみや)以外に武器(ぶき)はありません。(ろう)という代物(しろもの)もありません。」

 この国が平等(びょうどう)で平和であることは、(いた)いほど理解(りかい)できる。でも、こんな刺激(しげき)のない国に住んで、()たして幸せと言えるだろうか。


 欲望(よくぼう)があるから知恵(ちえ)(しぼ)り、(ゆめ)を持ち、それを()って強く生きていけるのだ。二太夫は心境(しんきょう)(さっ)したように背を向けた。

「お気持ちを正直(しょうじき)に話せばいいのです。乙姫様は心の広いお(かた)なので、太郎殿が(のぞ)むようになされる。」

 故郷(こきょう)より素晴(すば)らしい場所はない。二太夫の言うとおりで、最悪(さいあく)事態(じたい)を考えて悩むより、本心(ほんしん)を伝えるべきだ。

 美しく(ゆた)かで平和な国が、手からこぼれ()ちるのは()しいが、ようやく地上へ帰る決心がついた。

「もう屋敷(やしき)に入りましょう。今日は楽園(らくえん)(あそ)びましたので、(おそ)くなりました。」

「ああいう所には、何回(なんかい)でも行きたいもんじゃ。」


「明日は出立(しゅったつ)される五日(いつか)()ですから、太郎殿のお(のぞ)みのままにお()ごしなされては如何(いかが)でしょう。(なに)希望(きぼう)はございますか。」

 二太夫はオラが出立(しゅったつ)すると、はっきり()った。この国に永住(えいじゅう)しない決心(けっしん)()()ったのだ。

 だが希望(きぼう)など思い()かばない。ここに来た一日(いちにち)()から、見るもの聞くものに(おどろき)きっぱなしで、まだ思考(しこう)混乱(こんらん)(おさ)まっていない状態(じょうたい)なのだから。

「そうじゃな。乙姫様の()いと加奈(かな)さんの(おど)りを、もういっぺん見たい。それからゼクスの(はか)(まい)りたい。」

承知(しょうち)しました。明日は乙姫様とよく(はな)()いなされて(おう)になるもよし、ショウの()()って地上に帰るもよし。太郎殿のお(こころ)のままに……ですな。ハハハ。」


 平原(へいげん)片隅(かたすみ)にある、大きな岩の(かがみ)の前。


 リュウビを(かこ)んでマイス、ミンクにショウ、トポスまで加わり、寝所(しんしょ)(じゅく)(すい)している太郎を(なが)めながら会談している。

「地上では、入江(いりえ)に大きなタライを()かべて乗り、()り糸を()らす町人(ちょうにん)の遊びが流行(はや)っています。」

町人(ちょうにん)の遊びですか。」

()った魚を食料(しょくりょう)にもしますが、(ひま)つぶしの娯楽(ごらく)で、(いと)(わな)仕掛(しか)けて魚を()り上げるのが愉快(ゆかい)なようです。

 また山の動物(どうぶつ)弓矢(ゆみや)で追い、(ころ)す遊びも()えています。」

 不愉快(ふゆかい)そうに顔をゆがめるマイスに、リュウビが口調(くちょう)を合わせる。


人間(にんげん)同士(どうし)(ころ)し合いが(おさ)まったので、海の(さかな)や山の動物(どうぶつ)を殺すのですね。これに()きたら、人間(にんげん)同士(どうし)(ころ)し合いが、(ふたた)び始まるのでしょう。」

「遊びであろうと(なん)であろうと、抵抗(ていこう)できない弱者(じゃくしゃ)の命を(うば)って遊び(ほう)ける人間の性根(しょうこん)は、(じつ)にけしからん。」

 トポスも(なげ)き、鏡の中の太郎を(にら)んだまま、(だま)った。

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