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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
44/86

十一

四-十一

 (なさ)けなさと絶望感(ぜつぼうかん)で、(くちびる)がワナワナと(ふる)える。加奈が扉の前でクルリと()()き、(さむらい)達を()にして射抜(いぬ)くように(ひとみ)(かがや)かせ、こちらを指さす。

「ここで終わりね。」

 加奈の(するど)い声が、一筋(ひとすじ)の矢となって心臓(しんぞう)に突き()さる。

 大勢の()()に押さえられ、(うし)ろ手に(しば)られるだろう。(ひざ)から力が()けてゆく。

 北島沖(きたじまおき)で龍に(おそ)われた時、音根を(まも)りたい一心(いっしん)で、心を強く持って立ち向かった。

 あの時の相手は(りゅう)だったが、今は(はな)せば分かる人間だ。何か手立ては……。


 考えながら、よくよく見ると加奈は両手(りょうて)(ひろ)げて、自分の方ではなく()(はな)った扉の、(さむらい)(たち)対峙(たいじ)しているではないか。

---加奈は身体(からだ)()って、オラの危機(きき)(ふせ)ごうとしている。

 あの絶望(ぜつぼう)的に見えた加奈の態度(たいど)は、錯覚(さっかく)にしても(なに)かの予兆にしても、理由(りゆう)が分からない。一体(いったい)(なに)を見たのか。

「太郎さんは(わた)しません、私が地上(ちじょう)(かえ)してあげます。」

 (さむらい)達は部屋に()み込めず、緊迫(きんぱく)した空気が()りつめる。

 そこへ(さむらい)(たち)()き分けて乙姫が現れた。両手を広げて威嚇(いかく)していた加奈は、(ひざ)から床へ(くず)()ちた。


「これから拝塔(はいとう)収穫(しゅうかく)祈祷(きとう)があります。太郎様は豊作(ほうさく)(さい)のご招待(しょうたい)(きゃく)として、ぜひ祈祷(きとう)にご同席(どうせき)していただきたいので、お(むか)えに(まい)りました。」

 乙姫は加奈に目をくれず、逃亡(とうぼう)加担(かたん)にも()れることなく、こちらを見て収穫(しゅうかく)祈祷(きとう)への参加(さんか)(すす)める。

拝塔(はいとう)でゼクスと対面(たいめん)いたしますが、ご安心(あんしん)ください太郎様。ゼクスは人間の祖先(そせん)で、私達や太郎様を(まも)ってくれます。ゼクスに(あわ)われますと、太郎様の誤解(ごかい)は消え()るでしょう。」

 ゼクスへの誤解(ごかい)が、()()るとまで言う乙姫。いや、これは芝居(しばい)だ。誰がどう言おうと、もうおしまいだ。


 観念(かんねん)して加奈の家を出たが、誰も(なわ)()けてこない。(ある)いて屋敷に向かおうとすると、金や銀で装飾(そうしょく)した立派(りっぱ)なカゴが二台あり、一台に乙姫が乗り込んだ。

 (べつ)の一台の人夫(にんぷ)が歩み()って「これにお乗りください。」と屋根をめくり、扉を()けた。

「加奈殿も、一緒(いっしょ)にどうぞ。」

 自分がどんな(じょう)(きょう)()かれているのか、(まった)理解(りかい)ができない。

 ともかく(なわ)()けられていないので、二人でカゴに()る。

 すると()け声とともに、カゴが(いきお)いよく()き上がり、エッホ、エッホと走り出した。小窓(こまど)の外で、ハクビの(しげ)みがゆっくり後方(こうほう)に流れる。

 次々と視界(しかい)に入る農園は、大小の魚の()れがキラキラ(かがや)きながら、見え(かく)れしている。それは花に()がる(ちょう)のようで、地上でよく目にした景色(けしき)だ。


 農園の作物(さくもつ)は、地面(じめん)から吹き出す光で根元(ねもと)(かがや)いて、まるで(ちゅう)()かんでいるように見える。奇妙(きみょう)幻想(げんそう)的な光景(こうけい)を、落ち着かない心を(おさ)えて(なが)める。

「お二人さん、()きましたぜ。」

 人夫が(しず)かにカゴを下ろして扉を(ひら)き、屋根をめくった。カゴから出ると目の前に白い拝塔(はいとう)がそびえ、中庭の群衆(ぐんしゅう)から大きな拍手が()()こった。

 数人(すうにん)子供(こども)達が、()()って手や袖を引き、また腰辺(こしあた)りに()きついて来る。

「お帰りなさい太郎様、ご無事(ぶじ)で何より。」

 二人を(かこ)んだどの顔も、晴れやかな表情(ひょうじょう)だ。


「オラ、()げて(つか)まったんじゃ。口々に罵声(ばせい)()びせられるかと思うちょったのに。」

 加奈もこの歓迎(かんげい)ぶりが()せないらしく、呆然(あぜん)とした面持(おもも)ちで群衆(ぐんしゅう)を見つめている。

「太郎殿、お疲れのところ恐縮(きょうしゅく)ですが、収穫(しゅうかく)祈祷(きとう)を始めます。拝塔の方へどうぞ。」

 男の声に振り向くと、白無垢(しろむく)羽織(はおり)に着替えた乙姫が、(おだ)やかな顔つきで拝塔に向かっていた。

 声を掛けた乙姫の随臣(ずいしん)らしい男に(いそ)がされ、(うし)ろに付く。拝塔の手前で加奈は、群衆(ぐんしゅう)(まぎ)れて見失(みうしな)った。

 拝塔の中にはゼクスがいると言う。ゼクスが(りゅう)なら、ここで()われる。

 もういい、何度も覚悟(かくご)を決めているので(おそろ)ろしくない、()っちゃんの(ところ)へ行くだけだ。


 (おも)足取(あしど)りで、階段を()みしめ拝塔に入った。中はほんのり(くら)いが、入口(いりぐち)(きら)びやかな祭壇(さいだん)があり、立入(たちい)る者を威嚇(いかく)するように(あや)しい光を(はな)っている。

 その祭壇(さいだん)の横に高さ十尺(約三m)、太さ六尺(約二m)(ほど)の白い大きな(まる)(はしら)が立ち、その上に巨大な丸餅(まるもち)()った、異様(いよう)な物体が目に入った。

 地上で(たと)えれば、大きな物体だが(かたち)はキノコに近い。

 白い丸柱(まるちゅう)の前に、切株(きりかぶ)に似た低い台が七個、横一列に並んでいる。乙姫が無言(むごん)で真ん中の台に腰を()けた。


 (われ)を忘れて丸柱(まるちゅう)(なが)めていると、随臣(ずいしん)に背を押されて(ひだり)(はし)の台へ導かれ、随臣(ずいしん)達も座った。

 丸柱は拝塔の御標(ごひょう)か。屋敷の華美(かび)装飾(そうしょく)に比べると、この御標(ごひょう)はお世辞(せじ)にも美しいとは言えない。

 だが心に(せま)ってくる何かを感じる。

 乙姫が御標(ごひょう)(ふか)(れい)をした。随臣(ずいしん)も頭を下げたので、(あわ)てて頭を下げた。儀式(ぎしき)手順(てじゅん)は聞いていないので、隣の侍を真似(まね)るしか方法がない。

 乙姫が(ふところ)から巻紙(まきがみ)を取り出し、御標(ごひょう)に向かって何やら()み上げる。さっぱり理解(りかい)できない言葉だ。

---この国には、(べつ)の言葉があるんか。


 何を()み上げているのだろう。頭を下げたまま聞いていると、()み上げが終わり、巻紙(まきがみ)(ふところ)に収める音がした。

 頭を上げると、今度(こんど)は分かる言葉で御標(ごひょう)に向かって話し(はじ)めた。

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