十一
四-十一
情けなさと絶望感で、唇がワナワナと震える。加奈が扉の前でクルリと振り向き、侍達を背にして射抜くように瞳を輝かせ、こちらを指さす。
「ここで終わりね。」
加奈の鋭い声が、一筋の矢となって心臓に突き刺さる。
大勢の追っ手に押さえられ、後ろ手に縛られるだろう。膝から力が抜けてゆく。
北島沖で龍に襲われた時、音根を護りたい一心で、心を強く持って立ち向かった。
あの時の相手は龍だったが、今は話せば分かる人間だ。何か手立ては……。
考えながら、よくよく見ると加奈は両手を広げて、自分の方ではなく開け放った扉の、侍達に対峙しているではないか。
---加奈は身体を張って、オラの危機を防ごうとしている。
あの絶望的に見えた加奈の態度は、錯覚にしても何かの予兆にしても、理由が分からない。一体何を見たのか。
「太郎さんは渡しません、私が地上に帰してあげます。」
侍達は部屋に踏み込めず、緊迫した空気が張りつめる。
そこへ侍達を掻き分けて乙姫が現れた。両手を広げて威嚇していた加奈は、膝から床へ崩れ落ちた。
「これから拝塔で収穫祈祷があります。太郎様は豊作祭のご招待客として、ぜひ祈祷にご同席していただきたいので、お迎えに参りました。」
乙姫は加奈に目をくれず、逃亡加担にも触れることなく、こちらを見て収穫祈祷への参加を勧める。
「拝塔でゼクスと対面いたしますが、ご安心ください太郎様。ゼクスは人間の祖先で、私達や太郎様を守ってくれます。ゼクスに会われますと、太郎様の誤解は消え去るでしょう。」
ゼクスへの誤解が、消え去るとまで言う乙姫。いや、これは芝居だ。誰がどう言おうと、もうおしまいだ。
観念して加奈の家を出たが、誰も縄を掛けてこない。歩いて屋敷に向かおうとすると、金や銀で装飾した立派なカゴが二台あり、一台に乙姫が乗り込んだ。
別の一台の人夫が歩み寄って「これにお乗りください。」と屋根をめくり、扉を開けた。
「加奈殿も、一緒にどうぞ。」
自分がどんな状況に置かれているのか、全く理解ができない。
ともかく縄は掛けられていないので、二人でカゴに乗る。
すると掛け声とともに、カゴが勢いよく浮き上がり、エッホ、エッホと走り出した。小窓の外で、ハクビの茂みがゆっくり後方に流れる。
次々と視界に入る農園は、大小の魚の群れがキラキラ輝きながら、見え隠れしている。それは花に群がる蝶のようで、地上でよく目にした景色だ。
農園の作物は、地面から吹き出す光で根元が輝いて、まるで宙に浮かんでいるように見える。奇妙で幻想的な光景を、落ち着かない心を抑えて眺める。
「お二人さん、着きましたぜ。」
人夫が静かにカゴを下ろして扉を開き、屋根をめくった。カゴから出ると目の前に白い拝塔がそびえ、中庭の群衆から大きな拍手が沸き起こった。
数人の子供達が、駆け寄って手や袖を引き、また腰辺りに抱きついて来る。
「お帰りなさい太郎様、ご無事で何より。」
二人を囲んだどの顔も、晴れやかな表情だ。
「オラ、逃げて捕まったんじゃ。口々に罵声を浴びせられるかと思うちょったのに。」
加奈もこの歓迎ぶりが解せないらしく、呆然とした面持ちで群衆を見つめている。
「太郎殿、お疲れのところ恐縮ですが、収穫祈祷を始めます。拝塔の方へどうぞ。」
男の声に振り向くと、白無垢の羽織に着替えた乙姫が、穏やかな顔つきで拝塔に向かっていた。
声を掛けた乙姫の随臣らしい男に急がされ、後ろに付く。拝塔の手前で加奈は、群衆に紛れて見失った。
拝塔の中にはゼクスがいると言う。ゼクスが龍なら、ここで食われる。
もういい、何度も覚悟を決めているので恐ろしくない、父っちゃんの所へ行くだけだ。
重い足取りで、階段を踏みしめ拝塔に入った。中はほんのり暗いが、入口は煌びやかな祭壇があり、立入る者を威嚇するように妖しい光を放っている。
その祭壇の横に高さ十尺(約三m)、太さ六尺(約二m)程の白い大きな丸い柱が立ち、その上に巨大な丸餅が乗った、異様な物体が目に入った。
地上で例えれば、大きな物体だが形はキノコに近い。
白い丸柱の前に、切株に似た低い台が七個、横一列に並んでいる。乙姫が無言で真ん中の台に腰を掛けた。
我を忘れて丸柱を眺めていると、随臣に背を押されて左端の台へ導かれ、随臣達も座った。
丸柱は拝塔の御標か。屋敷の華美な装飾に比べると、この御標はお世辞にも美しいとは言えない。
だが心に迫ってくる何かを感じる。
乙姫が御標に深く礼をした。随臣も頭を下げたので、慌てて頭を下げた。儀式の手順は聞いていないので、隣の侍を真似るしか方法がない。
乙姫が懐から巻紙を取り出し、御標に向かって何やら読み上げる。さっぱり理解できない言葉だ。
---この国には、別の言葉があるんか。
何を読み上げているのだろう。頭を下げたまま聞いていると、読み上げが終わり、巻紙を懐に収める音がした。
頭を上げると、今度は分かる言葉で御標に向かって話し始めた。




