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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
43/86

四-十

「太郎殿。どこにおわす、太郎殿。」

 姿を()したことに気付いて、捜索(そうさく)が始まったようだ。

「太郎さん、()げましょう。」

 加奈は(みだ)れた着物を手早(てばや)く直すと、左手を取って声がする反対(はんたい)側の扉に向かう。

 自分は(あわ)てて混乱しているのに、何事(なにごと)もなかったような冷静(れいせい)で、機敏(きびん)な動きに驚く。

 ()(あた)りの扉の横に、背丈(せたけ)より低い(かく)し扉がある。加奈は()れた手つきで(かく)し扉を開けて入り、手招(てまね)きする。

「さあ早く。」

「小さな扉じゃ。この奥に(かく)し部屋があるんか。」

「いいえ、農園(のうえん)に抜ける地下道(ちかどう)に通じています。この扉は、一部の人以外には知られておりません。早く入りましょう。」


 (まよ)っている場合ではない、加奈を(しん)じよう。小さな扉をくぐると、加奈は扉を内側(うちがわ)から()め、(かんぬき)をしっかり押し込んだ。

「もう大丈夫です。」

 階段を下りると、四角に()られた地下道()に出た。二人が並んで歩くには(せま)く、頭が()れるほど天井(てんじょう)が低い。まっすぐな一本道で、全面(ぜんめん)が光を(はな)って明るい。

「急ぎましょう。」

 加奈が先に走り、振り向いて手招(てまね)きする。引かれるように背を丸めて追いかけた。左右に別れる場所に()しかかると、加奈が(ゆび)さして(ふたた)び走る。

 二人は長い地下道(ちかどう)を走る。加奈は走るのが苦手(にがて)のようで、時々(ときどき)手を広げて()び上がろうとする。だが天井(てんじょう)(ひく)くてかなわず、頭に手を()てながらの走りだ。


「どこへ行くんじゃ。」

「私の家です。」

「もう()()が、来とるかもしれんぞ。」

「構いません。太郎さんは私が(まも)ります。」

(たたか)うんか。」

「場合によっては。」

 短い言葉を()わしながら二人は走る。加奈は(へい)の外へ出る場所(ばしょ)を知っていて、そこから半里(はんり)海木(かいぼく)の森に入れば、誰も()って来られないと言う。


 こちらは太郎の行動(こうどう)心理(しんり)状態(じょうたい)の変化を監視(かんし)している、岩の(かがみ)の前。


「乙姫……いやリュウビ様、太郎が消えました。」

 マイスが、(あわ)ててリュウビに報告(ほうこく)する。

「存じています。予定(よてい)外のことなので(おどろ)いていますが、人間の本性(ほんしょう)が見えそうで興味(きょうみ)(ぶか)いですね。」

 リュウビが落ち着いているので、マイスは安心したが加奈の姿も見えない。

「加奈もおりません。この鏡に加奈の情報(じょうほう)(うつ)らないそうです。」

「加奈は太郎の性欲(せいよく)もかき立てる役割(やくわり)ですが、心を許すようにも(つく)っています。おそらく一緒に逃げているのでしょう。恐怖が迫ると逃げ隠れするのは、当然の()り行きです。たぶん地下道を使って加奈の住処(すみか)か、農園のどこかに向かっているはずです。急いで見つけてください、怪我(けが)があっては大変ですから。」


 リュウビ達に監視(かんし)されているとは知らない二人は、ひたすら走る。

「あれが出口(でぐち)です。」

 正面に階段(かいだん)が見えた。加奈が先に階段(かいだん)を上がって、出口(でぐち)の扉をそっと開け、(じょう)半身(はんしん)を乗り出して外の気配を(うかが)う。

「大丈夫です。まだ誰も私達に気付いていません。」

 警戒(けいかい)しながら、扉の外に出た。

「ここはどこじゃ。」

「私の家の近くです。少し歩きますが大丈夫です。()(たか)いハクビが(かく)してくれますから。」

 (あた)り一面に、身の丈を上回(うわまわ)る緑の海藻(かいそう)密集(みっしゅう)し、ユラユラと(しお)になびいている。柔らかなハクビの葉を()()け、しばらく進むと白い(かべ)が見える場所に出た。


「あれが私の家です。」

 加奈に先導(せんどう)されるまま、家に入った。そこは三間(さんげん)角くらいの小さな部屋で、床面(ゆかめん)の柔らかな光が、殺風景(さっぷうけい)な壁や天井(てんじょう)()らしている。

 片隅(かたすみ)農具(のうぐ)が立て()けてあり、部屋の中央に(ひく)い石の台が置かれている。裏島(うらしま)の我が家に似ていて、落ち着ける(たたず)まいだ。

「加奈さんの家族(かぞく)も、ここで()らしとるんか。」

「私には、生まれた時から家族(かぞく)がおりません。」

「そうか、(いや)なことを聞いてすまなかった。」

「平気です。もともと家族(かぞく)というものを知りませんから。」


 そう言うと、うつむいたまま()()って来た。両腕(りょううで)()き止めると、(むね)に顔を(あず)けて目を伏せた。

「オラと()げてくれたこと、かたじけないと思うちょるが、加奈さんの()(あぶ)ないのと違うか。」

 (へい)の外に出て森へ入らない(かぎ)り、見つかれば加奈も()らえられる。なのになぜ、こんな危険(きけん)を犯したのか。加奈は(むね)に顔を(あず)けたまま、(だま)ってじっとしている。

 このまま()()(とら)われるのを待っているのか……。加奈を()いたまま入口に神経(しんけい)集中(しゅうちゅう)する。

「ここにおったら駄目じゃ。塀の外に出るとか、農園とか、(かく)れるところはないんか。」

「……。」


 ドヤドヤと大勢(おおぜい)の足音が近付き、扉を(たた)く。どうする、この部屋は(うら)()ける()も、(まど)もない。

「加奈殿、いるのは分かっております。扉を開けてくだされ。太郎殿もおられるか。」

 (ふと)い声は、二人を捕らえに来た侍の大将(たいしょう)か。すると加奈はそっと(はな)れ、扉に向かって歩き、大胆(だいたん)にも扉を大きく()(はな)った。

---しまった、加奈にはめられた。

 逃亡(とうぼう)(ざい)という処刑(しょけい)口実(こうじつ)づくりに、まんまと引っ掛かった。引っ立てられ、ゼクスと(しょう)する(りゅう)に差し出される。

---もう駄目(だめ)じゃ。加奈の(さそ)いに乗ったオラが(あま)かった。

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