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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
4/86

一-四

「聞くと、半月はんつき前から魚商ぎょしょうに手配しておったそうじゃが、釣り人が急にんでそろわんらしい。あちこち手をくしたが、かなわなんだと。」

 一晩ひとばんで百尾もの鯛を揃えるなんて無理むりだし、今日は昼から海が荒れて、舟を出せそうにない。

「万作はん、百は無理じゃ。そうじゃろ勘次。」

 今まで一晩で六十尾が最高さいこうだった。鯛釣り名人とおだてられ、いい気になっていた自分が情けない。


「やる前から無理ちゅうなら、お手上げじゃ。なあ勘次、ワシんとこの治市はるいちでは釣れんかのう。吾平ごへいとこの吾作が、加勢かせいしたらどうじゃ。」

 万作がしかめ面をして、チラチラとこちらを見ながら、低い声で聞く。

「一度に百の鯛は、太郎しか釣れんじゃ。日暮ひぐれには静まるかも知れんし、海がれたあとは鯛がつばくろ岩の根元ねもとに集まる。今朝の二十尾がまだ家にあるで、早目に出て八十釣りゃええ。」


 勘次は前向まえむきだが、一晩で百尾ひゃくびもの鯛を釣り上げる自信がない。気が動転どうてんして身体の揺れが止まらない。

 背中せなかを押され、しぶしぶしゅつりょう準備じゅんびをするものの、荒れている海はしずまりそうにない。何度か荒れくるう海に出ようとはするが、そのたび大きな波にはばまれる。

 何としてでも百尾のあかつきだいを釣って、城に届けねばならないのに……。


「もしも鯛が届かんかったら、婚礼こんれいはどうなるんじゃ。オラは能勢のせ殿に成敗せいばいされるんか。」

 勘次と二人で浜に立って荒れ(くる)う海を、(うら)めしく見つめていると、勘次がある現象げんしょうに気がついた。

「ありゃ、こんなおかしなことがあるんか。」


 三里さんりほどほどれた北の水平線すいへいせん沿いに、北島と呼ぶ多賀たがの大きな島がある。小さな町や村が点在し、鯛を買ってくれるお得意とくいさんの多い島だ。

 その島の海岸線かいがんせんをよくよく見ると、高波たかなみなどなく、おだやかだ。山頂さんちょう付近には西にかたむきかけたあわく光っている。つまり海が荒れているのは、ここだけではないか。この()れもようは不自然だ。


「こりゃ、あの怪物の仕業(しわざ)かも。」

 勘次がうでを組んで、じっと海をにらむ。

「この湾に怪物が戻っとるんか。オラたちの出漁を知って邪魔じゃましとるんか。」

 背筋せすじこおりつき、身体の血があわ立つ。五年前の出来事が、鮮明せんめいによみがえった。


「いやじゃ、いやじゃ、いやじゃ。舟を出したら怪物に食われる。もう漁には行けん。」

 浜にすわり込んで天を仰ぎ、頭をかかえて叫んだ。すると勘次の手が肩にかかった。

「シッ。これ以上、大きな声を出すな。オラにかんがえが浮かんだ。」

  勘次が口に手を当てて、耳元みみもとで小さくつぶやいた。

「太郎は今、もう漁には行けんとさけんだじゃろ。それでええ。太郎が出漁をあきらめたと、怪物に思わせたじゃ。もうすぐ海は静まるで、日がれたら出漁じゃ。」


 さらに、楽しそうに言葉を続ける勘次。

「そんでな、万作はん達に浜でさわいでもらって、怪物のを浜の方に引き付けちょるうちに、つばくろ岩で鯛を釣ってしまおう。さあ、家に入って(さく)()ろう。」

 考えは分かるが、怪物がこの海峡かいきょうひそんでいるのに行くのか。勘次の家で細かな手筈(てはず)を聞きながら、仕方なく懸命(けんめい)勇気ゆうきを奮い(ふる)い立たせる。


 (さく)を聞いてすぐ家に戻り、前に試したつりじゅつのひとつで、一本の釣り糸に五尾ごびが掛かる枝糸えだいとの取り付けを、母と妹に頼んだ。かえす足で丘に駆け上がり、勘次の家に向かって精一杯せいいっぱいの声でさけぶ。

「勘次、オラはこれから表島までひとっ走り行ってくらあ。この天気では殿様とのさま勘弁かんべんしてくださるで、もう漁には出んじゃあ。」


 大声でさけび、低い姿勢しせいで裏のヒエばたけつたいに、勘次の家に(ころ)がり込んだ。

「ようし太郎は、りくづたいに表島へ走った。さあ、今度はオラ達が怪物をダマす番じゃ。」

 勘次の自信に満ちた顔を見て、どういうわけか怪物への恐れも、一晩で百尾ものたいが釣れるのか、という心配しんぱいもなえている。

 何かに背を押されているような、みょう感覚かんかくがある。


「もうじき海はしずまる。日もれかけたで、東の岩場いわばから舟を出せるよう準備する。太郎は釣り糸とえさ用意よういして、舟に来てくれ。」

 (ふたた)びヒエばたけに身を隠しながら、はううように家に戻った頃、はげしく岩に打ち付けていた波の音が、気のせいか小さくなっていた。

「やっぱり……勘次の言うた通りじゃ。」

 たのんでいた新しい釣り糸を、母から受け取った。あたりはくらになったが、あの怪物は夜でも目が見えるだろう。


 慎重しんちょうに身をかくしながら、たばねた釣り糸をかたに巻き、餌箱えさばこにして、勘次が待つ東の岩場いわばへ急ぐ。

 もう恐怖を感じる余裕よゆうなどない。勘次はすでに出漁の用意をととのえて、岩陰いわかげ待機たいきしていた。

「行こう。」

「お、おぉ。」

 言葉ことば少なに、舟を海面かいめんし込んでび乗った。舟は漆黒しっこくの海にけ込む。

 なみの音を立てて怪物に見つかってはならないと、勘次が慎重しんちょうに舟を進める。


 その間、ほとんど見えない手元を探りながら、たばねた釣り糸をほどき、はりえさを付けながら、舟の胴部どうぶむすんでいく。

 海が荒れると小魚こざかなわんの中に避難ひなんして、複雑ふくざつ岩間いわまに身をしずめ、沈静ちんせいを待つ。

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