五
三-五
岩の鏡の前でミンクとトポスが、地上から送ってくる太郎の映像を眺めている。
「海底へ太郎を誘い込む作戦は決まった。海底で迎え入れる接客係は多分、化身した人間になるだろうな。そして振舞う食べ物や、もてなす場所や寝処も作らねばならん。うーん、何から手を付けたらいいのだ。」
「まず人間の本能や習性を知らなきゃ、事は始まらないでしょう。我等とは、全く異質で、質の悪い動物ですからねえ。」
ミンクは思いつめた口調で、太郎一人ではなく人間という動物が、何を望むのか、好むのかを、よく調べようと言った。
「じゃ、まず理解から始めるか。」
トポスは太郎が誰と接し、どう動くのか観察した。ミンクは空や陸の偵察員とひんぱんに交信し、太郎以外の人間が、どんな生活をしているのかを調べた。集まった情報はマイスが整理し、リュウビに報告している。
「人間の習性が、幾分わかってきました。招いた太郎を長く滞在させるには、立派な屋敷を建てなきゃなりません。当然、もてなす役も必要です。」
リュウビはトポスに、太郎が気に入る立派な屋敷を建造するよう指示を出した。さっそくトポスは多くのタコとエイを、作業仲間として集め、計画を伝えた。
「太郎はもちろんだが、リュウビ様も驚く、ものすごい屋敷を造ろうぜ。」
作業仲間が気勢を挙げた。次に人間が住んでいる建物を、細かく調べるようミンクに頼む。ミンクはイタチのクンクと、新たな偵察員になったフクロウのジータに、差江の武家屋敷や城の外観・内部の映像を送るように手配した。
トポスは太郎が誰と接し、どう行動するのかを観察し、ミンクはジョイやクンク、コロと頻繁に交信して太郎以外の人間が、どんな生活をしているのかを調べることにした。
集まった情報はハタのマイスが整理し、リュウビに報告している。
「食べて飲んで、踊って騒ぎ、金銀を奪い合うなんて。人間って、想像以上に、おかしな動物だなあ。」
トポスは太郎を海の中に招くなら、陸のように雨は降らないけれど、寛いだり会話を楽しんだりする部屋のある屋敷は、とくに必要だと感じた。
かくして海底では、鯛漁師の太郎を、海底に誘い込む壮大な計画が始まった。
そんな事を、露ほども知らない地上では……。
丘は春真っ盛りで、満開の桜が野や山を彩り、桜吹雪が木々を撫でるように通り過ぎてゆく。
野には白や黄色の花々が咲き誇って、あたかも大自然がこの季節を楽しみ、合唱しているようにさえ感じる。
喪に入って半年が過ぎたというのに、私消な暮らしを変わらず送る音根を、不憫に思った万作は、墓の周りを掃いていた音根に歩み寄って、肩に手を置いた。
「母ちゃんの弔いを、長い間ご苦労さんじゃった。おぬしの献身的な弔いに、母ちゃんは安心して成仏なさったじゃろう。これからは我が身の幸せを考えなさい。天国で母ちゃんが、見守ってくれるでな。」
喪が明けた。母への弔いを成し遂げた達成感が、満面の笑顔となって弾けた。
明日から皆と同じように普通に暮らそう。墓前から眺める海が、春の陽光をキラキラ反射して音根を祝っている。
そこへ差江で魚を売り、買った薬や日用品を万作に届けた藤造が、丘で畑仕事に精を出していた音根に声を掛けた。
「音根、喪が明けたって聞いたぞ。長いこと辛かったじゃろう。」
「ありがとう藤造さん。あの時は、ずいぶん迷惑かけたっちゃ。」
藤造は音根の愛くるしい笑顔を浴びて、高鳴る心が抑え切れない。彼も小さい頃から音根に恋心を抱いている一人だ。
「万作さんが、これからは我が身の幸せを考えろって。」
その言葉に狂喜した。「藤造さんと夫婦になって、幸せになりたい。」そう解釈したのだ。
音根の母が危篤になった晩、表島へ医者を探しに、闇の海を漕いで向かった。町中を走り廻って医者を探し、ようやく見つけた時は、夜半をとうに過ぎていた。急いで帰る途中、浦島から迎えに来た万作に、明け方に亡くなったと聞いた。
藤造は医者が間に合わなかったことが辛く、まだ暗い丘へ上がった。せめて気持ちだけでもと、お佐夜が好きだった野菊の花を摘んで、布団に手向けた。
その後も音根と会うたびに慰めたり、励ましたりしながら、炭焼きや畑仕事、墓の掃除を手伝った。
それに引きかえ、祝言が近いというのに太郎という奴は……。あちこちの魚商から鯛の注文を受けて、多忙な日々だ。
また龍を倒した勇者として差江の城に招かれ、この裏島へも訪問者が増えた。その応対もするので、まるで音根に構っていない。
喪中の孤独と誰にもすがれない半年間、努めてやさしく接してきた藤造だ。次第に音根の気持ちが傾いたと考えても、何ら不思議ではない。
「ちょっとええか、そこに座って話そうや。」
「うん。」
畑の畦に座ると、音根は藤造と一尺も離れていない横に座った。
その嬉しそうな姿を見て、心の中で確信の芽が頭をもたげる。
---やっぱり。音根はオラと一緒になりたいんじゃ。太郎と祝言の約束があるで、悩んどるな。
二人は肩が触れるほど近くに並んで、海を眺めた。




