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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
26/86

三-五

 岩の鏡の前でミンクとトポスが、地上から送ってくる太郎の映像(えいぞう)(なが)めている。

「海底へ太郎を(さそ)()む作戦は()まった。海底で(むか)え入れる接客(せっきゃく)(がかり)多分(たぶん)化身(けしん)した人間になるだろうな。そして振舞(ふるま)う食べ物や、もてなす場所(ばしょ)寝処(ねどこ)も作らねばならん。うーん、(なに)から手を付けたらいいのだ。」

「まず人間の本能(ほんのう)習性(しゅうせい)()らなきゃ、事は(はじ)まらないでしょう。我等(われら)とは、(まった)異質(いしつ)で、(たち)(わる)い動物ですからねえ。」

 ミンクは思いつめた口調(くちょう)で、太郎(たろう)一人(ひとり)ではなく人間という動物が、何を(のぞ)むのか、(この)むのかを、よく調(しら)べようと言った。


「じゃ、まず理解(りかい)から始めるか。」

 トポスは太郎が(だれ)(せっ)し、どう動くのか観察(かんさつ)した。ミンクは(そら)(りく)偵察員(ていさついん)とひんぱんに交信(こうしん)し、太郎(たろう)以外(いがい)の人間が、どんな生活をしているのかを調(しら)べた。(あつ)まった情報(じょうほう)はマイスが整理(せいり)し、リュウビに報告(ほうこく)している。

「人間の習性(しゅうせい)が、幾分(いくぶん)わかってきました。(まね)いた太郎を長く滞在(たいざい)させるには、立派(りっぱ)屋敷(やしき)()てなきゃなりません。当然(とうぜん)、もてなす(やく)も必要です。」

 リュウビはトポスに、太郎が気に入る立派(りっぱ)屋敷(やしき)建造(けんぞう)するよう指示(しじ)を出した。さっそくトポスは(おお)くのタコとエイを、作業(さぎょう)仲間(なかま)として集め、計画を(つた)えた。


「太郎はもちろんだが、リュウビ様も驚く、ものすごい屋敷(やしき)(つく)ろうぜ。」

 作業(さぎょう)仲間(なかま)気勢(きせい)()げた。次に人間が()んでいる建物を、(こま)かく調べるようミンクに(たの)む。ミンクはイタチのクンクと、新たな偵察員(ていさついん)になったフクロウのジータに、差江(さえ)武家(ぶけ)屋敷(やしき)や城の外観(がいかん)内部(ないぶ)映像(えいぞう)を送るように手配(てはい)した。

 トポスは太郎が(だれ)(せっ)し、どう行動(こうどう)するのかを観察(かんさつ)し、ミンクはジョイやクンク、コロと頻繁(ひんぱん)に交信して太郎(たろう)以外(いがい)の人間が、どんな生活をしているのかを調(しら)べることにした。

 集まった情報(じょうほう)はハタのマイスが整理(せいり)し、リュウビに報告(ほうこく)している。


「食べて飲んで、(おど)って(さわ)ぎ、金銀(きんぎん)(うば)い合うなんて。人間って、想像(そうぞう)以上に、おかしな動物だなあ。」

 トポスは太郎を海の中に(まね)くなら、陸のように雨は()らないけれど、(くつろ)いだり会話を楽しんだりする部屋のある屋敷(やしき)は、とくに必要だと感じた。


 かくして海底では、(たい)漁師(りょうし)の太郎を、海底(かいてい)(さそ)()壮大(そうだい)計画(けいかく)が始まった。

 そんな(こと)を、(つゆ)ほども知らない地上では……。


 丘は(はる)()(さか)りで、満開(まんかい)の桜が野や山を(いろど)り、(さくら)吹雪(ふぶき)が木々を()でるように通り過ぎてゆく。

 野には白や黄色の花々が()(ほこ)って、あたかも大自然がこの季節(きせつ)(たの)しみ、合唱(がっしょう)しているようにさえ感じる。

 ()に入って半年(はんとし)が過ぎたというのに、私消(ししょう)な暮らしを変わらず送る音根を、不憫(ふびん)に思った万作(まんさく)は、(はか)(まわ)りを()いていた音根に歩み寄って、(かた)に手を置いた。

「母ちゃんの(とむら)いを、長い間ご苦労さんじゃった。おぬしの献身(けんしん)的な(とむら)いに、母ちゃんは安心して(じょう)(ぶつ)なさったじゃろう。これからは(わが)()の幸せを考えなさい。天国(てんごく)で母ちゃんが、見守(みまも)ってくれるでな。」

 ()が明けた。母への(とむら)いを()()げた達成(たっせい)感が、満面(まんめん)笑顔(えがお)となって(はじ)けた。


 明日から皆と同じように普通(ふつう)()らそう。墓前(ぼぜん)から(なが)める海が、春の陽光(ようこう)をキラキラ反射(はんしゃ)して音根を(いわ)っている。

 そこへ差江(さえ)で魚を売り、買った(くすり)日用(にちよう)(ひん)を万作に(とど)けた藤造(とうぞう)が、丘で(はたけ)仕事に(せい)を出していた音根(おとね)に声を()けた。

「音根、()が明けたって聞いたぞ。長いこと(つら)かったじゃろう。」

「ありがとう藤造(とうぞう)さん。あの時は、ずいぶん迷惑(めいわく)かけたっちゃ。」

 藤造は音根の(あい)くるしい笑顔(えがお)()びて、高鳴(たかな)る心が(おさ)え切れない。彼も小さい(ころ)から音根に恋心(こいごころ)()いている一人(ひとり)だ。

「万作さんが、これからは()()の幸せを考えろって。」

 その言葉(ことば)狂喜(きょうき)した。「藤造(とうぞう)さんと夫婦(みょうと)になって、幸せになりたい。」そう解釈(かいしゃく)したのだ。


 音根の母が危篤(きとく)になった晩、(おもて)(じま)医者(いしゃ)を探しに、(やみ)の海を()いで向かった。町中を走り(まわ)って医者(いしゃ)(さが)し、ようやく見つけた時は、夜半(やはん)をとうに()ぎていた。急いで帰る途中(とちゅう)、浦島から(むかえ)えに来た万作に、明け方に()くなったと聞いた。

 藤造は医者が間に合わなかったことが(つら)く、まだ(くら)い丘へ上がった。せめて気持(きも)ちだけでもと、お佐夜(さよ)が好きだった野菊(のぎく)の花を()んで、布団(ふとん)手向(たむ)けた。

 その後も音根と会うたびに(なぐさ)めたり、(はげ)ましたりしながら、炭焼(すみや)きや(はたけ)仕事、墓の掃除(そうじ)を手伝った。

 それに引きかえ、祝言(しゅうげん)が近いというのに太郎という(やつ)は……。あちこちの(ぎょ)(しょう)から鯛の(ちゅう)(もん)を受けて、多忙(たぼう)な日々だ。


 また龍を倒した勇者(ゆうしゃ)として差江(さえ)の城に(まね)かれ、この裏島へも訪問(ほうもん)者が増えた。その応対(おうたい)もするので、まるで音根に(かま)っていない。

 喪中(もちゅう)孤独(こどく)と誰にもすがれない半年(はんとし)間、(つと)めてやさしく(せっ)してきた藤造だ。次第(しだい)に音根の気持ちが(かたむ)いたと考えても、何ら不思議(ふしぎ)ではない。

「ちょっとええか、そこに(すわ)って話そうや。」

「うん。」

 畑の(あぜ)(すわ)ると、音根は藤造と一尺(いっしゃく)も離れていない横に(すわ)った。

 その(うれ)しそうな姿を見て、心の中で確信(かくしん)()が頭をもたげる。

---やっぱり。音根はオラと一緒(いっしょ)になりたいんじゃ。太郎と祝言(しゅうげん)約束(やくそく)があるで、(なや)んどるな。

 二人は(かた)()れるほど近くに(なら)んで、海を(なが)めた。

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