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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
21/86

十一

二-十一

「太郎は龍との(たたか)いぶりを、(いさ)ましく話すと思うとったが、まあ正直(しょうじき)に話してくれた。あんな怪物(かいぶつ)と一人で(いさ)ましく(わた)り合える(わけ)がないもんな。やっぱ、太郎は村の英雄(えいゆう)じゃ。」

 ()(はん)して、村の衆の心を打ってしまったことが気恥(きは)ずかしく、顔が火照(ほて)っている。もう頭を()くしかない。  

 差江(さえ)でも大変な(さわ)ぎになっていた。身の(たけ)が一丁もあろう巨大(きょだい)な龍に、一人で(いど)んだ豪傑(ごうけつ)が見事に退治(たいじ)したと、どこも怪物(かいぶつ)退治(たいじ)の話でもちきりである。演芸(えんげい)場では張子(はりこ)の龍と英雄(えいゆう)の戦いを(えん)じて、連日(れんじつ)大盛況(だいせいきょう)だ。


 その英雄が見すぼらしい漁衣(ぎょい)を着て、(みなと)(まち)で鯛を売って歩いている男とは、(だれ)も気付いていない。

 差江(さえ)将光(しょうこう)丸十(まるじゅう)屋の事件以来、龍の存在を(みと)めて警備(けいび)補強(ほきょう)したほど、町の安全に細心(さいしん)の注意を(はら)っていた。

 今回の龍を退治した男が、裏島(うらしま)に住む太郎(たろう)という漁師(りょうし)であることを水軍の川奈(かわな)次兵衛(じへい)から聞き、一度(いちど)会って見たいと言ったそうだ。

 北島でも、人々は()うごとに龍の話で()り上がる。だが龍の姿(すがた)(かたち)や動きを目の当たりにするほど場所が近かったため、(だれ)が龍と戦っていたのか、水軍の爆雷(ばくらい)で息の根を止めたのか、といった話題(わだい)が中心だった。

 

 秋もめっきり(ふか)まって、朝夕(あさゆう)の風が冷たさを()す。山々は(あで)やかな紅葉(こうよう)衣裳(いしょう)(ころも)替えし、(きび)しい冬の到来(とうらい)(そな)えている。人々を恐怖(きょうふ)(おとしい)れた龍の事件から月日が流れ、事件の話もめっきり減った。

 海峡(かいきょう)でも、死んでしまった(りゅう)を忘れたかのように、漁に精出(せいだ)す舟で(にぎ)わっている。


 万作の仲介で、次の春に音根と(しゅう)(げん)()げる話がまとまった。

 近い時分(じぶん)に音根と表島へ、花嫁(はなよめ)衣裳(いしょう)を買いに行くことになり、音根が表島の町を一度(いちど)歩いてみたいと言っていたので、いい機会(きかい)だ。

 舟の手入れが一段(いちだん)(らく)したので、音根の家を(たず)ねた。(しゅう)(げん)の日に着る着物を見に行き、気に入ったのがあれば買おうと話していたが、それが明日(あした)だ。

 だがそこに、体調(たいちょう)(くず)して寝床に()せている音根の母、お佐夜(さよ)の姿があった。

「母ちゃん、また具合(ぐあい)が悪うなったんか。着物は(つぎ)にしよう。(しゅう)(げん)は春じゃで、急ぐこともない。」


 音根は母の背中(せなか)(さす)る手を休めず、今晩(こんばん)中に良くなれば、明日でも行けると言う。

「いつでも行けるじゃ。母ちゃんを大事にな。」

 看病(かんびょう)邪魔(じゃま)にならないよう早々に引き上げたが、だいぶ容態(ようだい)が悪いようだ。(さわ)がしい(せみ)が静かになりかけていた夕刻(ゆうこく)、音根が戸を(はげ)しく(たた)いた。

「母ちゃんが、母ちゃんが。」

 そう(さけ)んで西浜の方へ()けて行った。この(あわ)てぶりは(じん)(じょう)ではない。

 勘次(かんじ)に声をかけると、悲鳴(ひめい)に似た音根の声だったので、勘次(かんじ)気付(きづ)いて家を出ていた。


 二人で音根の家に()け込み、よもやの光景(こうけい)に立ちすくむ。音根の母、お佐夜(さよ)(ゆか)のムシロに(たお)れ、多くの血を()いたのだろう薄暗(うすぐら)行灯(あんどん)()らされたムシロが、赤黒(あかぐろ)い血で()まっていた。

 お佐夜の口の(まわ)りも手も首も血まみれで、吐血(とけつ)(にお)いが漂っていた。たまらず勘次(かんじ)と二人で(かか)え上げ、寝床(ねどこ)に運ぶ。(のど)(おく)が、ゴボゴボと苦しそうな音を(はっ)している。

「おばさん()(たし)かに。大丈夫じゃ、すぐ弥助(やすけ)はんが来るで。」

 横にして背中を(さす)りながら、声を()け続ける。そこへ弥助(やすけ)大勢(おおぜい)の村の(しゅう)が、ドタドタ()け込んできた。

「こりゃまあ、大変なことじゃ。」


 弥助が(せん)(ぐすり)を飲ませようとするが、反応(はんのう)しない。婦人(ふじん)達が水でお佐夜の首と顔、手の血を()き取る。

 弥助は吐血(とけつ)による窒息(ちっそく)が危ないと、うつ伏せにさせた。もう弥助では手の(ほどこ)しようがないようだ。

「オラ、これから表島へ行って医者(いしゃ)を連れて来る。今からなら(あさ)までには帰れるで、それまでおばさんを、もたせてくれ。」

 藤造(とうぞう)が立ち上がって、足早(あしばや)戸口(とぐち)へ向かった。まだ夕暮(ゆうぐれ)れだ、これから舟を出したら、医者(いしゃ)の戸を(たた)くことができるだろう。


 皆より早く来ていながら、こんな大事(だいじ)なことを藤造(とうぞう)より先に気付かなかった(おろ)かさを(くや)やんだ。

「藤造、オラも一緒に行く。表島はオラの方が(くわ)しいじゃ。」

 立ち上がって後を()おうとしたが、万作(まんさく)が着物の(すそ)(つか)んで引き止めた。

「太郎はここにおれ。藤造、お佐夜さんは(むね)(わずら)っていて、血を()いたと伝えるんじゃ。治市(はるいち)が一緒に行ってくれ。」

 納得(なっとく)できない思いで万作を見ると「お佐夜(さよ)さんは朝までもたんじゃろ。その時は最期(さいご)を音根と()()ってやれ。」と、顔に書いてあった。


 (だれ)も声を出さない静かな時が流れた。行灯の光を求めて、開け放った小窓(こまど)から黄金(こがね)虫が飛び込んで、秋の到来(とうらい)を知らせる。まだ夜明(よあ)けまで、時はたっぷりある。

 藤造(とうぞう)達は、もう医者(いしゃ)を連れて引き(かえ)している頃か。婦人達が()わるがわる、暗い浜へ様子(ようす)()に出る。

 東の空が少し白くなってきた。医者(いしゃ)が来るまで、あと少しの辛抱(しんぼう)だ。

 突然(とつぜん)静寂(せいじゃく)空間(くうかん)を引き裂き、お佐夜が海老(えび)のように背を丸めて、激しく()()んだ。

 (かぶ)っていた布団(ふとん)(はじ)け、口から鮮血(せんけつ)が飛び()る。音根が(あわ)てて口に手拭(てぬぐ)いを当てるが、見る見る赤く()まっていく。

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