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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
2/86

一-二

 なぜ怪物が出たのか、なぜ家にもどっているのか。考えるほど父が生きたまま、怪物に飲み込まれた記憶が脳裏のうりうず巻き、心をかきみだし痛い。

 父と一緒いっしょ出漁しゅつりょうした舟も浜に戻っていたと、母のおりんは言う。

 つばくろ岩で大きな怪物が現れ、父が食われたと断片だんぺん的な記憶を辿たどりながら、母と妹に打ち明けるが、信じてもらえない。でも父はもどっていないのだ。


 昼間は母も妹も加わって、村のしゅうが海に出て父をさがし、夜になると「明日は帰ってくる。」と、つぶやきながら祈る。

 漁の途中に怪物が出ておそわれたことを、母と妹だけでなく村の衆も、だれ一人認めないまま十日が経った。

「あの記憶は夢幻ゆめまぼろしじゃったんか。話すたびに、うそを言うとると思われる。」

 もう何も信じられない、本当のことが知りたい。


「太郎、早う出て来い。あそこじゃ、あそこを見ろ。」

 となりに住んでいる舟造ふねづくりの勘次かんじが、らんぼうに戸を開けた。異常いじょうなあわてりで、海の方をゆびさす。

 まだ怪物の恐怖きょうふが繰り返しおそうので、家の中にこもっているのだが、勘次に引っ張られて外に出、身がすくみ上がった。

「あー、あれじゃぁ。」


 わんの真んなかあたりだ。黒くて細長い物体ぶったい海面かいめんから高く突き出し、クネクネと天空てんくうへ向かうように動いている。頭上のカモメを追っているのだろうか……。

 浜からは遠いが、半丁はんちょう近い高さがあるように見えて、相当そうとうに大きい。物体ぶったいまわりにはげしい波が立っている。


 あの時の、あの怪物かいぶつが、いま出ている。

 顔やうで背中せなかに、トゲが無数むすうに生えたかの感覚かんかくおぼえ、いたいほどにしびれる。

「あ、あれが父ちゃんを食うた怪物かいぶつじゃ。本当じゃ、うそは言わん。」

「そうか、あれが太郎の言うとった怪物か。うーん、でっけえな。見つかったら、こっち来るかもしれんぞ。早う舟のかげへ行こう。」


 目をり上げた勘次かんじそでを引く。ガクガクとふるえるひざを引きずって舟の陰へうつった。あの恐ろしい姿がよみがえり、飲み込まれた父をおもうと胸が張り裂ける。

 怪物は、ゆっくり東のほうへ移動いどうしていたが、スーッと海に消えた。われかえると、母と妹が背後はいごに来ていた。


 西の浜にも人が出ている。勘次や大勢おおぜいの村の衆が、あの怪物を目撃もくげきしてくれた。

 しばらくして村の長老ちょうろうである万作まんさくと、弥助やすけら数人の村の衆が、家へ来た。

「太郎、さっき海から突き出していたへびのような怪物な、見たか。」

「見た。あれが父ちゃんをうた怪物じゃ。本当じゃ。」

 万作まんさくうでを組む。学問がくもん心得こころえのある弥助やすけもしばらくうでみしていたが、首をかしげながらつぶやくように口を開く。


「太郎は船の転覆てんぷくで気が動転どうてんし、つばくろ岩を怪物と見間違みまちごうたと考えとったが、あの怪物じゃったんか。昔の言い伝えに、海の鬼神きしん漁師りょうしを襲うという話がある。魚は鬼神きしん大事だいじな食い物じゃで、漁師に取られるのをきろうて、出たんじゃろう。」


 それを聞いた万作が、うなずきながら、きびしい顔で皆に声をかける。

「太郎はしょうじきに話しとった。今までしんじんで悪かったのう。じゃが、海の鬼神きしん何匹なんびき出ようが、ワシらは魚をらんと生きてゆけん。次に出たら、かえちにせにゃならんぞ。」

 集まった者は顔を見合みあわせ、神妙しんみょうな顔でうなずく。


 だが弥助にはせない点があった。あの朝、丘に住む音根おとねという娘が、万作の納屋なやすみを運ぶ途中で太郎を見つけた。

 だが太郎はおかに近いかわいた砂の上で(たお)れていて、舟は浜に引き上げられていたと言う。

「太郎はおぼえとらんでも、大事だいじな舟をいておよぎ帰ったんじゃ。」

 おりんがたたえる。だが村の衆はそれには触れず、好き勝手かってに話を広げる。


鬼神きしんとやらが目の前まで迫って来たのに、何で太郎はわんかった。」

「まだ子供こどもじゃったからか。」

「そんななさけが鬼神きしんにあるか。」

 若干じゃっかん十五歳の太郎がおそわれ、目の前で父親をい殺されたのだ。

 その後、転覆てんぷくした舟を戻して海水かいすいをかい出し、半里はんり以上ある浜まで、いて帰ったとは考えられない。


 さらに浜に着き、一人で舟を浜に引き上げるなんて不可能ふかのうだ。だれも気付いていないようだが、弥助は()に落ちない。しかし太郎が無事ぶじだったことで、あえてそれには触れないようにした。


 捜索そうさくを打ち切った翌日よくじつ、村の衆が丘の上に父、太作たさくはかを建ててとむらってくれた。しばらくはおもかなしい日が村をおおった。

 あんな恐ろしい海にはもう出ないと、漁師を断念だんねんする者がおもてじま北島きたじま出稼でかせぎぎに出る。

 タコりょう万作まんさく組、コンブ採りの弥助やすけ組だけは、漁を続けている。


 村の衆は鬼神きしんが出たら退治たいじすると、自分で(たた)いて作ったやりを舟に積んで漁に出るが、浜に以前の活気(かっき)はない。


 あの事件じけん以来、波の音にふるえ上がり、海水かいすいに足をひたすのさえ恐ろしい。

 鯛漁には出ず家にこもっているか、丘の木をってマキ割りの日々を過ごす。これは病気びょうき母の看病かんびょうをしながら、一人ですみを焼く音根おとねの手伝いだ。

 音根の父は若くして病死びょうししているが、同じ鯛漁師だったので、幼い頃は兄妹きょうだい同然どうぜんでよく遊んでいた。

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