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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
19/86

二-九

 ずっと人に()えず、動物も昆虫もいない静寂(せいじゃく)世界(せかい)に身を置いていると、(とお)からず気が(へん)になってしまいそうだ。

 草原(そうげん)は、遠くの地平(ちへい)(せん)()えても延々(えんえん)と続いているのか。ヘタヘタと草の上に(すわ)り込み、(なみだ)があふれる。これほど人や動物、物音(ものおと)を恋しいと思ったことが、今まであっただろうか。

「天国って(さみ)しい所じゃ。」


 しばらく(ひざ)(かか)えてうずくまっていると、背後(はいご)から「太郎、太郎。」という小さな声が聞こえた。それも一人や二人の声ではない。

---(だれ)かいる。オラを()んでいるじゃ。

 (すく)われた気持ちで()(かえ)り、立ち上がったが(だれ)も見えない。今度(こんど)頭上(ずじょう)から、少し大きな()び声が聞こえた。人の声が、これほど(うれ)しいとは思いもしなかった。だが天を(あお)いでも、やはり何もない。

「オーイ、誰かおるんかぁ。早よう出て来てくれぇ。」


 人に会える、(はなし)ができる……。この好機(こうき)(たち)()えないことを(ねん)じながら、なり()(かま)わず四方八方に向かって、声の(かぎ)りに叫んでいると、前方(ぜんぽう)に大きな明るい(ひかり)が現れて近付(ちかづ)き、全身(ぜんしん)(つつ)み込んだ。

 その(まぶ)しさに思わず(うで)で目を(おお)うと、誰かがその(うで)(つか)んで()する。そっと目を開けてみると、目の前に成人(せいじん)した音根がいるではないか。

「太郎さん、気が付いたっちゃ。」


 音根の背後(はいご)に五、六人の男がいる。知らない人ばかりだが、右端(みぎはし)万作(まんさく)が見えた。(はじ)めて布団(ふとん)を掛けられ、仰向(あおむ)けに()ていることに気付(きづ)いた。

---ここは草原(そうげん)じゃない。誰かの部屋(へや)らしいが……。

 何が何だか()せないが、(さび)しさからは解放(かいほう)された。()き上がろうとすると、(こし)背中(せなか)激痛(げきつう)が走る。

「イテテ、身体(からだ)中が痛い。」

 万作が満面(まんめん)()みを浮かべて、近寄(ちかよ)ってくる。


()かったのう太郎。無事(ぶじ)で何よりじゃ。」

 西浜(にしはま)漁具(ぎょぐ)の手入れをしていた万作は、(あらわ)れた龍を見て北島(きたじま)に向かった太郎と音根が(おそ)われていると(ちょっ)(かん)し、鉄砲(てっぽう)(たずさ)えて弥助(やすけ)()()けたと言う。

 着いた時は龍が海に(しず)んだ(あと)で、そこに五隻(ごせき)軍船(ぐんせん)野次(やじ)(うま)の小舟で、(あふれ)れかえっていたと説明する。

 万作は丁寧(ていねい)に話してくれるが、さっぱり状況(じょうきょう)(つか)めない。キョトンとしていると、ヒゲ面の(いか)つい男が寝床(ねどこ)の横に(すわ)った。

「太郎殿、ここがどこか、そなたが何故(なぜ)ここにいるのか、お分かりか。」

 (だま)って首を(よこ)()る。


(われ)らは差江(さえ)水軍(すいぐん)で、拙者(せっしゃ)川奈(かわな)次兵衛(じへい)と申す。そなたが龍と格闘(かくとう)して退治(たいじ)したあと、海に()かんでいたところを救助(きゅうじょ)したのじゃ。そなたの女房(にょうぼう)殿(どの)無事(ぶじ)じゃった。目覚(めざ)められて本当によかった。」

---女房(にょうぼう)って、音根のことか。あの龍をオラが退治(たいじ)したと、この男は言うとるが。

 話を聞くうち、龍に(おそ)われて舟から(やり)()き、その(やり)にしがみついて()(まわ)されたことを思い出した。龍に(ふり)(ほど)かれて海面(かいめん)(たた)き付けられたことも。


「オラ、龍に()われんかったんか。」

(われ)水軍(すいぐん)がここに着いた時、(たたか)いは(おわ)っておったが、北島(きたじま)の者が龍の(くび)()り付いて、(たたか)っておるそなたを見たと言う。それは(すさ)まじい(たたか)いじゃったそうな。そなたの勇敢(ゆうかん)(たたか)いぶりに我らは(みな)感服(かんぷく)しておる。」

 とんでもない。()われまいと、龍のアゴの下にしがみついていただけで、戦った記憶(きおく)はない。その後の龍はどうなったのだろう。

「そなたが()ち抜いた鉄砲(てっぽう)で、龍は()んだ。その最期(さいご)はのう、苦しそうに胴体(どうたい)を立てて(てん)に向かって()え、大木(たいぼく)(たお)れるように(よこ)(だお)しになって、海へ(しず)んだ。」


 音根を(まも)りたい一心が、龍に(いど)ませたに違いないが、いつ鉄砲(てっぽう)を使ったのかは(おぼ)えていない。すでにその時、意識(いしき)途切(とぎ)れていたのか、海に叩きつけられて記憶(きおく)が失せたのか……。

 音根が身を()せていた舟は転覆(てんぷく)(まぬが)れ、波のうねりに押されて龍から(はな)れ、(こと)なきを()たらしい。

  何よりも音根が無事(ぶじ)でよかった。

「音根、オラは今しがた天国(てんごく)へ行って来たぞ。音根の(とう)ちゃんにも()うてきた。そこは花がいっぱい咲いてきれいじゃったが、どうにも(さみ)しい所での。」

 音根は口を()さえ、肩を()らせて笑っている。万作も(わら)い、男たちも(わら)う。仕方なく一緒に(わら)ったが、克明(こくめい)(おぼ)えているので、(ゆめ)だったとは到底(とうてい)思えない。


 川奈(かわな)次兵衛(じへい)が七人の部下を甲板(かんぱん)に集めて、目まぐるしく指図(さしず)をしている。

「これから爆雷(ばくらい)を投げ入れて、龍を粉砕(ふんさい)する。この下に(しず)んどるで、ぬかるな。」

 爆雷(ばくらい)とは、火薬(かやく)()めた円錐(えんすい)形の(てつ)の固まりで、海底(かいてい)着弾(ちゃくだん)すると爆発(ばくはつ)する仕掛(しか)けらしい。それを五隻(ごせき)軍船(ぐんせん)から一斉(いっせい)()げ込むと言う。

「ああいう怪物(かいぶつ)が生き(かえ)ると、厄介(やっかい)じゃからのう。」

 龍が沈んでいる位置(いち)特定(とくてい)すると、軍船(ぐんせん)船尾(せんび)を寄せるように後進(こうしん)して集まり、それぞれが半丁ほど(はな)れて舳先(へさき)を外にし、円陣(えんじん)を組んだ。


 船尾(せんび)で七人の乗組(のりくみ)員が爆雷(ばくらい)を乗せた(だい)慎重(しんちょう)に運び出している。舳先(へさき)を外に向けているのは、爆雷(ばくらい)投下(とうか)すると(ただ)ちにその場から(はな)れるためだ。

 川奈(かわな)次兵衛(じへい)が大きな扇子(せんす)を高々と(かか)げると、それぞれの船尾(せんび)で七人の乗組(のりくみ)員が爆雷(ばくらい)を支えて待機(たいき)する。

 扇子(せんす)が下って五隻(ごせき)軍船(ぐんせん)から、()け声とともに一斉(いっせい)投下(とうか)された。直ちに()が大きく水を()いて、外側(そとがわ)に向かって発進(はっしん)した。

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