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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
14/86

二-四

 着物(きもの)の上からだったとはいえ、初めて女の胸に()れた。波打(なみ)興奮(こうふん)(おさ)まらない。しばらく言葉も何もない、(しあわ)せな時が流れた。

「母ちゃんが心配(しんぱい)しとるかもしれん。もう帰ろうか。」

 来るときには出来なかった帰りは、手をつないで歩いている。(よろこ)びが全身(ぜんしん)(つつ)む。

(いや)なことしてしまって、(おこ)っちょるか。」

 ()えて申し(わけ)なさそうな声で切り出したが、何も言わない。だが手を少し強く(にぎ)ると(にぎ)り返してきた。天にも(のぼ)気分(きぶん)とはこのことか。


「あたい(おこ)っとるよ。太郎さんが、こんなことするとは思わんかった。」

 顔を(のぞ)き込むと口を(とが)らせている。万作の言った、女心が不可解(ふかかい)(むつか)しいとはこのことか。本心(ほんしん)(おこ)っているとは思えないが、こんな場合の対応(たいおう)までは(おそ)わっていない。

 浜や集落(しゅうらく)が見える(くり)の木の根元(ねもと)まで戻った。まだ一緒(いっしょ)にいたい気持ちは強いが、母親の(せき)がひどくなって、寝込(ねこ)んでいるのだ。引き止めてはいけない。

 

 分かれ道で声を()けようとした時、つばくろ岩に近い海中(かいちゅう)(ひか)るものが見えた。それは金色(きんいろ)で、目を()らすと(よこ)に二つ(なら)んでいるではないか。

---あれは(りゅう)の目じゃ、まだこの(わん)におる。こっちを見とる。

 背筋(せすじ)泡立(あわだ)って、(ひざ)が音を立てて(ふる)える。音根は気付(きづ)いていない様子(ようす)なので、急いで目を反らす場所(ばしょ)(さが)す。

「なあ、月が(わろ)うとるように見えんか。」


 わざとらしく月を(ゆび)さし、ことさら明るく()()って見せるが、声は(ふる)えていた。音根も真上(まうえ)の月をまぶしそうに見上(みあ)げた。

「お魚ありがとう。じゃここで。」

 良かった、音根は気付(きづ)かなかった。足早(あしばや)に帰る(うしろ)姿(すがた)見送(みおく)ったあともう一度、恐る恐る海を見たが、すでにあの無気味(ぶきみ)な光はない。

「オラ、(りゅう)監視(かんし)されちょるかもしれん。いつか()われるかもしれん。」

 (ふる)える(ひざ)(はげ)ましながら、家へ急ぐ。


 この海峡(かいきょう)(りゅう)がいる(かぎ)り、漁ができない。母にも勘次にも、頭痛(ずつう)で舟に乗れないと(ことわ)り、弥助から(くすり)(もら)って()むふりをしている。

 満月(まんげつ)(よる)以来(いらい)、音根が家によく来るようになったが、音根にも仮病(けびょう)でごまかしている。早く(りゅう)がどこかに去ればいいと(ねが)いながら。


 東の小窓こまどから見えるのは黒い雲ばかりだが、今日は晴れる。りゅうがこのかいきょうにいた話を誰にもしないまま、夏の香りがする季節きせつになった。

 恐怖きょうふを抱きつつ、勘次と漁を再開さいかいしているが、もう長くりゅうは現れていない。それが、さらに恐怖をあおり、海面に立ちこめる朝霧あさぎりさえ龍に見えて、身がかたまる。


 早々に二十尾の鯛を釣り浜へ戻ったが、龍がどこかで見ているという恐怖きょうふかんは、心に付きまとってはなれない。

 漁が終わるたびに、なぜ出ないという疑問ぎもんが強くなっている。舟を洗いながら、勘次にそれを投げかけてみた。

「勘次、どうして龍は出んのじゃろう。」

 まるじゅうの船が龍らしき怪物かいぶつ船底ふなぞこ攻撃こうげきされたことで、表島はもちろん、北島でもおおさわぎになり、漁に出る舟がめっきりっていると聞いた。


 あの日以来、表島の港には五寸ごすんだん大筒おおづつが、四門よんもんも海に向かって配備はいびされた。港に出入りするしょうせんには、軍船の警護けいごが付くほどの厳戒げんかい態勢たいせいが強まっているという。

 勘次は、もうこのへんに龍はいないと考えていた。

「こう警戒けいかいが強いんじゃ、龍も出て来られんわさ。」

 今はどこか遠くに行っているが、突然とつぜんこの湾に戻って姿をあらわし、表島の大筒おおづつ餌食えじきになるだろうと笑う。


 そんなことはない、湾のどこかにいる。密かに見張みはられているのだ。

「龍はただのきょうぼうな怪物とちがうじゃ、オラたちよりずっとかしこいかもしれん。こっちの動きを見ていて、いつか仕掛しかけてくるで油断ゆだんできん。」

「人間よりかしこい生き物なんざ、おりゃせん。太郎は心配しんぱいしょうじゃのう。」

 勘次はきょうぼうけものに過ぎないと言うが、相当そうとう知能ちのうを持った生き物のような気がしてならない。

「ただのきょうぼうな怪物なら、しょうせんも軍船もおそうはずじゃ。漁師りょうしだけがねらわれるというのは、どうにもせん。」


 漁の最中さいちゅうに龍に出くわしたら、槍だけではこころもとないので、丸十の船で教わった火縄ひなわ銃も舟にそなえておきたいと思い、弥助の家へ立ち寄った。

 能勢のせ右門うもんあての手紙を書いてもらうためで、内容は舟に備える火縄ひなわ銃を貸してしいというものだ。

「龍が出てからでは、火縄ひなわ銃なんぞ役に立たんと思うがのう。」

 弥助は、そう言いながらもこころよく手紙をしたためてくれた。明日あすおもてじまへ出向く兼吉けんきちに手紙をたくしたが、果たしてしてくれるだろうか。


 日も暮れかけ、兼吉けんきちおもてじまから帰る時分じぶんだ。

 勘次をさそって浜へむかえに行くと、すでに弥助と万作が来ていた。兼吉は烏賊いかを売り終えた足で、弥助にたのまれたくすりを買い込んできた。

 裏島では弥助が医学いがく知識ちしきを持ち、山草さんそうなどで薬を作るのだが、軽い病いには間に合っても、じゅうびょうには手が出ないためだ。

「兼吉、火縄ひなわ銃はどうじゃった。」


 舟にそれらしき物が見当たらない。やはりことわられたか。

「おう、能勢のせ殿が二つ返事へんじで貸してくれたじゃ。その箱に入っとるぞ。」

 見ると、長さ二尺(約六十㎝)ほどの木箱きばこはあるが、こんな小さな箱に火縄ひなわ銃が入るわけがない。

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