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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
13/86

二-三

 予想(よそう)(がい)事態(じたい)にあうと気が動転(どうてん)して、戸惑(とまど)う気の弱い自分がもどかしい。

 音根は小さい頃から、それを(しず)めてくれた。今度はこちらから、何か(はたら)きかけねば。

「今夜は月が明るいで、ちょっと上まで歩かんか。」

 丘の上の方を指さして立ち上がると、イワシを家に入れて来た音根が、横に(なら)んだ。(おさな)(ころ)は手をつないで、無邪(むじゃ)()にこの(あた)りを歩いたが、今はそんな度胸(どきょう)がない。

 二人並んで歩くだけでも、こそばゆい感じだ。


 いつしか(しゅう)(らく)も、浜も見えない所まで上っていた。

 前方には(もり)が広がって、音根の炭焼(すみやき)き場に近く、(もり)の手前の小さな野原(のはら)に腰を下ろすと、草はひんやり冷たく、ふくらはぎに心地(ここち)いい。

「音根がその着物を着てくれて、まっこと(うれ)しいじゃ。」

 横に座った横顔(えがお)微笑(ほほえ)んだ。伸ばした足に手を当てたたまま、キラキラと光る眼下(がんか)の海を(なが)めている。


花嫁(はなよめ)衣裳(いしょう)にと思うちょったけど、(はよ)う着てみたかったで。」

 花嫁衣裳……。音根が誰かの(つま)になる日を考えていると知り、言いしれない不安(ふあん)()き上がった。

 意中いちゅうの男がいるのか聞いて「おる。」とでも言われたらつらいが、思い切って問いたい衝動しょうどうられる。こればかりはグダグダなやんでいたくない。

「え、ええ男が……お、おるんか。」


 目を細めて海をながめていた音根の、おだやかな顔からみが消えた。そしてきびしい(ひょう)(じょう)でこちらを向く。

---しまった、問わなければよかった。

 話題わだいを変えなければと手でせいしかけたが、もうおそかった。

「おる。」

 一番いちばん聞きたくない答えがかえり、心底しんそこたまげた。もしや藤造だろうか、まさか勘次か。


 器量きりょうよしで、よくはたらくと評判ひょうばんのいい音根だ。北島や表島からよめもらい手が来てもおかしくない。今さらではあるが、問いかけたことを後悔こうかいした。

「やっぱり……おるんか。」

 遠くの海を見つめていた音根が、草の上に投げ出した足を見つめるように、ゆっくり下を向いた。

「それが(だれ)か、言うよ。」

 音根の唐突(とうとつ)な言葉に、絶望(ぜつぼう)予感(よかん)が走る。この幸せな時を(だい)()しにしたくない。今は聞きたくない。

「あたいが好きな人は。」


 そう言うと両手(りょうて)で顔を(おお)って(まえ)(かが)みになり、立てた(ひざ)の間に顔を()めた。この世も終わるほどの衝撃(しょうげき)が、全身をつらぬく。

---やめてくれ。聞きとうない。

 心の中で(さけ)び、両手で耳を(おお)直前(ちょくぜん)に、意外(いがい)な言葉が飛び込んで来た。

「それは…………太郎さん。」

 (ひざ)の間から(こも)った小さな声。まさか、まさか意気(いく)()なしで泣き虫で、引っ込み思案(じあん)の自分が、意中(いちゅう)の男である(わけ)がない。


 きっと聞き違いだ、いや戯言(ざれごと)か。気持ちのやり場を()(うしな)ってうろたえる。

 本心(ほんしん)ではなく、この場の(なさ)けで言ったのだろう。だが音根は戯言(ざれごと)に聞こえたと思ったのか、泣きそうな声で叫んだのだ。

本当(ほんとう)だっちゃ。(ほか)(だれ)も好いとらん。」

 (はじ)けんばかりに昂揚(こうよう)する頭の中、平静(へいせい)(よそお)うのが(むつか)しい。


 やぶれかぶれで手を頭の(うし)ろに組み、草の上に仰向(あおむ)けに寝転(ねころ)がった。

「おう、月がだいぶ上に来た。出た時より(ちっ)ちゃくなったな。」

 すると音根も仰向(あお)けに寝転(ねころ)がって来たので、素早(すばや)く右手を伸ばして(うで)(まくら)をした。音根は一瞬(いっしゅん)頭を()かせたが、すぐ腕の上に頭を置いた。

 サラサラと(かみ)の毛が、腕に(こす)れる。


「出た時より小ちゃいけど、ずっと明るうなっちょる。」

 そう言えば、野原()の草花が月明かりに()らされて、(あお)(じろ)く光っている。対岸(たいがん)にある北島の山並(やまな)みが(のぞ)めるほどで、空も明るく(くも)まで白く見える。

 今、音根と並んで横になっているのだ。夢見(ゆめみ)心地(ここち)とは、このことか。しばらく星が(またた)く夜空を(なが)めていたが、(うで)(まくら)をしたひじって、音根の顔をこちらに向けさせた。


「オラも、す、す……。」

 ここから言葉にならない自分が(なさ)けない。好きと言うのは、嫌いと言うより(ひゃく)(ばい)勇気(ゆうき)が必要だと気付(きづ)いた。音根は勇気(ゆうき)()(しぼ)って言ったのだろうか。

 ふと万作の太い声が耳元を通り過ぎる。

「音根が太郎を好きじゃったら、口吸(くちす)いを(いや)がらんぞ。」

---そんなことはできん。オラにその勇気(ゆうき)はない。

 落ち着きのない自分に、音根は何かを感じているのか目を()じてじっとしている。


 意を決して顔を近付けた。(かす)かな吐息(といき)を感じて、頭が爆発(ばくはつ)しそうだ。

 勇気を出して音根の(くちびる)に、自分の(くちびる)をそっと重ねた。だが拒否(きょひ)抵抗(ていこう)もせず、受け止めたではないか。

 柔らかな(くちびる)に触れたのは一瞬(いっしゅん)だったが、女の体温(たいおん)を感じたのが(はじ)めてのことで、心臓(しんぞう)はん(しょう)のように(たか)()る。


 ついに音根と口吸(くちす)いをした。万作が言った通りだと、心の中で何度(なんど)万歳(ばんざい)を繰り返す。まだ音根は右腕を(まくら)にしたまま、目を閉じている。

 すると、口吸(くちす)いをする時に(かた)に置いた左手(ひだりて)が、不意(ふい)に着物を(つた)って(きょう)()(すべ)り落ちた。


 意表(いひょう)()かれたのだろう音根が、手で(はら)おうとしたので、とっさに手を(はな)した。(ふく)らみのだん(りょく)(てのひら)に残る。

---音根のおっぱいが大きい。

 この瞬間(しゅんかん)、幼い音根の面影(おもかげ)が消し飛んだ。今更(いまさら)だが、音根が年頃としごろ大人(おとな)になっていることを実感(じっかん)した。

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