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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
12/86

二-二

 (ひる)(どき)をだいぶ過ぎていたが、万作の家に(まね)かれて(めし)(さけ)が用意された。

「太郎は二十歳になって、ようやく女のことを知った。もう大人(おとな)の男としてやっていける。めでたしじゃ。」

 万作が(さかずき)をグッと顔の前に()き出し、飲めと(うなが)した。頭を下げて受け取り、一息で()み干した。万作がガハハと豪快(ごうかい)に笑い、一緒(いっしょ)になってワハハと笑う。

「万作はん、勘次(かんじ)吾作(ごさく)(とう)(ぞう)は、もう女のこと知っとるんけ。」

「皆、親父(おやじ)がおるで、(おし)えちょるじゃろう。見てみい、吾作(ごさく)なんかは音根やお春の(しり)を追い回しちょる。まるで(はつ)(じょう)した(いのしし)じゃ。」

「音根は、男のこと知っとるじゃろか。」


「お(かあ)がおるでの。女はちょっと早いで、十四~五歳になったら(おそ)わり、知っとる(はず)じゃ。お春もな。」

 妹の(あずさ)も十五歳。もう母から教わっているのだろう。何も知らなかったのは自分一人だ、身体(からだ)の中を得体(えたい)のしれない風が()いた。ちょっと(なさけ)けなく(くや)しい。

 だが父を()くして、機会(きかい)を失ったことを(かな)しむより、(おそ)かったとはいえ教えてくれた万作に感謝(かんしゃ)し、心の中で手を合わせた。

 翌日の早朝(そうちょう)に、勘次(かんじ)と漁に出た。初夏(しょか)(さわ)やかな風が吹き、雲は早く、波も少し高目(たかめ)だが、まずまずの()日和(びより)だ。ところが場所を変えても、()()をしても(たい)一匹(いっぴき)も釣り上がらない。


「どうしたんじゃろ、この辺に(りゅう)が来とるんか。」

 勘次が心配そうに(つぶや)く。

 頭が音根のことで充満(じゅうまん)し、釣りへの意識(いしき)が吹き()んでいた。それどころか、(りゅう)のことまで失念(しつねん)していたので、勘次の(つぶや)きで恐怖(きょうふ)(よみがえ)った。

「い、急いで帰ろう。」

 しかしりゅうは現れなかった。勘次が家に帰ったあと一息ひといきついて、ほとんどらなかった(えさ)小海老こえびを舟のたるに移していると、後方こうほうで吾作の声が聞こえた。

「音根。オラにもくれやー。」


 振り向くと、吾作が手をまわしながら浜をけている。その目線めせんの先には音根の(うし)ろ姿。

「ちょっと、待てやー。」

 音根はアカンベーをして、丘の上り口を素早すばやけ上がり、姿を消した。

 ふねしに音根を目で追いかけていると、舳先へさきにスモモが五個ごこ転がっている。音根が来てそっといたのを見た吾作が、っているらしい。

---オラにスモモを持って来てくれた。おこってないんじゃな、オラをきらってないんじゃな。だまってくちゅうことは……。

 心の中でただしながら、スモモをふところにしまい、両手でしっかりかかえる。浜で万作(まんさく)確信かくしんありげに言った言葉がよみがえる。

「音根は太郎をきらっとらん、ずかしかったんじゃ。」


 あずさ吾平ごへい(ぐみ)投網なげあみの手入れを手伝ったと言い、一抱ひとかかえのイワシをもらって帰ったので、おりんが大根だいこんとイワシをいて夕食にした。

 梓は友達(ともだち)のお春と、よく吾平(ごへい)組で投網なげあみ干しや、網にからんだ海藻かいそう取りを手伝うらしい。

 呉作(ごさく)には次作じさくという十七歳のおとうとがおり、体格たいかくのがっしりした男前おとこまえである。どうやら梓は次作じさくが目当てのようだ。

「梓、次作じさく(なか)良うしちょるか。」

 冗談じょうだんまじりに聞くと、顔をっ赤にして手許てもとのおじゃみを投げ付ける。


「兄ちゃんこそ、音根さんに泣かされるなや。ええ年して、格好かっこう悪い。」

 おりんが話題わだいを逸らすように、口をはさんできた。

「音根さんの母さん、身体の調子ちょうしわるうなったみたいじゃの。太郎はいたか。」

 音根は母親のことをあまり話さないので、くわしいことは知らない。

あと様子ようすを聞いてくらあ。このイワシ持って行ってええか。」

 いい口実こうじつができた。一抹(いちまつ)不安ふあんはあるが、心の中で小躍こおどりした。夕食を終えると五尾ごびのイワシを縄でしばり、ぶら下げて外に出る。


 今夜は東の空に満月まんげつがぽっかり浮かび、周囲しゅういの雲が白くかがやいている。遠くの山や海がよく見えて、木立(こだち)かげもクッキリと地面に投影とうえいされている。

 提灯(ちょうちん)なしでも歩けるほど、明るい夜だ。一気に丘を()け上がり、家の戸を(たた)く。出てきた音根は、表島の土産(みやげ)で渡した小花(こばな)柄の着物を着ていた。

「あ、あの……。」

 あれこれ言葉を(さが)すが、出てこない。音根の顔をじっと見るしか方法がなかった。すると音根の方から切り出した。


「この着物、似合(にお)うちょるか。お月さんが明るいんで、()て出ようとしとったっちゃ。」

 笑顔(えがお)を振り()きながら、目の前で(そで)を広げてクルリと回る。()い緑の生地(きじ)に、赤や白、黄色の小花が()りばめられた派手(はで)(がら)だが、音根の美貌(びぼう)はそれに負けていない。

「よ、よう似合うちょる。ま、まっこときれいじゃ。」

 この場に不釣(ふつ)り合いな声で叫んだ自分に(おどろ)いた。音根は口を押さえて、笑いながら外に出た。

「太郎さん、どうして家に来たん。」


「おう、音根の母ちゃんが具合(ぐあい)悪いと聞いたんで、元気つけてもらおうとイワシを持って来たじゃ。ホレ、よう()えとるじゃろ。今朝(けさ)吾作(ごさく)()ったやつじゃ。」

 手にしたイワシを差し出した。

「ありがとう、母ちゃん喜ぶわ。母ちゃん最近、(せき)(ひど)うなって寝込(ねこ)む日が増えたんよ。弥助さんにお(くすり)作って(もろ)うちょるけど。」

「そうか、大事(だいじ)にせにゃいけんのう。それと今日のスモモ、(うま)かったぞ。」

 少しはにかんだ音根は、うつむいたり上を向いたりして、足許(あしもと)の石を何度も()る。

「母ちゃんが()べたいって言うで、木に(のぼ)って取ったんよ。余った(ぶん)を舟に置いただけじゃ。」

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