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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
10/86

一-十

 弥助がりゅうの話を持ち出すと、左兵衛さへいは笑って否定ひていした。

りゅうというのはな。南蛮の密林みつりんむワニという獰猛どうもうな生き物と、大蛇だいじゃを組み合わせてえがいた、世にも恐ろしい空想くうそうの怪物じゃ。そんな怪物(かいぶつ)がウジャウジャいたら、このは終わっとるじゃろう。」


 突然とつぜん、ゴーンとひびくような大きな音と振動しんどうが伝わり、船が大きく右にかたむいた。船室の調度ちょうどひんがガタガタと音を立ててみぎ方向へすべる。左兵衛さへいは窓からあたりの様子ようすさぐっている。

座礁ざしょうか。いや、この辺りに岩礁がんしょうはないが。」

 見張みはりの侍たちがあわただしく甲板かんぱんを走り抜け、召使(めしつか)いの一人が船室せんしつに飛び込んで来た。


大変たいへんでございます。今しがた、船の下をなが物体ぶったいが通り過ぎ、それが船底ふなぞこに当たってしおくら浸水しんすいしております。」

「その物体(ぶったい)とは、大きいのか。」

 首をかしげながら、左兵衛は召使(めしつか)()う。

「はい。見た(もの)の話では太くて、やたら(なが)物体(ぶったい)だったそうです。」

 そう(さけ)び、身を(ひるがえ)して船底へ走って()えた。左兵衛も船底(ふなぞこ)へ走る。


 直後(ちょくご)火縄ひなわ(じゅう)を抱えた万作、弥助、勘次が船室せんしつに来た。顔が紅潮こうちょうし目はり上がっている。

「すげえデカい何かが、船底に(あな)()けよったと言うぞ。(りゅう)()たに(ちが)いない。これで応戦(おうせん)じゃ。」

 火縄ひなわじゅうわきかかえて甲板に出ると、すでに(さむらい)達が四方八方の海に向かってじゅうを構えていた。十二本のせわしなく海面をき、裏島(うらしま)方向へ急ぐ。


 海は(しず)かで(なみ)は低く、いつ何処(どこ)から(りゅう)と思われる怪物が(あらわ)れるのか、(だれ)にも予想(よそう)がつかず、(こお)るような緊迫(きんぱく)した(とき)が流れる。

 左兵衛(さへい)が首を(かし)げながら船底から(もど)ると、近くの召使(めしつか)い二人を呼び付けた。


「船の下を通った大きくて長い物体を、(たし)かに見た者をここへ()べ。」

 召使(めしつか)い三人と、(さむらい)二人が来た。物体は黒で、右舷(うげん)前方(ぜんぽう)から近付(ちかづ)き、船底ふなぞこをかすめて左舷(さげん)後方(こうほう)()ったと言う。黒く長い物体の形は大きな(へび)のようだったとも。

 長さは船の五倍(ごばい)、いや十倍(じゅうばい)はあったと言う者もいる。(ひか)(なみ)でよく見えなかったが、太さも二丈(約六m)くらいはあったと証言(しょうげん)した。


「うーん、(みな)がそう言うのなら、()間違(まちが)いではなさそうじゃ。」

 左兵衛は召し使いに最大(さいだい)きゅう警戒(けいかい)(うなが)し、差江(さえ)に向かって救援きゅうえん()()げるよう指示(しじ)を出した。

 あと半刻はんこく裏島(うらしま)に着く。それまで何事(なにごと)()こりませんようにと、(じゅう)(かま)えたまま、神仏(しんぶつ)(いの)る。


 その後は何事(なにごと)もなく、船は裏島の浜辺(はまべ)から一丁(約百m)ほど手前(てまえ)停船(ていせん)した。ここからは水深(すいしん)がなくて船が入れないため、表島(おもてじま)で買った荷物(にもつ)曳航(えいこう)してきた三隻(さんせき)(ふね)()()えねばならない。

 (りゅう)()ずとも、大波(おおなみ)(おそ)ってくるかもしれない場所(ばしょ)だ。(はま)からも、二十人が手助(てだす)けに海へ入って来た。

 ピリピリとした緊張(きんちょう)の中で、荷物(にもつ)が舟に()ろされていく。


 荷物を()み込んだ舟は一人が()()ぎ、四人が(およ)いで左右(さゆう)胴部(どうぶ)()し、(はま)(いそ)ぐ。

 全部(ぜんぶ)荷物(にもつ)を浜へ(はこ)()えたが龍は出ず、高波(たかなみ)も来なかった。

 人間(にんげん)(あわ)ただしい行動(こうどう)とは対照(たいしょう)的に、海と空が(あお)(しず)かに広がっている。


 表島で買い込んだ荷物にもつを万作の納屋なやはこび込み、村の衆が家路いえじにつくと、夕日がしずみかけた浜に静けさが戻った。

 我が家に帰り、大仕事おおしごとの成功をいわって、土産みやげ饅頭まんじゅうを家族で頬張ほおばった。

 昨夜さくやの漁と百尾の鯛の納品のうひん、龍の仕業しわざによる大波おおなみ、侍や絵匠えしょうとの話、丸十まるじゅうの船へ龍の攻撃こうげき、初めて持った火縄銃ひなわじゅうが重かったこと。


 まさに緊張きんちょうの連続でしんこんて、翌日よくじつ昼過ひるすぎまで目がめなかった。

 日暮ひぐれまで間もないので、しをくれた音根おとねに、土産みやげの着物をわたすと告げ、足早あしばやに家を出た。

 音根を呼び出し、丘の大きなくりの木のっ子にならんでこしを掛け、着物を手渡てわたす。ここはおさなころ、遊びつかれると二人でよく休んだ場所ばしょだ。


 音根が今朝けさしを自分じぶんに持って来たのは、みよう胸騒むなさわぎがあったからと言い、無事ぶじに帰って来たことを喜んでくれた。

表島おもてじまの侍はこわかったが、親切しんせつじゃった。能勢のせ殿には馳走ちそうまでよばれた。鯛はいわいに食する魚じゃで、鯛を釣るオラは必要ひつようなんじゃろう。」

 たい漁師りょうしで良かったと胸をり、町のかれた様子ようすや、しお問屋どんやの大きな船のことを話したが、りゅうの話はせた。


 こうやって話をするのはいつ以来いらいだろう。夕日ゆうひが沈んであたりは暗くなったが、頭上ずじょう半月はんげつがあるので少し明るい。

 いつ以来いらいか、かたを並べて話すのがうれしく、しゃべりながら音根に好意こういいている自分を感じる。

 話ははずみ、おさない頃に二人でヒエばたけらしたり、鯛のえさにする小海老こえびいけに石を投げ込んだりして、父にこっぴどくしかられた思い出話に花がく。


 音根はくちを押さえて身体からだすり、笑う姿すがたがかわいい。

着物きもののお礼に、母ちゃんに教わったまいを見せちゃる。」

 そう言うと、小走こばしりで目の前にある広場ひろばに出た。そこは二丈にじょう角ほどのたいらな地面じめんで、芝草しばくさ密集みっしゅうしている木立こだち空間くうかん。そのん中に立つと、しずかにい始めた。


 お囃子はやし小唄こうたもない静寂せいじゃくの中で、ゆるやかにう。まわりは木々のかげで暗く、音根だけが月明かりにらされてかび上がる。

 何も手にせずひょうじょうではあるが、ながれるような手の動きと足の運び……。

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