5.進展
次の日も、短縮日課で、吉田さんは、昨日と同じように誘ってくれた。僕は、武道館の前で待ち伏せをして、吉田さんにどうしても伝えたかったことをどうやって話すか考えていた。こんな気持ち、初めてだ。考えながらドキドキしていると、僕の前には、心配顔の吉田さんが立っていた。
「帰ろっか」
吉田さんに声をかけられたけど、僕は、
「ちょっと待って」
と必死で伝えた。吉田さんは、一瞬不思議そうな顔をしたけど、もう後戻りはできない。
「吉田さん、大事な話があるんだ。転校してきてから今日まで、知らないことばっかの僕にいろんなことを教えてくれて、こんな僕と友達になってくれてありがとう。すっごく急な話なんだけど、僕は、来週の金曜日でまた転校することが決まったんだ。だから、もう少しでみんなともお別れになっちゃう。だから今、吉田さんに伝えないといけないことがあります。初めて会ってから少ししか経ってないのにこんなこと言われても困るかもしれないけど、それでも言います。僕はあなたのことが好きです。」
途中から、僕の真剣さに気づいた吉田さんは、僕が最後の言葉を言う前に軽く息を吸って、
「だから、吉田さん」
と言うと、遮るように、
「未実でいいよ。」
といったので、戸惑いつつも、
「え、えっと、じゃあ、未実さん。あとちょっとだけ2人でいませんか?」
僕の質問に、満面の笑みで
「うん。付き合おっか。」
と、提案してくれた。僕の不思議そうな顔を見て、
「私たちみたいな恋人同士の関係のこと、付き合ってるっていうんだよ。」
と、教えてくれた。
「いつか言ってくれるかなって楽しみにしてたの。よかったー。でも、せっかく慣れ始めたのに、もう転校なんて寂しいね。けど、今は一緒にいるんだし、いっぱい思い出作ろうよ。」
僕の前では最後まで笑顔でいてくれた。
「ねー、私、あんまりこの辺のこと詳しくないから、近くで案内できる場所知らないから、もしよかったら、今日うち寄ってく?あ、そちらのご両親がよかったらなんだけど。」
と、急に誘われた。なんだかんだで断りきれず、僕は未実さんの家にお邪魔することになった。ずっといたはずなのに、玄関より先には行けなかった家に、僕は今から足を踏み入れる。
「どうぞ。」
吉田さん、いや、未実さんの案内で玄関を入って、ちらっと横を見ると、いつものように傘立てには傘が3本置かれている。3本ということは、今まで通り。僕の姿は消えていないということになる。そして、隣りの鏡を見ると、僕の体はここにちゃんとあるのだ。変な感覚だった。
「お母さんもお父さんも仕事いってて、この時間は私1人なの。ここなら誰にも見られないし、ゆっくり話せると思って。」
やっぱり少し恥ずかしそうだ。応接室に通されて、しばらく待っていたら、お茶を出された。これも初めての体験。でも、僕の正体を知らない未実さんには秘密にした。たわいもない話をして、ふと外を見ると、景色は夕日色に染まっていた。つい長居をしてしまった。耳をすませば、学校の方から「ふるさと」が聞こえていた。
「お昼過ぎに来たのに、こんな時間まで。長居しちゃってごめんね。それじゃあ、僕、そろそろ帰るね。」
僕の言葉に少し寂しそうな顔をしたけど、
「うん。今日はありがとう。私も家まで送ろうか?」
と、聞いてくれた。でも、
「僕は嬉しいんだけど、もう夕方だし、うちから帰る未実さんが心配だし。ここでいいよ。」
と、僕が言うと、残念そうに、
「そっか。じゃあ、玄関先まで送ることにする。」
と、言ってくれたのでホッとした。
(あ、玄関…。言わなくちゃ)
僕が覚悟を決めて振り向くと、応接室の方を見ていた未実さんが、
「あ、忘れ物!」
と言って中に入って行ってしまった。
「カバン、忘れたでしょ?」
僕は、手を見るまで気づかなかったけど、何も持たないで帰るところだったようだ。
「ごめん。ありがとう。」
僕がカバンを受け取ると、未実さんも下駄を履いて土間まで出てきてくれた。そのタイミングを見計らって僕が、真剣な顔で未実さんを見て、
「おとぎ話みたいなこと言うけど、聞いてくれる?」
というと、
「う、うん。何?」
と聞かれたので、
「僕の正体はね、この傘なんだ。」
と、言いながら僕が玄関先の傘立ての中から1本取ってみせると、未実さんは不思議そうな顔をした。
「だから、ずっと前から未実さんのこと、知ってた。もう4年もずっと隣にいたんだ。でも、僕には話すことができなかったから、何も伝えられなかった。僕は未実さんと話したくて、夢見てて、叶えてもらってここにいる。だから、転校するって言ったのは嘘なんだ。ごめん。2週間だけ、こうしていていいって言われてるから、それ以上は無理って言われてる。だから、お別れなんだ。」
目の前には、寂しそうな未実さんの顔がある。僕はここまで話すと、なんて言っていいかわからなくなって黙ってしまった。そしたら未実さんが、
「そっか。話してくれてありがとう。で、どう?私の印象とか、言いたかったこととか、また明日いろいろ聞かせてよ。」
と、言ってくれた。
「うん。いっぱい話すよ。でも、この話は、2人だけの秘密にしておいてほしいんだ。お願い。」
と、僕が頼むと、
「わかってるよ。でも、私以外は信じないよ、きっと。」
と、言って、ちょっと照れていた。
「じゃあ、帰るね。また明日。」
と、言って、うちに帰った。




