女性が男性へ送る手紙
お久しぶりです。お元気ですか?あなたとサヨウナラしてからずいぶん経ちましたね。私はあれから少しずつ回復へむかっていると思います。あなたにたいして随分ひどいことをしてしまいました。後悔しています。でもこういう後悔する私がかえってあなたを苦しめてしまうのでしょうね。あやまりたい気持ちもあるのですが、あなたの苦しみがどのようなものなのかは私には分からない。人のこころの中をのぞくことはできないですから。なにもわからないのにゴメンナサイしても、それはただ私が楽になりたいだけで、あなたのこころのなかの苦しみがなくならないと思います。あなたのこころを知るにはあなたがあなたの言葉で語ってくれなければわからない。でもこころというものは不思議で言葉というものは魔法みたいなもので、本当に自分のこころを表現できるのかなって、最近そう思っています。あんがい、人のこころが見えないように自分のこころも見えないのだと思います。
こんな話ばかりしてもしょうがないですから、最近の私の暮らしについて書きます。
晴れの日。
私は外に出て絵を描きます。まだ初めて三か月くらいしか経ってないですから、へたくそです。私は絵を見ることが好きだったのはあなたも知っていますよね。絵に興味のないあなたを連れて画集を買い求めてぶらぶら歩いていましたね。あなたのうんざりしている顔、よく覚えています。あの時の私は絵を見ることが好きで、自分で絵を描こうという気持ちはありませんでした。理由はよく分からないのですが、なぜか私も描いてみようという気持ちになったのです。私が尊敬している画家さんが「未熟な頃のほうが素直に自分のこころを表現できていた」。
そんなこと仰っていました。でもそれがほんとなら今の私のこころはずいぶん歪んだ形をしているのかなって思います。でも自分でいうのもバカみたいですが、自分が書いた絵はそんなに嫌いじゃないのです。
花の絵ばかり描いています。公園や自然に囲まれた場所を探して花を探す。花を見つけたらできるだけ集中します。よく見てからスケッチブックに描いています。時々その花を家に持って帰りたくなりますが、そういうことはしない方がいいと思っています。花瓶にさして枯れていく姿を見るのは辛いでしょうから。
曇りの日。
私は曇りの日が好きです。空を自由に眺めることができるからです。太陽って不思議ですよね。私たちのことをいつも照らしているのに、太陽は眩しすぎて私たちはじっと見ることができない。
曇りの日は街をブラブラ歩いています。空を雲が覆うときは人が優しく見えるのです。優しさではないのかもしれない。人を傷つけるという気持ちが雲のような煙の中にかくれんぼしているのだろうって、一人で理由を決めて納得しています。でも行きたい場所なんてどこにもないし、ほしいものも特にないですから、ただブラブラ歩いているだけです。歩き疲れたらバスに乗って家に帰ります。
雨の日。
雨の日は絵本を読んでいます。外国の絵本です。外国語で書かれているので話の内容はよく分からないのですが、人それぞれ自分なりの絵を描いているのです。絵本の世界の絵は国っていう考えはないのかもしれないですね。もしも文字がなかったら、この絵本はどこの国で生まれたのか分からないと思います。偉い画家さんの絵ばかり見てきましたが、私は最初から絵本の世界の方があっていたのかもしれませんね。
そうして窓の向こうで空から降る雨を眺めています。雨って不思議ですね。こんなにたくさんの雨が降れば、街は水浸しになって私たちは溺れてしまうかもしれない。でもそんなことは起こらなくて、道路の片隅の溝へと流れ、土が水をふくんでいく。でも水を含んだ土も、どろどろのままではなくて、乾いた土へと戻っていく。
世の中は不思議だらけで例えばあなたがくれた万年筆ひとつだって不思議なものです。この万年筆を作るために色んな人々、その人々が働く色んな小さな世界がある。そうして万年筆は歴史が長い道具ですから、その歴史をたどっていけば、数えきれないくらい小さな世界があるのでしょうね。そんな数えきれない小さな世界の中で私は一人ぼっちです。毎日働いている人から見れば幸せそうに見えるかもしれません。でも幸せと不幸と二つに分けるのなら私は不幸の方にいると思います。
私はここまで書いて少し笑ってしまいました。そうです、私の書いた文章と本当の自分はずいぶん違います。そうなのです。言葉は魔法です。そうして女は男の人のためなら美しく見せようとする女優みたいなものです。魔法を使う女優は人を喜ばせたり、楽しませたりできます。けれども時には人を悲しませたり傷つけたりもします。
あなたとサヨウナラしてからずいぶん経ちました。私は晴れの日も曇りの日も雨の日もあなたのことを考えています。それがよけいにあなたを苦しめてしまうことは分かっていても、あなたのことが忘れられないのです。
今でも愛しています
もしかしたらあなたを愛するあまり私の心の中であなた美しく思い描きすぎているかもしれないです。喜んだり怒ったり哀しんだり楽しんだり、そんなときのあなたのことをずっと思い続けています。
あなたは美輪明宏さんが好きだからもしかしたらこれを聴いてくれるかもしれない。だから私は女優になって言葉の魔法であなたが私のもとに帰ってきてくれないか、そんな奇跡を夢見ているのです。
でもそれはもう諦めています。私たちふたりは一緒にいてはいけないこと。そういうカップルってあるのだと思います。だから私はサヨウナラを言いたくてこの手紙を書いているのです。立ち止まっていることほどつらいものはないのです。
愛するあなたへ。
サヨウナラ