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翌日の放課後。
いつもの通りに、俺たちは科技研の部室にたむろっていた。
部屋にいるのは俺と誠司、顧問のちなみちゃん。そしてたまみ。
もはやつっこむ気も起きない。とはいえ、いないものとして扱うのも難しい。
なにかと言えばこんな感じだ。
「ねね、これなに? これどういう意味? どうするの? 何に使うの?」
たまみが現れてからそろそろ一週間が過ぎるころだが、その間ずっとこの調子なのだ。
誰だってうんざりするに決まってる。
しない奴はきっと悟りでも開いているに違いない。
便利屋ならそれくらい答えてやれ、などと言われそうだが、便利屋はあくまで仕事だ。ボランティア精神とか博愛主義とか、そういう部分がないとは言わないが、決して大きくはない。
俺が放置の構えで部屋に置いてあった文庫本をめくっていると、たまみの相手は自然とちなみちゃんが務めることになる。すべての質問に対して律儀に、そして丁寧に答えている。横から見ていてもいやそうな雰囲気がまるで見えないあたり、さすが教師だと感心してしまう。
そんなふうにしばらく過ごしていると、ドアからノックの音が聞こえた。
返事をする間もなく、勢いよくドアが開かれる。
「そいつは妖怪のしわざですな!」
「ひっ!?」
音を立てて勢いよく開かれたドアが、余韻を残すように震えている。
小さな悲鳴を上げていたのはちなみちゃんだ。
部室の外に立ってドヤ顔していたのは、女の子の先輩だった。名前は木林吟子。愛美のクラスメイトで友人だ。少し長めの髪を首下でまとめていて、フレームの細い丸メガネをかけている。身長は低く、体型の起伏はひかえめ。最初のセリフのとおり、妖怪マニアとして有名な変人だ。
愛美はその後ろ、というか横にいる。
ちなみに、ちなみちゃんがこの部屋に来るのは珍しいことなのだが、木林先輩はなぜかちなみちゃんが来ている時に限って狙いすましたかのようにやってくる。偶然というには出来過ぎている気がする。まぁこのカオス部屋なら、隠しカメラや隠しマイクのひとつやふたつ、仕込んであっても不思議はないが。
「ふむん?」
妙な声を出しつつ部室に踏み込んだ木林先輩は、部室にいる面々に視線を回していく。
俺、誠司、ちなみちゃん、そしてたまみ。
「妖怪はこの中にいる!」
決めゼリフっぽくはいた木林先輩の声を合図にして、部屋中の視線が自然とたまみに集まった。
「ひどい! あたしそんなんじゃないよ!」
「似たようなもんだろ」
「……」
おどけた空気をよそに、愛美はかすかに顔をしかめていた。
「珍しいじゃないか。どうしたんだ?」
「あ、うん……」
返事をしながら入ってきた愛美は、出しっぱなしになっていた来客用のパイプ椅子に腰を下ろした。
「相談があるんだけど」
いつからここはお悩み相談室になったんだ、やっぱ先週のあれかなぁ、などと考えながらもそんなことはおくびにも出さず、愛美に先をうながす。
「……この子のことなんだけど」
と、愛美はたまみを見ながら切り出した。
またか。
と、一瞬思ったが、やっぱり愛美には耐えられないことなのかなとも思いなおす。
愛美にとっては、たまみはどうあっても受け入れがたい異分子なんだろう。自分の生活圏に、遠慮をする気がさらさらない様子で入り込んでくるからなおさらだ。
「いろいろ問題があるのはわかるけどなぁ」
でも、俺はもうどうでもよくなってきている。なので、俺からは何も言うべきことはない。胃袋をにぎられているから何とかしてやりたいとも思うけど、かといって積極的に動きたくもない。
要は黙って嵐が去るのを待っているというわけだ。
「警察を呼んで引き取ってもらおうよ」
「うーん……」
「こうちゃんも最初は呼ぼうとしてたじゃない」
「そうだけど……でも効果あるかなぁ」
「神様だとか、信じてるの?」
「まぁ……」
「どうして!?」
「いや、信じてるというか」
「本人を目の前にしてこの会話!」
耐えきれなくなってちゃちゃを入れるたまみに、愛美はきつい一瞥を叩き付ける。
たまみは大げさに怖がって見せ、それでまた愛美にいらだちがつのる。
何度となく繰り返されてきたこの状況に、俺はため息をつきたくなった。
「たとえばこれ」
そう言いつつ、例の体形が変わるメガネを取り出して愛美に渡してやる。
「これは?」
「前に話したろ? かけてみな」
愛美は疑わしそうな表情を崩さず、不承不承ながらにメガネをかけた。
「かけたけど?」
「ご自身のお体をご確認ください」
言われたとおりに視線を落とした愛美が、次の瞬間には動かなくなった。
いわずもがな。
つつましやかだった胸のふくらみが、誰の目にも明らかなほど豊かになっている。
「……なに、これ」
「ご利益! です!」
「……だ、そうだ」
初見の3人、愛美、木林先輩、ちなみちゃんは、驚きのあまり目を見開きすぎてすごい表情になっていた。
愛美は自分の胸を見下ろしたまま、眼鏡をつけたり外したりしている。そのたびに胸が大きくなったり小さくなったり。くりかえすごとに、愛美の表情から険が抜けていく。
木林先輩は純粋な好奇心を、ちなみちゃんは何やら欲望めいた光を、それぞれの目に宿してその様子をながめている。
同じようにそれを見ていた誠司が口を開く。
「分解してみたら仕組みわかるかな」
「機械じゃないんだから」
「ご利益なくなるよ?」
「それはダメ!」
「気に入ったのか?」
「そうじゃないけど……」
「まぁ、もうかけるのはやめとけ。後々どんな影響があるかわからないぞ」
「んもー、そんなのないってー。大丈夫、神様のご利益だよ?」
「盲信する気はねーよ」
「ひどいっ」
「いや、今のは別にひどくねえだろ」
愛美の手から例のメガネを取り上げる。
元のメガネをかけなおした愛美は、また不機嫌そうな顔に戻っていた。
「たかがメガネでそんなふてくされられても」
「たかが!? たかがって言った!?」
「たまみに言ったんじゃねえよ」
「……別にそんなことで怒ってないもん」
「こんなメガネで体型ごまかしたってしょうがないだろ?」
「だから違うって」
だったらなんなんだよ……と言いかけて、やめた。なんか地雷踏みそうだし。
「ね、ねぇ、鏡屋くん……?」
「なんですか先生」
「そのメガネ、ちょっと貸してもらってもいい?」
「……今の話、聞いてなかったんですか?」
「聞いてたけど! 聞いてたけども!? わたしだって体験してみたいと思うこともあるんだよ!?」
「あ、はい、すいません」
突然の剣幕に俺は思わずメガネを差し出してしまった。
ほわぁ……などと意味のない声をだしながら、ちなみちゃんがメガネをうやうやしく受け取る。それから自分のメガネをはずして、つけかえた。
そこにいたのはもう別人だった。
姿見の前に立ってポーズをとるちなみちゃん(?)。
胸は大きく膨らみ、腰はきゅっとくびれ、お尻はスカートがはちきれんばかりに。身長まで大きくなり、顔のほりが深くなったりと骨格さえも変わっていて、ハリウッド女優のようだ。こうなると、メガネのデザインが浮いてしまっている。
「また極端な」
「い、いいでしょう!? おっきな人にはわかんないのよ! うわわーん!」
ま、まぁ、確かに。成人を大きく超えてなお小学生と言っても普通に通じるような容姿では、ずいぶんとコンプレックスに悩まされていることだろう。
「あの、なんかすいません」
「あ……ううん、いいの。ホントのことだから……」
沈んだ声で答えながら、先生は再び姿見に向かう。途端に鼻歌が漏れ出した。
……忙しい人だな。
「……で、なんだっけ」
「……」
愛美にとぼけた接ぎ穂を差し出したのはわざとだ。
何の解決にもならないことはよくわかっているが、かといって着地点も見えないまま話を進めたところで泥沼に沈んでいくだけだし。
愛美もそれがわかっている、かはわからないが、ため息ひとつで済ませてくれた。
「なんか空気おもいよー」
「誰のせいだと思ってる」
「え?」
メガネかけてると便利なフィルターも自動でかかるのかね? なんて皮肉を言いかけてやめた。
よく考えたら、この部屋の中でメガネをかけてないのは俺だけだった。
ホントに見事なまでのメガネ着用率。
「さて、話もひと段落ついたところで? ひとつはっきりさせておきたいことがあるんだけど。この子はいったい何?」
今まで黙っていた木林先輩がおもむろに、たまみを示して疑問をぶつける。
もちろん答えられる人はいないのだが。
「メガネの女神でーす」
本人はにこやかに答えるが、これは望まれた答えじゃない。誰も証明できないし、それ以上に信じる人のほうが少ないだろう。まぁ、否定しきれない、というのも認めざるを得ないのだが。
愛美はため息をひとつ。
誠司はPCのモニタに向かったまま我関せず。
ちなみちゃんはまだ姿見に向かってデレデレしている。
自然、木林先輩の視線は俺の方へ向く。
当然、俺は答えなんかもってない。
ので、仕方なく、芝居がかったしぐさで肩をすくめて見せた。
「メガネの女神……名前は?」
「たまみでーす。こうちゃんにつけてもらったの」
「なんだ、そうなの」
「うん?」
「神っていうから、もっとずっと昔からいる神様なのかと思っちゃった。名前もないような神なら、ほとんど妖怪みたいなものね」
「ひどっ!?」
「妖怪!? こわい!」
言葉の響きだけで怖がれるのは一種の才能じゃないでしょうか、ちなみちゃん先生。
しかもそのダイナマイツバディを縮こませてガタガタとふるえるのは、なんだかちょっとカッコ悪い。
ちなみちゃんは極度の怖がりだ。今みたいに言葉ひとつでがたがたとふるえだすほどの。
木林先輩は、そんなちなみちゃんを怖がらせて楽しんでいるふしがある。それだけならまだしも、楽しむだけ楽しんだらとっとと帰ってしまうのは勘弁してほしい。後でなだめるのは大変なんだから。まぁ、いつもは誠司の役なんだけど。
「はいはい、怖くない怖くないヨー」
などと言いながら、俺はちなみちゃんがかけていた例のメガネを取り上げた。
途端に幼児体型に戻るちなみちゃん。シュールというより、もはやギャグだ。
ちなみちゃんはふるえる手で自分のメガネをかけなおし、あらためてたまみに視線をむける。
「……ホントに怖くない?」
「う、うん! 怖くないよ!?」
一瞬は傷ついた様子を見せながらも、たまみは満面の笑顔を返している。ちょっと健気。
というか20代も半ばを過ぎた人のしぐさじゃないです、ちなみちゃんセンセイ。
「神様ならよくて妖怪だったらダメっていう感覚がわからないわ。日本においてはほとんど同じものでしょうに」
「そうは言っても……神様ならいいひとっぽいし、よ、ようかいならワルモノっぽいし」
「そういう善悪二元論的な発想に行きつくのは数学教師だからなの? 0か1かみたいな」
また木林先輩のちなみちゃんいじりが始まった。
先輩本人はあれで楽しんでるんだろうけど、ふっかけられるちなみちゃんにしてはたまったものじゃないだろう。
いつもなら俺か誠司がちなみちゃんに助け船を出すところだが、あいにくと今日の俺はそんな気になれない。
「そもそも日本じゃ明確な線引きはないのよ? 神様だって祟りは起こすし、妖怪だって人助けをすることもある。そういう違いを理解しないままただ怖がるというのはなぜ? なんだかよくわからないから怖い? それとも、もしかして見た目で判断してる?」
「あうあう……」
たじたじと後じさりしそうな勢いのちなみちゃんは、俺や誠司に物言いたげな視線を飛ばしてくる。
誠司はため息をひとつついてから、ちなみちゃんと木林先輩に向き直った。
まぁ、あとは誠司に任せよう。
問題は愛美の方だ。
「……」
相談をほったらかしにして他のみんなと遊んでいたからか、ものすごいジト目でにらまれている。
うーん、話は終わったというか、棚上げにしてくれたと思ったんだが。
まぁ、だからといって、愛美自身を放置していい理由にはならないだろうけど。
フォローはしなくちゃいけないかなぁ、やっぱり。
などと考えつつも、俺はその代わりに。
「ちょっとタンマ」
「たんま、ってなに?」
「すこし待ってくれってことだよ」
ドアの方からノックの音が聞こえてきたような気がしたのだ。
俺は立ち上がってドアの方へ行く。
「ネットによると、英語のタイムアウトがなまったとか、体操競技で手に付ける滑り止めの炭酸マグネシウムの略だとか、説はいくつかあるみたいだな」
「「へー」」
ゆっくりと開けたドアの外には、ひとつ上の学年の女生徒が立っていた。黒いハーフリムのメガネをかけている。フレームは細くもなく太くもない程度で、上側にフレームがある眉型とも言うタイプだ。長い髪を三つ編みでひとまとめにし、淡い赤のリボンがワンポイントになっている。
「おや森本先輩、お久しぶり」
「うん、こんにちは。今、いいかな?」
「え……っと」
愛美に目を向けると、愛美は黙ったまま軽くうなずいた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「よかった。あのね、新しい土が届くんだけど、運ぶのを手伝ってほしいの。お願いできるかな?」
「ええ、もちろん」
いいタイミングだ。
この場を抜け出すことができるなら、依頼の内容は何でもよかった。問題を先送りにしてるだけかもしれないが、すぐに解決できる問題じゃないし、そうする必要もないのだ。
部屋の中を振り返って愛美を見る。きょとんとしている愛美に、たまみをつれて帰ってくれと言おうとして、やめた。さすがにこの流れで頼むことではないよな。
「あとよろしくー」
そう言い残し、部屋を出てドアを閉めた。
ドア越しに愛美のため息が聞こえてきたような気がしたけど、聞こえなかったことにする。
「……いいの?」
遠慮がちに森本先輩が聞いてくれる。
俺は大丈夫ですよと言ってさっさと歩きだした。
森本先輩は園芸部で、土というのはホームセンターあたりに配達してもらったのだろう。
これまでにも何度か同じような手伝いを頼まれている。いうなればお得意さんだ。報酬もすでにもらっていたりする。学校前にある定食屋アサノの食券、お得な11枚つづりをひとまとめで。うちの学校には学食なんてものがないので、この定食屋をお昼に使ってもいいことになっているのだ。そんなわけで、食券での報酬はかなり助かる。そういう意味では、お得意さんの中でも上得意と言えるだろう。
「それで、いくつ頼んだんです?」
「あ、えっとね。今回はプランターの土を入れ替えるから、ちょっと多めで5袋頼んだの」
「てことは、50キロですか」
さすがに女の子ひとりではきついだろう。まぁ男でもきついけど。
しかも土の入れ替えとなると、届いた土の運搬だけではないはずだ。入れ替え先の土を掘り返し、その土を廃棄しなければならない。学校の周りは山だから廃棄場所には困らないが、そこまで運ぶことも必要だ。
そう考えると、ふたりでもけっこうな重労働だ。
「園芸部は相変わらずおひとりで?」
「う、うん。部員募集のポスターとか、掲示板に貼ったりはしてるんだけど……」
新入生たちも、もう入る部活はほとんど決めてしまっている時期だ。となると帰宅部の中から転向してくれる人を見つけなければならないが、まぁ難しいだろう。
「先輩が卒業しちゃったらどうなるんですかね」
「さぁ……わかんない。普通に考えたら廃部だと思うけど……学校中の花壇の手入れとかもやってるから、新入部員が入るまで休部扱いにしてくれるかも」
「そうなったら、花壇とかどうするんです?」
「用務員さんがやってくれるのかな? あとは委員みたいなの作って分担したりとか……美化委員みたいな」
「はー、大変ですねえ」
「鏡屋くん、さ」
「はい?」
「園芸部に入らない?」
「無理ッス」
「そうだろうなーとは思ってたけど……少しくらいは悩んでほしかったかな」
そんなふうに言いつつも、森本先輩は特に気にしてる様子もなかった。
昇降口へ向かって廊下を歩いていると、途中で校長先生を見かけた。周りをきょろきょろと見渡している。何かあったのだろうか。
「こんにちわ」
「ああ、はい。君は鏡屋くんだったね。それに森本さんも。こんにちわ」
この校長は必ず名前を呼んでくれる。どうも全校生徒の顔と名前を憶えているらしい。毎年、100人単位で入れ替わるというのに、たいしたものだ。
そんなわけで生徒からは結構人気があったりする。式や行事でのあいさつも短いし。
「何かお探しですか」
「ん? ああ……いや。ちょっと見回りをね。ふたりは部活、かな?」
「あ、はい。注文していた土が届くので」
と、森本先輩が応える。
校長は笑顔でうなずいている。
「鏡屋くんは手伝いに?」
「はい」
校長は俺の便利屋のことも知ってるらしい。文句や物言いがないってことは、少なくとも目はつむってくれているようだ。ありがたいことだ。
「そうか。……森本さん、花壇の手入れ、いつもありがとう。季節ごとの花を楽しませてもらっているよ」
「いえ、そんな」
にっこりと笑った校長先生は、じゃあ活動がんばって、と言い残して歩いて行ってしまった。
俺と先輩はそのまま校門へ向かう。
校門へ着くと、業者の人はすでにきていて、車から土の袋を下ろしているところだった。
「お疲れ様です」
「毎度どうもー」
森本先輩は顔見知りなのだろう。慣れた様子で挨拶し、手続きを進めている。
「これ、もう持って行っていいですか?」
「あ、うん。お願いするね」
「へーい」
土の袋をひとつ肩に担ぎ、もうひとつを小脇に抱えて園芸部の活動場所へ歩き出した。
さすがに20キロは重いな。
2袋を運び終えた俺は、花壇の脇に用意してあった手押し一輪車と一緒に校門へ戻る。
一輪車に土の袋をひとつ載せると、それを先輩が押し運ぶ。俺は残っている2袋を担ぎあげて、その横に並んだ。
「そういや先輩」
「うん?」
「園芸部って、花以外は育てちゃダメなんですかね?」
「え? どうして?」
「食べ物とかどうなのかなって。野菜とか果物とか」
「どうなんだろう。考えたこともなかったけど」
「もしいいんだとしたら、ちょっと考えたくはなります」
「どうして?」
「ウチの食卓に彩が増えるかなーって」
「もしかしてちょっと切実?」
「まぁ、少し」
「家庭菜園とか」
「日当たりのない物置みたいな庭しかないんですよ。ベランダは一応ありますが、あれこれ置けるほど広くないし」
「そうなんだ」
ま、言ってることの半分は冗談だ。先輩もそれがわかっているのか、本気で検討している様子はない。
ただ、もう半分くらいは本気のところもあった。
先のことはわからないが、少なくともしばらくの間は確実に口が増えるわけだし。
とはいっても、育て始めてから収穫できるようになるのに、最短でも2~3ヵ月はかかるだろう。すぐに効果のある手段でないことはわかっているから、あまり積極的に気持ちが動いてない部分のほうが多かった。
「なかなか難しいですねえ」
「そうだね」
園芸部の活動場所につくと、土の袋を積み上げて、用意されてあったショベルを手に取った。
「そんじゃ、始めますか」
「うん」