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めがぱらっ!  作者: 緋村豪
第二話 「メガネの秘密」
7/24

-1-

 愛美のヤツ、最近はもうずっとピリピリしっぱなしだなぁ。

 主な原因は例の自称女神(仮)なんだろうけど。

 その矛先が、ほぼ俺に向くってのが理不尽だ。


 自宅の1階にある店舗スペースで、俺はため息をついた。

 自称女神(仮)がこの家に居ついて(憑りついて?)から、数日が経っていた。


 今日は日曜日。


 学校のない日は、店の手伝いをして過ごすことが多い。客なんてほとんど来ないけど。これがバイトなら気楽でいいんだけどな。

 もう一度ため息をつきそうになって、俺はどうにか飲み込んだ。


 しかし、愛美ってあんなに神経質だったかなぁ。もう少しおおらかだと思ってたんだが。まだまだ知らないことがたくさんあるってことなんだろうか。

 考えてみれば、愛美との付き合いもずいぶんと長い。

 思い出せる古い記憶には、たいてい愛美がいた。


 そのころにはもう、俺には母親がおらず、愛美には父親がいなかった。

 俺の母親は、ガンだったと聞いている。若い頃のガンは進行が早く、気づいた時にはもう手遅れだったらしい。優しい笑顔を浮かべた女性、という色あせた写真のような記憶だけが、かすかに残っている。

 代わり、と言ってはなんだけど、俺には愛美がいた。愛美の母親の加奈子さんもいた。だからだろうか、悲しいという感情はあまりない。


 愛美も加奈子さんも、食事はたいていこの家でとる。寝るときはさすがにアパートへ戻るけど、それ以外の時間はほとんどこの家で過ごしている。加奈子さんは近くの病院でナースをしているので、仕事中はもちろんいないけど。

 ようするに、ふたりは家族のようなものだ。


 つまり自称女神(仮)は、その家族に突然割り込んできた闖入者(ちんにゅうしゃ)なわけで。

 人によっては、拒絶反応を示してもしょうがないのかもしれない。

 とは、いえ。


「しょうがない、のかなぁ……」


 今朝のはさすがにどうかと思う。


 朝食の席にて。


「……なぁ」

「なに?」


 食卓についているのは、愛美と加奈子さん、オヤジ殿、そして自称女神(仮)。

 ちなみにイスは4つしかない。

 床に正座する俺。

 その前には、みかん箱に載せられたご飯、味噌汁、三つ葉のおひたし、たくあん。


「これは、なに?」

「朝ごはん」

「うん、そうな。確かに朝食としてはバランスがとれている。あとは魚か納豆か卵でもあれば完璧だ」


 腕を組んでうむ、とうなずく。

 見るからにうまそうだし、実際にいい匂いだ。


「って、そうじゃなくて! なんなのこの扱い! ひどくね!?」

「だって」

「だって、なんだよ?」

「だって、この子と一緒に寝てるんでしょ?」

「誤解だ!」

「だいたいあってる」

「話をややこしくするな! こいつは押し入れ!」

「神様をあんなトコに押し込めるのはどうかと思うな」

「おめーが勝手に乗っ取ったんだろうが! そんなこと言うなら神棚にでもいればいいだろ」

「なんてバチあたりなことを……こわいわー」

「あ?」

「他の神様(ひと)のいるところに無理やり上がり込むなんてそんなコト」


 俺は両手で、自称女神(仮)の頬をぐにぐにとひっぱりまわす。


「ど、の、く、ち、が、い、う、の、か、な!?」

「いひゃいいひゃい」

「人の家に勝手に上がり込んでなし崩し的に住み着いたあげく、食卓の席まで奪ったヤツの言うことか!」

「あらひはひひゃふぁはんははらひゃんほふやはっれふれはいろー」

「なに言ってんだかわかんねえよ」


 ひっぱりまわしていた手を放してやると、赤くなったほおをさすりつつうらめしげな眼で見あげてくる。


「あたし神様なんだからちゃんとうやまってくれないと」

「なにが神様だ。貧乏神か疫病神の類じゃねえの」

「ひどっ!? だいたい貧乏神や疫病神って、出て行ってもらうまでちゃんとおもてなしするものなんだよ?」

「じゃあちゃんとやれば出て行ってくれるのか?」

「お味噌汁おいしぃ~」

「てめぇ!」

「楽しそうだよね……」

「楽しくない!」


 愛美のとげとげしい声に振り返ると、ジト目でにらみつけられていた。

 その両脇では、オヤジ殿と加奈子さんが朝食をとりながらニヤニヤしている。

 愛美は俺の視線を受けて、これ見よがしにため息をついて見せた。


「どうだか」

「ホントに見てわからんの? 俺がこいつの相手するのにどれだけ疲れてるか」

「そういうわりには、朝になったらいつも一緒に寝てるよね……」

「こいつが状況をおもしろがってるだけだ!」

「そうかな」

「人外に欲情するほど落ちぶれちゃいねえ!」

「ひどっ! 全世界の人外フリークに謝れ!」

「はいはいゴメンナサイネー」

「でも見た目は普通の女の子じゃない」

「いやだから」

「おっぱいもんだりしてるし」

「事故だっつってんだろ!? わざとじゃねえって!」

「おっぱい大きいし」

「それは」

「おっぱい大きいし」

「……」


 もはや言うべきことが見つからない。

 ため息をつきたいのはこっちだぜ、と思い返しつつ、誰もいない鏡屋眼鏡店の店舗内でため息をついた。以上、回想終わり。


 ひととおり店内を見渡して、代わり映えのしなさ加減にまたため息をつきたくなった。

 相変わらず客が来ない。

 日曜日の昼前なんだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

 今の時間に出歩く人って、だいたいはお昼の用意とかだろうし。

 それにそもそも商店街自体の人出が少ない。外を眺めていても、数えるくらいの人通りしかないのだ。

 まぁ、それを俺が考えたところでどうしようもないのだが。


「預かったメガネの手入れでもするか」


 引き戸をあけたまま奥の部屋にあがりこんで、TVをつける。

 いらなくなったからと誠司が貸してくれたDVD対応のゲーム機に、これもまた誠司に借りたアニメのDVDを投入して再生する。何度か観て内容は頭に入っているが、音楽の代わりだ。

 店内が見える位置に腰を落ち着けると、お客から預かったメガネを入れてある段ボール箱を引き寄せた。


 手入れなんて言っても、実際にやれることといえば拭いたり洗ったりくらいのものだ。俺も知っているお客のものならある程度は調整もできるが、ここにあるものはどれもそうじゃない。

 メガネを拭きながらぼけっとアニメを流し見していると、自称女神(仮)が自分の家にいるような足取りで部屋に入ってきた。


「なにしてんのー?」

「店番」


 ごく自然な動作で隣に座りこみ、テーブルに肘をついてアニメを見始める。

 俺は手を止めず、自称女神(仮)を見るともなしに見ていた。


 実際のところ、いったいなんなんだろうなこいつは。

 例のメガネについてはもちろんそうなのだけど、それ以上に不思議なのが、ここにいるのが当然のように振る舞っていることだ。そして、あまり反発していない俺自身。オヤジ殿や加奈子さんも含めて、なんとなく受け入れてしまっている。明確に反発しているのは、愛美くらいのものだ。


 冷静に考えれば、愛美のような対応が当然の反応なのだ。

 新しい友達、程度ならともかく、生活圏の中に侵入してくるのでは話が違う。

 なのに、だ。

 そういえば、学校でも同じような対応になっている。部外者のはずなのに、退去させるどころか口頭での注意さえしていない。

 神を自称していることと、何か関係があるのだろうか。


 考えたところでわかるはずもなく、聞いたところで答えが返ってくることもなし。


「ああ、そうだ」

「んぅ?」

「名前、どうするかな」

「え?」

「いつまでも、おい、とか、おまえ、では不便だし」

「つけてくれるの?」

「今まで通りでもいいってんなら、おいでもおまえでも、自称女神(仮)でもいいけど」


 表情が輝く、とはこういうことをいうのだろうか。自称女神(仮)の顔に、笑顔が広がっていく。

 こういう素直なところはかわいいと思うんだけどな。それ以上にめんどくさいからいかんともしがたい。


「ねね、どんな名前? どんな名前?」

「自分で名乗ってもいいんだぞ」

「こうちゃんにつけてもらうのが大事なんだよ!」

「なんだそりゃ。まぁいいけど……んで、どんなのがいいんだ?」

「特別変なのじゃなければなんでもいいよ」

「と言われてもな」


 なにかアイデアがあって言い出したことでもないし。とっかかりみたいなものでも出してくれれば考えやすいのだけど、というつもりで聞いてみたら丸投げされてるし。

 うーん。


 自称女神(仮)に目を向ける。

 キラキラと目を輝かせて、期待に満ちた表情を俺に向けている。

 メガネの女神様、なんて自分で言っていたっけ。初めて会ってから数日経っているが、それ以外のことはいまだにまったくわからない。

 ああそうだ、理想の体型になれるメガネなんてものを持ち出してきたっけ。どこからか持ち出してきたのか、自分で作り出したのかはわからないけど。


 でも、それだけじゃネーミングのタネにはなりそうもない。

 自称女神(仮)から視線を外して、部屋の中を巡らせる。

 これと言ってネタになりそうなものは見当たらない。


 開け放ったガラスの引き戸を越えて、眼鏡店の中へと視線を進める。

 いくつかのガラスケースに、フレームを飾ったショーケース。壁には視力測定用の表や眼科検診の啓発ポスターなどが貼ってあり、天井際には神棚が祭られている。

 祭神は玉祖命(たまのおやのみこと)だ。もとは勾玉を作る神様だったのが、宝石や時計、カメラやメガネの業者なんかに信仰されるようになった、らしい。

 商売繁盛の神様じゃないところが、なんというかオヤジ殿らしい。


 ふむ……たまのおやのみこと、か。


「たまこ」

「それはちょっと」

「なんだよ。不満か?」

「不満っていうか……なんとなく?」

「わがまま言いやがって」

「いいから」

「んじゃー、たま……たま……」

「たまたま!?」

「言うと思った! ……たま、み。たまみでどうだ」

「たまみ……」


 かみしめるようにつぶやいた瞬間、周囲から集まった光がたまみの体に吸い込まれていくように見えた。

 錯覚、だろうか。

 それにしても、驚いた。その錯覚にではなく、そんなものを見たのに特に驚いていない自分にだ。


「なんか……」

「どうした。気に入らないか?」

「レベルアップした気がする!」

「……は?」

「なんかね、ちからが湧き上がってくるような感じ!」

「テンション上がってきた、とか?」

「よくわかんないけど、たぶんそんな感じ!」

「なんだそりゃ」


 まぁ、喜んでくれたようで何よりだ。

 再びメガネみがきに戻りつつ、気のない調子でたまみに水を向ける。


「んで、レベルアップしたらなんかあんの」

「なんかって?」

「そりゃおまえ、神様がレベルアップしたんだから……ご利益とか?」

「んっふっふー」

「なんだよ気持ち悪いな」

「ついにこうちゃんもあたしのこと、神様って認めてくれるようになったんだなーって」

「べっつに認めたつもりはないけどな」

「なにそれひどっ」


 たまみがぷーっと頬をふくらませたところで、アニメ1話の再生が止まった。コントローラを取り上げて操作し、2話目を再生する。


 正直に言うと、半分認め始めている俺もいる。

 例の体形が変わるメガネのこともあるが、それ以上にたまみがここにいることに違和感を覚えないせいだ。

 本気で神を自称するヤツなんて、精神に異常があると思われるのが普通だ。そこまで行かないにしても、厨二病とか言われて笑い飛ばされる程度の扱いは受けるだろう。


 そのはずなのに、おかしいとも異常だとも思わなくなり始めている。

 そういう意味では、かたくなに拒絶し続けている愛美のほうが、むしろ正常と言えるんじゃないだろうか。

 要するに、だ。

 なにかこう、人知を超えた、不思議な力が働いているんじゃないかと思ってしまうのだ。


「……」

「なに?」


 いつのまにか手を止めて、たまみの顔をまじまじと見つめていた。

 ふっと軽く息をついて、作業を再開する。


「別に」

「なんかムカツク」

「知らんわ」

「んむぅー」


 ただ、こいつは決して悪いやつではない、ということだけは確信している。

 いちいち何かにつけて質問してくるし、少しでも興味をひくものがあればすぐに絡んでくるし、なにかといえばメガネをかけさせたがるし、そういう部分はうっとうしいし、めんどくさい。はっきり言って、ウザい。


 それでも、悪気がないことだけはわかる。

 だからだろうか。

 不思議な力が働いて俺の心を変化させている、などというファンタジーなことが本当にあったとしても、まぁいいか、なんて思っていたりする。

 別にかわいいからとか美少女だからとか、おっぱいが大きくて無防備に押し付けてきたりするからとかではない。そういうことでは決してないのだ。うむ。


「なにかわかりやすいご利益でもくれれば信じてもいいぞ」

「はいっ、ムチャ振りいただきましたー!」

「別にできなくたって、扱いは今までと変わらないから安心しろ」

「できないなんて言ってないし!」


 言うと同時に、たまみは自分の胸元に手を突っ込んだ。腕を動かすたびに白い半球がふにふにと形を変えて、非常にけしからん。眼福、いや目の毒だ。


「じゃん! かけるとお客がくるメガネー!」

「……アホらし」

「ぬあ! ひどいよこうちゃん! 自分が出せって言ったのに!」

「メガネかけただけで客が来るなら誰も苦労せんわ」

「ふふ~ん、だからこそのご利益! ささっ、かけてみ?」

「わかったわかったから、いちいちひっつくな!」


 体を押し付けてメガネをかけさせようとするたまみを押し戻しつつ、持っていたメガネを取り上げて自分にかける。もちろん度は入っていない。


「これでいいのか?」

「はわー……やっぱこうちゃんメガネ似合うわー……んっ、ナイスメガネ!」

「んなほめ方されてもうれしくねえっつの。これ、度が入ってないけどいいのか」

「うん?」


 もちろん俺としては度は入っていないほうがいい。まともに見えなくなるし。

 だが、メガネ好きというのはえてして伊達メガネを嫌う人が多いのだ。その辺の理由は、俺にはよくわからんが。以前そんなことを誠司が語っていたような記憶がある。


「メガネの女神サマとしちゃ、伊達メガネってのは許せないものだったりしないのか?」

「あたしはすべてのメガネを肯定するわ! だってメガネの神様だし!」


 ドヤァ、なんて書き文字が現れそうな顔だ。うぜえ。


「んで?」


 効果はいつ出るんだ、と聞こうとしたら、店の入り口の引き戸が開けられた。


「え、うそだろ? もう!?」

「あはん、さっすがあたしのご利益。千客万来!」

「うーっす」


 気の抜けた挨拶をしつつ入り口に立っていたのは誠司だった。

 俺は無言でメガネをはずして放り投げる。


「わぁっ! ちょ、ひどっ!?」

「客と言えば客かもしれないが客じゃねえ!」

「おいおい、何の話かはわからないけど、ずいぶんな言い草だな」

「あ、ああ、悪い。さっき、こいつが出したメガネのことでちょっとな」

「前に出した、体形が変わるメガネみたいな?」

「まぁ、そんな感じ」

「うー、ひどいよこうちゃん。せっかく作ったのに」


 たまみは俺が放り投げたメガネを拾い上げて、どこかゆがんだりしていないかいたわるように確かめている。

 誠司は遠慮もせず部屋に上がりこむと、カバンから取り出したDVDケースをゲーム機の横に積み上げた。またいらなくなったDVDを何枚か持ってきてくれたようだ。


「いつも悪いな」

「気にするな。俺はBD版買ったからさ。布教みたいなもんだ」


 全部出し終わった誠司は、俺やたまみと同じようにテーブルについた。

 そのうち家事を終えた愛美も降りてきて、お茶を出すくらいはしてくれるだろう。俺がわざわざ動いてやることもない。そのまま作業を続ける。


「で、体形が変わるメガネのことなんだけどさ」


 と、誠司が切り出した。

 ここ数日のあいだ、もう何度も繰り返し続けてきた話題だ。

 しかし、結局なんの情報も結論も引き出せずに終わる話題でもある。

 俺も最初は誠司と一緒になって質問をしていたが、もう無駄だと思って参加しなくなった。誠司がこうしてたまみの相手をしているうちは、こっちにからんでこなくなるから楽でいいし。


 誠司とたまみのやり取りを聞きながら、店舗内を越えて表に目を向ける。

 今日も客はあまり来そうにないなぁ。

 あ、そういや、名前つけてやったことも言っておかなきゃな。

 たまみが出したメガネのことは、もう頭の中から完全に抜け落ちていた。


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