第四邪
「おマエ……オレに何を、シた。アタマが、焼けル……」
妖鬼というのは、頭が良く、油断なく隙を伺い、魔法で翻弄、近寄ってきたら迎撃をしてくる。
全体的に力のバランスのいい種族だったはずなんだが……。
この妖鬼、もしかして馬鹿なんじゃないか?
意気揚々と羽織っていた毛皮を脱いで筋肉で膨らんだ頑丈そうな上半身をさらけ出し、魔法を一度も放つ事なく、尚且つ無手でまっすぐに格闘戦で攻めてくる妖鬼。
当然、その腕力たるや直撃すれば岩をも砕く、鬼にも匹敵しそうなほど恐ろしく強力なものだが、当たらなければどうという事はない。
お前、魔法を囮に相手を誘導して、その必殺の一撃を喰らわせるのが必勝パターンなんじゃねぇの?
そんなアドバイスする必要はないから言うつもりはないけれど。
さて、そんなこんなで、自分の特技を自分で制限した哀れな妖鬼に数撃のジャブを脇腹や腹部。
首周りに打ち込んだところで、やっと妖鬼の動きが鈍くなる。
やっと毒が回ってきたのか。
人間の構造的に血液が一番集中する場所に向かって、手甲に仕込んだ毒針を打ち込んでいたのだが、妖鬼に対しても上手くいったようで良かったぜ。
もともと赤みの差していた肉体は薄暗い篝火の明かりでも、変化が分かるほど赤く染まっている。
毒といっても、致死に至るものではない。
俺がこいつに打ち込んだ毒は、俺や傭兵連中も良く利用する汎用性の高いクスリだ。
困った時に使える良いクスリだ。
他の毒に耐性があって効かなかったら困るから、濃くて、魔族が知っていそうにないものを使った。
正常な思考を奪う為に使ったんだが、ちゃんとこいつにもしっかり効いたようだ。
んーでも、こいつはリリスに見せたくねぇな……。
赤みを帯びた肌、上気する頬、潤んだ瞳、聳り勃つ大きなアレ。
確かに、妖鬼には『媚薬』は不要だなぁ。
「ウゴアアアア!!」
思考をすっ飛ばした素直な攻撃が俺を襲う。拳ではない。ホールドだ。捕まえる事を目的とした、力強いハグ。俺はそれを必要以上に大きく避け、大岩の下に飛び降りる。
そこはゴブリン達が、集まり、俺の落下を待っていた状態で止まっている。
俺の着地と共に襲いかかる雑魚達、上から追ってくる妖鬼。俺は勢い良くその場から離れ、妖鬼の着地による土埃に紛れて再び大岩に駆け上がる。
下からは大きなゴブリンの悲鳴と、獣のような妖鬼の唸り声が響いた。
何が行われてるかは考えたくないが、作戦は大成功。
何発かあいつを殴って分かったが、予想通り硬すぎて俺ではあの妖鬼を倒しきれない。
しばらく追ってこないように毒を使い、人質を救出する時間を稼ぐのが精一杯だった。
「おい、立てるか。」
青い顔をして、呆然と俺たちが落ちていった岩の鼻先を見つめていた男に、声をかける。
驚いたような表情で、非常に混乱している様子が見て取れる。
「あ、ああ。……貴方は……私を、助けてくれる、のか?」
「……行くぞ。」
時間がないので、返事を無視して男を肩に担ぐ。折れている片腕が辛そうだが、我慢してもらわなければならない。
リリスがいたら状況は違っていたんだがなぁ。……何やってんだ、あいつ。
負担をかける事になるが、あいつが正気に戻る前に出ないといけないので、全速力だ。
男が苦痛に耐える小さな悲鳴を聞きながら、俺は大岩から飛び、壁伝いに出口に向かって駆け出した。
◆◆◆
私は徴税官だ。
冒険者の一団から、新しく出来た街道の中程に村があるという話を聞いて、護衛を数人雇いその様子を見に来たのだ。
しかし、その道中、私達はゴブリンやオーガ、そして妖鬼といった魔物に襲われた。
歴戦と名高かった傭兵の護衛はよく戦ってくれた。
ゴブリンを難なく倒し、オーガには少々怪我を負いながらも倒した。
しかし、残された妖鬼の男はそれを嘲笑うかのように彼らを屠った。
振るわれた太い腕と剣が交わると、剣が粉々となり、続いて護衛の青年の頭が破裂した。
傭兵達はそれに狼狽えない。
静かに闘志を瞳に宿し、妖鬼の隙を窺う。攻撃を受けないように立ち回る。
だが、そんなものは児戯でしかないとばかりに、巨体を俊敏に動かして胸を貫き、首をねじ切り、腕の一振りで体が上下に分断された。
残ったのは、一人震えている私だけだった。
「お前、貴族とやらか?」
言葉を解する魔物。それを我々は魔族という。
魔族は魔王の僕である。
昔学んだ知識が、そうした事実を私に伝えてくる。
しかし、そんな事はどうだって良い。私は生き残る為に必死で考える。まず大事なのは、命の綱を握っているものに逆らわない事だと直感する。
「は、はい! 私はアスタロトの中流貴族です!」
「中流かは知らん。だが学はあるよな、お前の知っている情報をオレに教えろ。暫くは生かしておいてやる。」
私はそれに素早く首を振る。勿論、縦に。
そこにいるのは刹那の生に縋る哀れな人間であった。
国の為に、街の為にと必死で学問を得て、公平な徴税官として人々の情報を集め、少しでも過重な税によって不幸となる人を減らそうと、理想を掲げる男の姿はすでに消えていた。
私は魔族が魔王の僕と知りながら、生きる為に妖鬼に情報を与える、人間の裏切り者となった。
数日が経った頃だ。
私はあれからずっと森の中程にあるゴブリンの洞窟で生かされている。
おそらく捜索隊も出ていない。
私は街を出る前、書記に半月は戻らないと伝えてしまったのだ。村があるという場所を調べるのは、あくまでも目的の一つでしかなかった。
村があった場合、街道を繋ぐ街のどちらが徴税するのかを調整せねばならなかったのだ。
村までの道中に半日、村に1日。先の街までの移動に半日。あちらの徴税官との対話には大きく見積もって5日、そして、帰りの移動に1日。徴税がこちらで担当する事が決まれば、その道中に税率の決定をする為に視察として数日が必要だ。
そうしたプランを伝えてしまっているからこそ、捜索は確実に行われていないと分かる。
なお、あちらの徴税官には今回の件は伝えていない。
飲みの場で冒険者の話を聞いて得た不確定な情報な為、万が一見つからなかった場合、あちらの徴税官から、冒険者の情報に踊らされた貴族だと侮られてしまうからだ。
私は誰にも魔族の拉致を知られる事なくここにいる。
小出しにしていた情報も絞られ、用済みとなれば、おそらく私は近々始末されることだろう。
誰にも知られることはなく。
私を守ろうとして戦った傭兵達のように、死んだ後は身につけているものが剥ぎ取られ、妖鬼の魔法で焼かれ、血すら蒸発し、残るのは焼けた砂がガラス状になっている地面のみ。
そこにさっきまで存在した事さえ分からなくなってしまう。
今日もいつものように目が覚める。
ゴブリンの酷かった匂いは、すでに慣れた。薄暗い、小さな篝火の部屋にも慣れた。
情報を聞きに来る妖鬼の機嫌を損ねない為の応対にも慣れた。
だが、一つだけ慣れないものがある。
食事だ。
悪いわけではない。むしろ、良すぎた。
新鮮な野菜、肉のスープ、そして黒パン。
それを見れば見るほど、私は酷く悲しく、申し訳なく感じてしまう。
この食事は、私が視察に向かうはずだった村で奪ったものだそうだ。誰にも知られていない村であるから、妖鬼の指示で、襲う事なく生かさず殺さず村から食料を供給させているそうだ。
今の私と、彼らは同じなのだ。
いや、私の方がもっと酷い。
彼らの食事を私は口にする。生きる為に、刹那の生にしがみつく為に。
これを食べた時、私は人間だという実感を得るとともに、私は人間を裏切っているという事を再認識させられる。
今日もまた、隠していた情報を妖鬼に渡してしまった。絶対に言うべきでなかった情報を。
街にいる戦力。
高ランク冒険者の人数と、分かる範囲の特徴。
最近現れた、女勇者の所在について。
「そいつは警戒しとかなきゃいけねぇな。」
妖鬼は不敵に笑い、人間に擬態出来る魔族について私に話した。何故そんな情報を話すのかと考える内、私はそれを意味する答えに行き着く。
この妖鬼は、その魔物を使い、勇者を暗殺するつもりだ。
勇者とはいえ、聖剣を持たず武装していなければただの人間。油断している場であればナイフでも殺す事は不可能ではない。
妖鬼は機嫌よく洞窟から出て行った。
褒美にまだ生かしておいてやると言われ、安堵した自分を殺してやりたくなった。
……それでも私は死にたくなかった。
その翌日。
街に放たれた擬態出来る魔物が全滅したという愚痴を聞かされる事になった。
どういった表情で対応すればいいか分からず、苦笑するしかなかった。
今日、転機が訪れた。
妖鬼が洞窟に現れ、勇者不在の裏を取ったと言い放ったのだ。どのような方法を取ったのかはわからない。
だが、その情報を元に奴は兵を集めると言った。
近隣にいる魔物たちをこの洞窟に集めた後、全軍でアスタロトの街に攻め入るとの事だ。
ゴブリン、ホブゴブリン、オーガ、サイクロプス。
森の中に住む、好戦的な者だけを選び襲わせるのだという。
何のためなのかは、軍人でない私には分からないが、おそらく魔王軍が関わったものではない魔物の暴走。
つまり災害だと思わせたいのだろう。
魔物が集まり切る夜が楽しみだと妖鬼は笑った。
妖鬼が横たわり、鼾をかいて寝ている様子を横目に見ていると、洞窟の外が騒がしくなった。
ゴブリンの唸り声や叫び声、それとは違う甲高い声が洞窟内に小さく木霊する。
暫くして、静かになると1匹の負傷したゴブリンが、広間に現れガブガブ叫ぶ。
ゴブリンリーダーは不在だ。他の魔物の道案内に行っているらしい。
言葉がわからない私には彼が何を言っているか分からなかったが、その切り口から襲撃を受けたのだと分かる。
妖鬼の鼻提灯が割れ、所々に屯しているゴブリンに、持って来いと叫ぶ。
ゴブリン達は駆け出して、ゴブリンの死体ともう一つの色の違う死体を数体持ってきた。
それは人間の、子供の死体だった。
妖鬼が何かを喋り、子供達をゴブリンが寄って集って喰らい始めてから私の記憶はない。
気を失っていたのか、呆然としていたのか。現実から目を背けていたのか。分からない。
ただ、それによって時間だけが過ぎていた。
妖鬼は外にいるゴブリンを洞窟内に集めていた。
襲撃してきた人間の村へ、勝手に攻め込ませるのを防ぐ為だという。
もう間もなく魔物はここに到着し、すべての仕事が終わった後に、あの村を滅ぼすとゴブリンに諭していた。
ゴブリンにそれが理解できるのかと少し疑問に感じたけれど、どうでもいい。
私は、私が渡した情報によって守るべきだった街を壊される事に漸く頭が追いついた。
目を背けていた現実に、目が向いてしまったのだ。
それももう、すぐそこに迫っている。
私は神に願った。
この世界で信仰される神様。誰でもいい。
どうか、この哀れで卑怯で、どうしようもないほど救われない私を、私の愛した街をお救いください。
願いが聞き届けられたのか……
それはどうか分からない。
妖鬼が険しい顔で呟いた。
「聖剣の波動。勇者が来たか……」
私にはそれが光明に思えた。
突然、妖鬼がこちらに目を向け、無言で近寄り右腕をぐしゃりと力強く掴む。
そのまま、広場の奥にある大岩へと飛んだ。
私ごと。
右腕が確実に握り潰されている。飛んで着地したショックでもう使い物にはならないと思えるほど私の腕は破壊されていた。
痛みは無い。猛烈な喪失感と、焼けるような熱さで私は何が何だか分からず、唸り声を上げるしかできない。
そんな時、岩の下に一人の黒尽くめの男が現れた。
ゴブリンの大群を目の前にした黒髪の長身の男。
勇者ではなかった。あんな人物は見た事が無い。
男はこちらを……いや、妖鬼を見上げる。
ゴブリン達を気にもとめず、堂々とその鋭い目を向けていた。
「なんだお前は、上にいる勇者の仲間か? おい! こいつは誰だ!!」
真面目な顔で私に問う妖鬼。握りが強くなり、忘れていた腕の熱さを思い出して、必死に答えを考える。
「ぐっ……、知らない。……見た事がない男だ。でも、恐らく、最近現れた勇者の従者ではないか?」
それらしい答えは言えたはずだ。
勇者は洞窟の外、上にいるようだし状況的に間違いないと思う。だが、そう漏らした適当な情報が本当であれば、私はあの者に救われる事が無くなってしまったのではないだろうか。
私は救いを求めるように、男に視線で懇願する。しかし、私の視線は冷酷な目で返された。
「ほう、勇者の従者か……。ならば上の勇者がそれに間違いはないだろうな。お前は運がいい。本来なら勇者が出張ってくるなら全てはご破算だ。お前は用済みで、俺は退散していただろう。」
妖鬼は俺に笑いかける。恐らく現れた男と勇者の始末はできると考えたのだろう。
その根拠は分からないが、不敵に笑うその表情は、それが現実となると私に伝えてくる。
そんな短い会話の間、下にいた男はゴブリンを避け、この大岩の場所へ到達していた。
壁を駆け上がってくるとは、一体どんな魔法を使っているんだ……
「勇者の従者よ。残念だったな。お待ちかねの、勇者はここに来れない様だぞ。」
……そうか。
上には魔物が集まりつつある。従者である彼は先に潜ってきたが、上では他の魔物と勇者が戦っているのかもしれない。それも、街を襲う手筈だった大量の魔物と……。
恐らく勇者は来ない。
勇者はこの男が妖鬼に倒された後に、多くの魔物と戦い消耗している最中に討ち倒される。
そして、状況が変わる事なく作戦は遂行されてしまう。
魔物による街の壊滅という災害が発生してしまう。
「そして、一縷の望みを持って来たのかもしれんが、お前にオレは倒せない。人間、オレをただの妖鬼だと思うな。普通の妖鬼なんかとは……格が違う。」
その言葉を最後に、私は右腕を引かれ、後ろに飛ばされた。
壁際まで転がされている。
解放された右腕は、見るとあらぬ方向を向き、折れているどころか、肉が伸びていた。
これは恐らく、二度と使えるようにはならないだろう。
妖鬼と対峙した男を見る。
男も長身だが、妖鬼の体はもっと大きい。
子供と大人のような体格差で、私の護衛を務めていた傭兵の最期を幻視してしまう。一撃、頭を破壊されて終わる瞬間を……
男は鋭い目をしていた。
この状況、この体格差を見ても不利としか思えない状況下で、彼は堂々としていた。そして、言葉を発する事なく、両の腕を広げ拳を固めた。
まさか彼は、剣ではなく拳で妖鬼と戦おうというのか……
「言葉は不要とでも言うのか。その意気や良し! 人間の格闘家が、妖鬼たるオレに挑むとは、中々に剛毅ではないか! 気に入ったぞ。」
その態度に、妖鬼は機嫌を良くする。
着ていた毛皮を脱ぎ、自らの筋肉を誇示する。
発達した筋肉が、その頑丈さを、強さを、速さを感じさせる。
私は諦念を感じざるを得なかった。
人間がこんな化け物に勝てるはずがないのだと……
そこで初めて、男は言った。初めて、力強い言葉を発した。
「人間の力、思い知れ。」
ーーー
私は今、男の肩に担がれ洞窟の出口へと運ばれている。
あの妖鬼との戦いで結局勝利したのはこの男のようだった。というよりも、あれは戦いですらなかったように思える。
一方的な戦いだった。
妖鬼の剛腕は振るうごとに空気を震わせ、一つ一つに必殺の力がある事は明白。
しかし、それを一撃も食らう事なく男は避けて見せた。
避ける度に、聞いた事もない轟音が場を震わせる。良く見れば音の発生源は男の拳。
私にも辛うじて、その拳が首元を打ち付けたのだと分かる。
轟音が一つ、二つ、三つと鳴るごとに妖鬼は動きが鈍くなる。ダメージが蓄積しているのだ。
そして、遂に妖鬼の体が動きを止める。
肩を怒らせ、呼吸が乱れ、皮膚が赤く染まる。
明らかな異常。
私は対する男を見る。
呼吸一つ乱さず、冷徹に冷酷にその様子を見つめている。このまま畳み掛ければいいというのに、妖鬼の様子をただただ、観察していた。
次の瞬間……
私は思わず身震いした。
場の異様な雰囲気に飲まれるように、寒気が生じる。
例えるなら、お尻の辺りから背筋にかけて貫くような不快な感覚。
思わず私は動く左手で尻を抑えた。
そんな行動をした理由は分からない。ただ、感じた事のない不快さと悍ましさに体が勝手に動いたのだ。
なんだというのだ。この状況は……
男の口元が少し歪む。
それが私には、人ではない悍ましいモノに見えてならない。
近くにいた妖鬼は、それを近くで感じたのか、聞いた事もない声で唸り声を上げ、ヨダレをぼたぼた落としながら男に襲いかかった。
横目に見た妖鬼の目はすでに正気のものではない。
彼は殴り掛かる訳でもなく、手を大きく広げて捕らえるように襲う。
あの豹変ぶりは普通ではない。
何か得体の知れないものが、彼の精神に異常を齎したように感じてならない。
それを齎したのが、あの真っ黒な男だとしたら……
本当にアレは人間なのだろうか!?
男が大岩の鼻先から飛び降りる。それを追うように妖鬼も飛び降りた。
降りる瞬間、妖鬼と目が合った気がした。
人間の敵であり私を攫った誘拐犯。
短い付き合いだったが、話せる相手が彼しかおらず、生き残る為に機嫌を読む必要があったから、それなりに感情を察する事が出来ていた。
そんな彼の瞳。狂った目の奥底に眠る彼の感情が読み取れた気がした。
『誰かオレを止めてくれ』
勘違いかもしれない。
だが、私にはそう思えてならない。
あれは彼自身の行動ではない。
狂わしたのは得体の知れない真っ黒な長身の男。
サッと血の気が減っていく。
私の中で、それ以外の何かが減っていく音がする。
見てはならない、得体の知れない冒涜的なものに遭遇してしまったような、そんな感覚が心の中を支配した。
「おい、立てるか。」
ぬっと、真横に現れる黒の男。
先程下に落ちたばかりだというのに、いつの間にかすぐ横に現れた。
そして、私を担いで軽々と壁を駆け下り洞窟の出口を目指したのだった。
全てが人間業とは思えなかった。
……いや、それくらいは出来るだろう。
この男の……いや、このお方の力ならば出来てしまうのだろう。
否応なく見せつける、魔族すら掌の上で弄ぶ絶対的な力。その力の片鱗だけで敵を狂わす冒涜的な覇気。
なぜ自らを人と偽り、勇者と共にあるのかは分からない。
しかし、このお方は神々の一柱であるのは間違いないと確信できる。
それも、この世界のものではなく、外なる神。
私の願いに応えてくれた、唯一の神。
私は信奉する。
生きて帰ることができるならば、このお方を祀る神殿を作るのだ。
何年掛かっても、邪神教徒と罵られようとも。
私はこのお方を、崇め続けよう。
「どうか、貴方の……お名前を教えて……貰えないでしょうか。」
我慢ならず、名を聞いてしまう。
私を背負い、猛スピードで駆ける最中だ。失礼ながら私はその欲望に逆らえなかった。
「……ルシファー・アザトゥルス」
「……ありがとう……ございます。」
私はその名を心に刻む。
そして、心からの安堵に、瞼が重くなる。
眠たくて堪らなかった。
意識を失う直前。
私は最後の光景として、洞窟の外、夕日に焼ける美しい世界を見た。
あとがき書こうとするとネタバレ書きそうで怖いの(´・ω・)
→本作品 初あとがき