第99話 第八王女
「ジイさんの幽霊が出た?」
「あふ……はい」
「ギルの祖父というと、あの伝説の剣神か」
アリスのお祖父さんの屋敷に訪れてから数時間後。
グレンセル砦から、ギルさんとラルフさんがこの屋敷に来ていた。
夜明け前に眠りについていた俺は、あまり眠れなかったので欠伸をしながら返事をしてしまう。
伝説になっているのか、アリスの祖父さんは……
剣神って凄い二つ名だな。しかしこの二人、徹夜みたいだけど眠くないのだろうか。
「アリスの話じゃ、最後は安らかに眠ったらしいから。未練なんか無いと思っていたんだがな……」
「ワシは幽霊なんぞ見たことがないからわからんが、姿を見せたということは、何かしら未練があったのだろうな」
「どうなんでしょうね……」
俺たち三人は、うーんと唸りながらそれぞれの考えを言葉にする。
だけどもギルさんは元冒険者で、ラルフさんに至っては姫を警護するただの兵士なので。こんな事は専門外だった。
結局考えは纏まらずに、この話は一先ず置いておく事になった――
「まぁそっちは坊主に任せるとして……」
「任されたくないんですけど……他に何か?」
「実は、俺とオッサンはラシュベルトに向かおうかと思うんだ」
「ラシュベルト……レティ……レティシア姫を連れて行くのですか?」
「いや、そうじゃないんだが」
ラルフさんは、自国とラシュベルト国の争いを回避するために。彼の国に向かい、話し合いをすることになったらしい。
本当は今すぐにでも、レティをバルトディアに連れて帰りたいそうだが。飛空船に乗るためには、ラシュベルトからじゃないと無理なので。
安全が確保出来たと確信できるまで、彼女を連れていくことは出来ないと言われた。
「それじゃ、レティシア姫はしばらくここに?」
「あぁ。坊主に護衛を頼みたい」
「それは構いませんが……」
そう返事をしながら、ラルフさんの方へと視線を向ける。彼はずっと俺のことを睨みっぱなしだった。
敵国になるかもしれない国で、大切な姫の事を他人に任せるのだから。気持ちはわからなくもない。
いくらギルさんが俺の事を信頼できると言っても、彼自身は俺を心から信用出来るはずもないだろう。
「誠に遺憾ながら……この地では、貴殿に頼るしか無いのだ……」
ものすごく悔しそうな顔と声で、そんな事を言われた。
「だ、大丈夫ですよ。ギルさんの妹もここに来るらしいので、彼女にも手伝ってもらいます」
「アリスが来るのか?」
「はい。アルベルトさんから、飛空船に乗るための手筈を整えて貰ったそうです」
「兄貴から? そうか……」
ギルさんはしばらく獣王国で過ごしていたので、実家とは全く連絡を取り合っていなかったらしい。
そして俺は、西の大陸に居た時の事をギルさんに聞かれたので。誘拐の話と、黄竜の事をギルさんに伝えることにした――
「腐った貴族は何処にでも居るのだな……」
「坊主。アリスを助けてくれたこと、礼を言う」
「それが俺の役目ですから」
「しかし五竜か……」
「何か知ってるのか? オッサン」
「昔何かの記述で、読んだ事がある気がするのだが……」
ギルさんが俺に頭を下げたあと。ラルフさんが五竜についての話を、どこかで見た覚えがあると言ってきた。
しかし思い出せないようなので、ためになるような情報は得られなかった。
俺の中のクロフォードの事を伏せたまま。黄竜の強さに関して、ギルさんのほうが強かったと伝えたら。
ギルさんに、そいつはまだ力が万全ではなかったのじゃないかと言われた。
確かにそうなのかもしれない……
クロフォードが言うには、竜から人の身になったとの事だし。
もしかしたら……また竜に戻り、もっと強くなるの可能性もある。
敵の強さの話を聞いていたラルフさんが、どうやって逃げたのだと聞いてきたので。
実は俺の前世が神様だったのです……そしてそいつに助けてもらいました。なんて馬鹿な話はできるはずもなく。
西の勇者と一緒に黄竜を追い詰めたら、敵の策に嵌まりこの大陸まで飛ばされたのだと言い訳をした。
「西の勇者とともに戦ったのなら、あとは勇者に任せればいいだろう」
「あぁ、もうすぐ勇者会談の時期か」
「勇者会談? なんですかそれは」
「我がバルトディア王国で開かれる、勇者だけの会議だ」
中央大陸で、永世中立国を名乗っているバルトディア王国のお城で。
世界中の勇者たちが集まり、それぞれの情報を交換する予定があるらしい。
バルトディアは永世中立国を名乗っていたのか……
それなら、ラシュベルトと戦争なんてしたくはないだろうな。
勇者会議には参加してみたいが。俺は魔皇だしなぁ……
勇者は、専用スキルでステータス鑑定ができるらしいので。
俺がその場所に行くと鑑定をされて、勇者の敵だと認識されたら洒落にならない。
「西の勇者は正義感が強いと聞いた。ならば任せても大丈夫だろう」
「そうですね……」
言われるまでもなく、あの和真の性格なら、黄竜たちのことは見過ごさないと思った。
ならばあとは勇者たちに任せて、俺は自分に出来ることをしようと思う。
「レティシア姫の事はお任せください」
「頼む。ではワシは、兵たちが休んでいる宿へ向かう」
「あぁ、先に行っててくれ。俺もすぐに向かう」
ラルフさんが屋敷から出て行ったあと。俺はギルさんと話をして、頼み事をされた。
それはレティの事を、元気づけてやって欲しいとの事だった。
ラシュベルトの王子にあんな扱いをされたので、こんな事を言われたのかと思ったが。
どうやら別の理由があるらしく、俺はそれとなくその事情を聞くことにする。
「複雑な理由……ですか?」
「そうだ。レティシア姫は第八王女なんだが……年齢は知っているか?」
「いえ、聞いてないです」
「彼女は十四歳だ」
十四歳か……
年下だとは思っていたが、かなり若かったんだな。
しかし、七人も姉がいるのか……
「あの若さで結婚をさせられるのは、それなりの理由があるんだが……まぁ、本人は何も喋らないだろうな」
本人が喋らないのなら、俺が勝手に喋る訳にはいかないとギルさんが言って。
俺とレティの仲がいいように見えたので、この街で服などを買ってあげて欲しいとお願いされる。
確かにレティのドレスは目立つので、違う服を着せたほうがいいのかもしれないが。
彼女は護るべき対象なのに、そんなに簡単に連れ出してもいいのかとギルさんに聞いた――
「オッサンが何人かの兵士を、この街で待機させているからな」
ラルフさんがレティの安全を確保するために、平民の格好をさせた兵士を潜ませているらしい。
俺はその兵士の顔を知らないので。もし見かけても、見守られてるのか狙われているのか判断ができないというと。
潜んでいる兵士は二人一組で、それぞれ同じ剣をぶら下げていると教えられた。
「わかりました」
「金はこれを使え」
「いいんですか?」
「おうよ」
「ありがとうございます」
俺は無一文でこの大陸に飛ばされたので、ギルさんからの施しをありがたく受け取った。
「姫さんはまだ寝ているのか?」
「はい。アリスの部屋をお借りしています」
「アリス部屋か……凄かっただろ?」
「ですね……あれは、アリスの趣味なんですか?」
「いや……アレはジイさんのせいだな」
アリスの祖父さんは彼女のことを溺愛していたらしく、アリスのためならなんでもやったそうだ。
彼女がこの場所に連れて来られた理由を知っているので、俺も気持ちはわかる。
部屋の扉に書かれていた文字も、祖父さん本人が書いたらしく。
最初は自分の部屋の扉みたいに、達筆な文字で書いていたそうだが。
アリスが喜ばなかったので、頑張って女の子が書くような丸っこい文字を習得したらしい。
どれだけ努力をしたのだろうか……
この後も祖父さんの涙ぐましい努力のエピソードを聞き、俺は彼の頑張りを教えられた。
それから二人で屋敷を出て。教えられた店でパンなど食べ物を買って、俺はギルさんと別れる。
店に向かっている途中で、ダマ爺さんの事が気になったのでギルさんに尋ねると。
一先ず爺さんは獣王国に帰ったらしく。その護衛として、ギルさんの恋人のヘレンさんがついていると言われたので、俺は安心した。
「クロちゃんおかえり」
「あぁ、ただいま」
屋敷に戻るとトリアナが起きてきていたので、俺はさっき話し合ったことを伝える。
「レティちゃんとデートだね!」
「デート……まぁそうなるのか」
「ボクは賛成するよ。いっぱい楽しませてあげてね」
「努力する」
前世の記憶を忘れている俺に、女性の楽しませ方などわかるはずもなく。俺に任せろ、なんてことは言えなかった。
よく考えてみれば、トリアナの記憶を見せられた時。俺の前世は恋人はいないと言っていたから、記憶があっても結局は変わらないのか。
今の俺は、好きな女性がたくさんいるのに。デートをしたことがあるのはルナとソフィアだけだし。
もっと頑張らないとな……
そんな事を考えていると、レティが白亜の案内のもと、二階から降りて来る。
レティは目が見えないのに、二階で寝かせてしまったことを後悔しながら、彼女の元へと駆け寄る。
「レティ、大丈夫か?」
「あ、はい。おはようございます、お兄様」
階段をゆっくりと降りてきた彼女は、何でもないという風に、俺に向かって笑顔で挨拶をしてきた。
そして全員で食事を食べたあと、レティにギルさんとラルフさんが言っていたことを話して。
俺は彼女と二人っきりで、デートに出かけることにした――




