第90話 白亜
「それで。お前はなぜ、そんな姿になっているんだ?」
赤竜と呼ばれていた狐の少女を見つけた後、俺たちは歩きながら話をしていた。
この場所で出会った最初の頃は、ひどく怯えていて、話がなかなか通じなかったが。
俺がクロフォードではないとわかった途端、普通に会話ができるようになった。
トリアナの所へ向かっている途中だが、歩いているのは俺だけで。彼女は俺の肩に乗っている。
敵にしては随分とおかしな態度だったが、俺が殺されそうになった時も、庇うようなことを言っていたし。
今も敵意を向けたりしてこなかったので、肩に乗せておくれと言われて、俺は断らなかった――
「白亜じゃ」
「はくあ?」
「わらわの名前じゃ」
「赤竜じゃなかったのか……」
「それは、わらわの前世じゃ」
「前世だと。お前も転生者なのか?」
「そうなのじゃ」
古風な喋り方をする、似た様な二人を加えて、三人で会話をする。
白亜の話によれば。かつて、魔人族と呼ばれる存在がいた。
魔人族は遥か昔から存在していて。人間たちと、この世界の取り合いをしていたそうだ。
「わらわもよくわからぬのじゃが。魔人族は、魔族の祖先じゃという話を聞いたのじゃ」
《ほう……興味惹かれる話であるな》
《お前は知らなかったのか?》
《元創造神だからと言っても、全ての世界を熟知しているわけではないぞ》
《そうなのか?》
《うむ。数えきれぬ程の世界があるように。神族や魔族もまた、多種多様な種族がおる。我らが住んでいた神族の世界も、一つではない》
分かっていたことだが…… 話が大きすぎるな……
今まで俺は、人間だから関係ないと思っていたが。そうも言っていられないのか。
クロフォードと頭の中で会話をしながら、白亜の知っている事を、根掘り葉掘り聞いていた。
彼女は、自分たちのことを話すのに抵抗がないのか、素直に答えてくれる。
「前世の記憶が、無い?」
「黄竜が言うには、魔神の配下の、五竜と呼ばれる存在じゃったそうじゃが。わらわは覚えておらぬのじゃ」
「覚えていないのに、あの男の手伝いをしていたのか」
「全ては復讐のため……じゃったが。それももう……意味が無くなってしまってのう……」
「復讐?」
白亜が淋しげな声で、自分の過去を語り始める――
白亜は数百年ほど前に、獣王国イルオーネの三番目の王女として生まれたそうだ。
その時の国王は、白亜の母親で。九尾の狐……と言うやつだろうか。九本の尻尾を持った、狐獣人だったらしい。
母親の統治の下、何不自由のない暮らしをしていたそうだが――
「ある日。母上の家臣の一人が、反乱を起こしたのじゃ……」
「クーデターか」
「くうで?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
話の腰を折ってしまったので、黙って話を聞きながら、トリアナを探すことにする。
「わらわ達は、謂れ無き罪で……投獄されたのじゃ……」
白亜の母親はとても強かったが、まだ幼い白亜を人質として取られ。
ロクに抵抗することも、娘を助け出すことも出来なかったそうだ。
クーデターを起した家臣の狼獣人も、九尾には及ばないものの、それなりの強さだったと白亜は言う。
「王が変わり、何年かのちに。わらわは……人間に売り渡されたのじゃ……」
それから白亜は、とても辛くて暗い人生を歩み始めた。
隷属の首輪を着けられ、色々な人間に売り渡された。
愛玩用奴隷として、扱われそうなこともあったが。
せめてもの抵抗として、魔法ではない変化の術を屈して、幼い身体を維持していたら。
いつからか、成長が完全に止まってしまい、小さな姿のままになってしまったらしい。
「いつ迄経っても大人にならないわらわを見て、見世物小屋に売り渡されたりもしたのじゃ」
そして何十年か後に、黄竜が白亜に接触してきた。
貴族のストレス解消のために、鞭で打たれる奴隷として過ごしていた白亜に。
黄竜は、貴族の一家を皆殺しにして。白亜を助けだした。
助けられた後、黄竜に前世の時の話をされて。この世界に復讐をしないかと言われる。
「屈辱の日々を送っていたわらわにとって、あ奴の言葉は……甘美な響きに聞こえてきたものじゃ」
白亜はその話に乗り、黄竜とともに過ごすことになる。
しばらく一緒にいて。ある日、黄竜から力を分けて貰ったらしいが――
「わらわには才能がなかったのかのう。相手の力を感じることが、出来るようにはなったのじゃが……」
相手の強さなどは知ることが出来たが、自分自身は全く強くなれなかったらしい。
それであんなに弱かったわけか……
手加減した俺の魔法で、簡単に吹っ飛んだし。
「魔神の復活のためには、青竜の力が必要での。青竜を起こすのに、白竜が居ないとダメじゃと教えられたのじゃ」
そしてその白竜が封印されていた場所は、獣王国の王族が代々管理している神殿だった。
白竜の神殿は隠されていて、その神殿の在り処は、九尾の女王と三人の王女だけが知っていた。
白亜は黄竜にその場所を教えて。数年間の時をかけて、青竜の時と同じように白竜の封印を解く。
封印から開放された白竜は、白亜に感謝をして。彼女の望みの一つを叶えてやると言った。
その一つとは、獣王国イルオーネを統治していた、狼獣人の一族の抹殺。
白竜は、大人しそうな顔をしていた少年だったが。その本性は、かなりの危険人物みたいだ。
「その時。わらわの願いは……成就された」
自分の願いはかなったが、彼女は満たされることがなかったそうだ。
「直接手を下してないからかもしれぬが。虚しさを感じただけで、他には何も感じなかったのじゃ」
復讐が終わった白亜は、そこで二人と別れることにした。
そして、一人で旅にでて、姉を探すことにしたらしい。
「わらわの一族は長命でな。姉上たちも必ず生きておると思って、何十年も一人で探したのじゃ」
狐獣人は数が少ないらしく、噂などを聞いていれば、いつか見つかると思ったが――
「結局……見つからなかったのじゃ」
目的を見失った白亜は、ずっと一人ぼっちで生きてきた。
他に頼る者も居ない、寂しい人生。思い浮かぶのは、姉たちと仲良く暮らしていた日々。
「今思えば。ただ寂しくて……誰かの側に寄り添いたかっただけなのかもしれぬ……」
旅の途中で、黄竜と白竜の二人らしき噂話を聞き。会いに行ってみようと思ったらしい。
そして、三人で共に過ごし。青竜の封印場所まで同行して、俺たちと出会ったとの事だった。
魔神は、五竜全員が揃って居なくても、青竜が居れば復活できるのか。
世界を救う、異世界の勇者に……この話をした方がいいかもしれないな。
他の勇者には会ったことがないが、和真に相談すれば何とかなるか?
正義感ってほどでもないが……アリスの生まれた世界を、壊されたくはないからな。
しばらく考えこんだ後。俺は、気になっていたことを白亜から聞き出す。
「この場所に飛ばされた、あの妙な魔法は何だったんだ?」
「あれは、自爆魔法なのじゃ」
「自爆魔法?」
「わらわもよくわからぬが。上位の竜の身を生け贄として、敵諸共闇に引き込む魔法じゃ」
《対象の身体から次元を歪めて、そこに引きずり込む魔法のようであるな》
《無茶苦茶だな……》
《それなりの贄を必要とするようだから、そう何度も使える訳ではないと思うが》
「教えて貰った時は、わらわに使われるとは。夢にも思わなんだが……」
「そうか……」
落ち込んだように見えた白亜に、慰めの言葉が思い浮かばない。
「その……子狐の姿から、人間には戻れるのか?」
話を変えようとして尋ねたが、獣人の姿になろうと試してみたら。
何度やっても変わらないと言って、白亜がますます落ち込んだ。
《贄にされた影響なのやもしれぬな》
《マジかよ……もう、戻れないのか?》
《御主の力なら或いは、戻せるかもしれぬ》
クロフォードにそんな事を言われ、俺は魔法を考えてみたが。
狐を人間の姿にする魔法なんか、まったく思い浮かばなかった。
《お前じゃ駄目か?》
《今の我は、この次元と元の世界を繋げるのに、精一杯である》
クロフォードが俺と入れ替わった理由は、元の世界に帰るために魔力を温存しているそうだ。
俺の外に出ていると、無尽蔵に魔力を消費してしまうので。俺と交代したらしい。
自分の魔力が大きすぎて、俺の体が崩壊する危険もあったと言われて。俺はゾッとした――
「俺なら……もしかしたら、元に戻せるかもしれない」
「もう……よいのじゃ……わらわはもう……疲れた……」
「諦めんなよ! なんとかしてやるから!」
《我が主よ、見えてきたぞ》
「ん?」
同情心から、白亜のことを元気づけようとしていたら。
クロフォードが、トリアナの事が見えてきたと言ってくる。
そしてしばらく歩いた後。幼い姿になったトリアナが、地面に倒れて居るのを見つけた。
「トリアナ! しっかりしろ!」
俺は慌てて駆け寄り、トリアナの体を抱き寄せる。
すると――
「えへへー……クロちゃん……だいしゅき……」
「…………」
俺に抱きかかえられた彼女は……
口から涎を垂らしながら、そんな寝言を呟いていた――




