第9話 着せ替えプレイ
「さてロ……坊主」
「はい……」
今この人、ロリコンって言いそうにならなかったか?
途中までそれを口走っていたギルバートさんが、俺の呼び方を言い直す。
「坊主が、どっから嬢ちゃんを連れ込んできたのか聞きたいが……まぁ、ぶっちゃけどうでもいい」
ぶっちゃけたよ!
「兄さんは疑問に思う事があっても。基本的に実害がない限り、放置する人だから……」
「はっはっは……誰にでも、聞かれたくない事情ってのがあるもんだ」
それもどうかと思うが……
基本的に良い人そうだが。見方によっては、軽い性格をしている様にも見える。
「でだ。これから坊主とルナの嬢ちゃんを連れてな、冒険者ギルドに向かおうと思ってたんだ……が」
「が……?」
「すまんが用事が出来てな。アリスに、案内を頼む事にしたんだ」
成る程。だから妹を連れて来たのか。
「そんな訳でだ……アリス。昨日言った通り、頼んだぞ」
「はいはい。わかってるわよ」
「それと坊主」
「はい?」
「これは、俺からの餞別だ」
ギルバートさんから、ジャラジャラと音が鳴る茶色の袋を手渡される。
「なんですか? これ」
「金だ。そんな格好じゃ、心許ないからな。それで、しっかりした装備を買ってこい」
「あ……はい。ありがとうございます」
「おうよ! それじゃアリス、あとは任せたぞ」
ギルバートさんはアリスにそう言って、部屋から出て行った――
「それじゃ、行きましょうか」
「あぁ、わかった」
アリスに案内を頼み、俺達は宿屋から外に出る。
この街に連れて来て貰った時は、俺は気絶してしまっていたので。
珍しくて、周りにキョロキョロと視線を彷徨わせていると――
「ちょっとアナタ。なにその背中?」
「え?」
アリスが慌てたような口ぶりで、俺に訪ねてきた。
「背中?」
「服が破けているわよ?」
「あー……そういえば、斬られたんだった」
盗賊のアジトに居た時に、襲われて背中を斬られていた事を、すっかりと忘れていた。
傷を治してもらって、痛みも消えていたし。今朝は、慌てながら着替えたので。服が破れている事に、気づかなかったのは無理もない。
「そう……なら、先に服を買わないとね」
「頼む……」
アリスに案内をされながらついて行くと、彼女が色々と質問をしてきていた――
「盗賊団のアジトに居たんだっけ? 兄さんに聞いたわ」
「そうだ」
「なぜそんな所に居たの? 盗賊退治?」
「いや……その……」
転生が完了して、飛ばされた先が盗賊のアジトだったので。別に、盗賊退治をしたかったわけではない。
しかし、そんな説明を彼女にする事もできなくて、俺は言い淀んでしまう。
「クロがワタシからはぐれて迷子になって。そのまま興味本位で、盗賊の住処に入ったんだ」
「バカじゃないの?」
「うぐぅ……」
俺が黙っていると、ルナがそう言って誤魔化してくれたが。
それを聞いたアリスのひと言が、俺に突き刺さる。
ひどい……
言い訳を思いつかなかったから、仕方ないが……
『ある意味。迷子だったのは、間違いないと思いますが……』
俺の中のソフィアも、そんな事を言っていた。確かに、間違ってはいない気がするが。
「と、ところでアリス」
「なに?」
「その装備は、この街で売ってるのか?」
少し情けなかった俺は。これ以上言われたくなくて、無理やり話題を変える。
ちょうどアリスが着ている巫女服や、腰に差してある刀も気になっていた事だし。
「この服? これは東の大陸でしか売ってないわ。このあたりじゃ売っていないから、たしかに珍しいかもね」
なるほど……
この世界にも、巫女服は普通にあるのか。
「なんでも昔に。この世界に来た異世界の勇者が、発案した衣装らしいわよ」
なにをしているんだ異世界の勇者……
「最初は、長いスカートだったらしいけど。スカートは短めにしないと駄目だって、言ったらしいわ。確かに動きやすいけどね」
勇者まじグッジョブ!
「その刀も、勇者が発案したのか?」
「刀自体はそうだけど。私が持っている物は、売ってないわね」
「う……」
アリスがそう言いながら、自分が持っている刀に触れる。
俺の横に居たルナが、なぜか顔をしかめていた。
『その三本の刀から、かなり神聖な力を感じます。おそらく……強力な退魔の能力を秘めているのかと』
刀の事について、ソフィアがそんな補足をしてくる。
ルナは、魔族としてなにかを感じているのか。彼女は俺の腕に掴まりながら、嫌そうな顔をして、アリスの刀を睨んでいた。
「この刀は、お祖父様から貰った物よ」
「そうか……」
そんな会話を続けながら三人で歩いて行くと。アリスが、到着したと言ってきた。
武器屋と防具屋は、同じ店なのか?
剣と鎧のマークが描かれている看板を見ながら、俺達は店の中へと入っていく――
「まずは鎧ね。こっちよ」
「あぁ」
「兄さんから、いくらお金を貰ったの?」
「えっと……」
「……5000ゴールドね」
ギルバートさんから貰った袋を開けて、アリスがお金を数える。
俺もそれを確かめると。100と描かれた硬貨が、50枚ほど中に入っていた。
わかりやすいな! 通貨単位。
「何か希望はある?」
「任せる」
「そうねぇ……無難にこの辺りでいいかな。これね」
どんな物を買えばいいのかわからなかった俺は、アリスに選んで貰う事にした。
彼女は、しばらく色々と見ていたが。その中から、黒いインナーと鎧がセットになっている物を渡してきた。
「貴女はどうする?」
「ワタシは必要ない」
「そう」
受け取った鎧を見ていたら、アリスがルナにそんな事を聞いていたが。ルナがそれを拒否していた。
「それじゃ、あそこで着替えてきて。私は武器を見てくるから」
「わかった」
俺は一度、二人と別れて試着室に入っていく。
アリスは武器が並べられている場所に向かい。ルナは、近くにあったやたら高価そうな鎧を眺めていた――
「むーん……着にくいな……」
試着室に入り、鎧を着ようとしたが。初めて着る物なので、俺は悪戦苦闘していた。
『クロード様。申し訳ありません』
「え? なに?」
服を脱いで鎧を着ようとしていたら。唐突に、俺の中のソフィアが謝ってくる。
『その……殿方の着替えを……覗いているようなものですから』
「あー……まぁしょうがないさ。いまさらだしな」
『はい……』
恥ずかしく無いといえば、嘘になるが。
彼女には、下着姿どころか、全裸も見られてしまっているので。いまさら気にしてもしょうがなかった。
「クロ」
「ん? うわ……なんで居るんだ? ルナ」
呼ばれて後ろを振り返ると、ルナが試着室の中に入ってきていた。
「着替え手伝う」
「ぅ……ぁ……ありがとう……」
ソフィアの事は仕方ないとしても。外に出ているルナに、俺の下着姿を見られるのは恥ずかしい。
しかし、なかなか鎧を着る事ができないのも事実なので。渋々彼女に着替えを手伝って貰うことにする。
けど、小さな女の子に……着替えを手伝って貰うとか……
「なんだこの……羞恥プレイは……」
「気にするな」
恥ずかしさで、顔が赤くなってしまっていた俺の言葉に。
ルナのセリフが、やたらとカッコ良かった――