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第89話 俺がお前でお前が俺で

「トリアナ……」


トリアナの独白のような記憶を見せられた俺は、今すぐ彼女に逢いたい気持ちに支配されていた。

例えそれが、遥か昔の過去の出来事だとしても……

彼女が好きだったのは……今の俺ではなく、前世の俺だったとしても……彼女に逢いたい。


《愛されておるの》


「あ、あぁ。そうだな……」


完全に存在を忘れていたクロフォードに声をかけられて、少し焦ってしまう。


《さて。我が主の想い人を探しにくか》


別に想い人だったわけではないのだが。トリアナの気持ちを知ってしまった以上、否定する気も起きなかった。


「それはいいんだが。その、わがあるじって言うの……やめてくれないか?」


《ふむ。なぜだ?》


「お前は俺の前世の俺で、俺とお前は別人。じゃなくて……俺がお前で、お前が俺で? いかん、混乱してきた……とにかく、別に俺の配下ってわけでもないだろ?」


《何が言いたいのかはわからぬが。確かに同一人物であって、我は御主の配下ではないな》


「だったら……」


《しかし本体は、御主である事に違いはない》


「本体?」


コイツが言うには、俺の体の持ち主は、あくまでも俺本人であって。

クロフォードはただの一人格にすぎない。俺が願えば化現することはできるが。

普通なら、意識も何も感じることはなく、俺と会話をすることもないそうだ。


「俺が願わないかぎり、人格として出てこないって事か?」


《うむ。その通りだ。御主が想い人と逢瀬を重ねていても、我は知る由もないので、安心するがよい》


別に、そんな事は心配していなかったが……


「あれ? でも俺の封印の事を、知っていなかったか?」


クロフォードがトリアナと会話をしていた時、アストレア様とトリアナのお陰で、安定していると言っていた気がする。


《それは御主の記憶の一部を、覗いただけである》


「個人情報駄々漏れじゃねぇか!」


《そんな事はないぞ。御主が見られたくないと思う記憶は、我にも覗くことは出来ぬ》


本当かよ……


自分と同じ存在なので、見られてしまってもいいかと諦めていたが。

一つだけ、どうしても気になることがあって。俺はそれを尋ねることにした。


「なぁ。一つだけ聞きたい」


《何だ?》


「ねがいの魔法で外に出てこれることが出来たのなら。なぜ……黒斗の時は出てこなかった?」


こんなに強いクロフォードが、あの時外に出ていれば。黒斗が死ぬことは無かったかもしれない。

黒斗の最後を見てしまった以上、例えコイツにどんな事情があったにせよ、それだけは納得できなかった。


《黒斗か……我が初めて、人間に新生した姿であるな》


「新生? 転生のことか?」


《如何にも。その時の我は、まだ不完全であったのだろう》


「不完全?」


《うむ。神界に住む神々が生まれ変わるには、長い年月がかかるのだ。それこそ、力ある神ならば尚更な》


黒斗の時は、力がなかったので。手助けすることが出来なかったと言われる。

しかしそれについてはおかしな事がある。力が出せないはずなのに、黒斗はねがいの魔法が使えていた。

その力が使えるのなら、クロフォードが外に出ることが出来たのじゃないかと、俺は聞いてみた――


《そう言われると。確かに不可解ではあるな。我という存在が確立するまで、あの魔法は使えぬはずだが。それに……》


「それに?」


《その者は、どうやって我の力を得たのだ?》


「たしか、夢で見たが。黒斗は神様に、力を引き出して貰っていたな……」


《神に?》


「あぁ」



黒斗が転生するときに、神から力を引き出して貰っていた事を伝えると。

クロフォードは俺に、黒斗が生まれ変わる時の事を知りたいと言ってくる。

その場面が見たいと言い出して、俺が思い浮かべるだけで見えるらしく。

俺は夢で見た、黒斗と神の会話を思い出していた――


《これは……》


「何かわかったのか?」


《この声の主は、我の大切な者だ》


黒斗と会話をする女の神の声を聞いて、クロフォードがそんな事を言う。


《なる程な。彼女が我の力を引き出したのか》


「聖王って聞こえた気がするが、この女の神は誰なんだ?」


《我の妻だ》


「え……? マジで?」


《うむ。忘れもしない、我が妻の声である。しかし……何故(なにゆえ)、妙な喋り方をしておるのだ?》


妻って事は、夢で見たあの青い髪の女か。

確かによく思い出してみると、同じ声な気がするな。

妙な喋り方っていうか、お前とそっくりだぞ……

まぁ、言われてみると。夢で見た時は、普通に喋っていたけど。


黒斗の名前を聞いて、懐かしむような声を出していたのは。

自分の夫の、クロフォードのことを思い出していたからなのか。


《謝罪をして済む問題では無いかもしれぬが。この時の我は、まだ自我を持っていなかったのだ、すまぬな》


「そうか……まぁ、謝るなら。俺ではなく黒斗に謝ってくれ。アイツの人生だったからな」


《あいわかった》


「で、お前は黒斗の魂を、安定させることはできるのか?」


《それはアストレア嬢の領分である》


「アストレア様か。魂の管理をしているんだったか?」


《うむ。それが彼女の仕事だ》


「部下に任せるとか……お前は神族の頂点じゃなかったのかよ……」


《た、たしかに昔はそうであったが……今は人間であるからな……下手に魂を弄ることは出来ぬ》


「むぅ……」


そう言われると、任せたくはないな。下手にいじられて、黒斗を消されたくはない。

やはり当初の予定通り、アストレア様頼みか。トリアナがお願いしてくれてたみたいだし、問題はないが。


《む?》


「どうした?」


《御主の想い人の居場所を、見つけたぞ》


「トリアナか? 何処に居るんだ?」


《あっちだ》


「どっちだよ……」


声だけで方向を示されても、分かるはずもない。しかも相変わらず、辺りは真っ暗だ。

俺がキョロキョロしていると、クロフォードが右を向けと言ってきたのでその通りにする。

その後、我が道を創ると言って、俺が歩けるようになったので、真っ直ぐ歩いて行った――


何もないな……

灯りの魔法を唱えてみたが、自分の周りが明るくなっただけで、結局真っ暗だし。

どこまで歩けばたどり着くんだ…… ん? あれは……


数十分くらい歩いていると、小さくて白い、何かが見えてきた。


「なんだあれ……?」


《何かが落ちておるの》


「トリアナ……じゃないよな」


遠目から見て、人の形をしているようには見えなかったので、少し警戒をしていたが。

クロフォードが危険はないと断言したから、俺はそのまま近づいて行く――


「うん? 子猫の死骸……?」


《猫ではないようだが?》


子猫の死体みたいなものを眺めていると、クロフォードが違うと言ってくる。

あまりじっくりと見たくはなかったが、猫じゃないのならなんだろうかと思い、よく調べてみた。

そしてその結果、これは子猫ではなくて、白い子狐だった――


「狐か……なぜこんな所に?」


子猫じゃなく子狐であっても、この場所に転がっているのが不思議だった。

クロフォードが、ここは次元の狭間だと言っていたが。死体とか流れ着いてくるものなのだろうか。


《主よ、まだ生きておるぞ》


「生きてる?」


まだ生きているという言葉を聞かされて、子狐を確かめてみたら。

たしかにその小さな体が、呼吸をしているようにゆっくりと上下していた。


「ク……クゥ……」


「苦しんでいるのか?」


しばらく眺めていると。子狐が鳴いたので、つらいのかと思い。回復魔法をかけてやった。

魔法をかけてやると、楽になったのか。子狐は少しピクピクとした後、違う声を出してきた――


「うーん……もう……食べられない……のじゃ……」


「喋っ……って、ちょっと待て。今の声は……」


子狐が喋ったことに一瞬驚いたが、物凄く聞き覚えのある声と口調だったのに気づく。


「おい! 起きろ!」


俺は子狐を起こそうとして、その小さな身体をユサユサと揺すった。

しかしなかなか起きない上に、ブツブツと寝言を喋るだけだった。


「や……やめよ……わらわは初めてなのじゃ……じゃから……や……優しくしておくれ……」


「こ、このやろー……」


変な寝言をほざく子狐にイラっとした俺は、その子狐の頭に、両手の拳を当ててグリグリとしてやる。


「お・き・や・が・れ」


「イダダダダダ」


小さいから、手加減はしてやったが。流石に痛かったのか、子狐はすぐに目を覚ます。


「な……なんじゃ?」


「起きたか?」


「お、お主は……ひぃっ」


子狐はキョロキョロした後、俺の顔を見て悲鳴を上げる。

そして逃げ出そうとしたので、俺はその身体をガシっと捕まえた。


「ご、後生じゃ……赦しておくれ……」


「なにもしねぇよ! だから逃げるな」


「ほ、本当か?」


「あぁ」




それを聞いて安心したのか、手を離しても子狐は逃げようとはしなかった。

そして、トリアナを探すことが目的ではあったが。

コイツを放置することも出来なかった俺は、なぜこんな姿でここに居るのか、色々聞くことにした――

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