第87話 新生
魔力が極限まで高くなり、力が無限に湧いてくる感じがした。
これなら奴等を倒せるし、トリアナを助けることも出来る。
そう思っていたら。なぜか、俺の意思とは無関係に体が動き出す――
「む……?」
あれ……? なんだこれ……?
どういう事だ……
「何故、我が外に出ているのだ?」
俺が疑問に思っていると、俺の体を介して誰かが勝手に喋り出す。
力を貸してくれるという心の声に、俺は願ったわけだが。
これでは力を貸すどころか、完全に体を乗っ取られているだけだ。
「まさか。入れ替わってしまったのか」
おい…… ふざけんな!
「す、すまぬ」
俺の思っていた言葉に、そいつが謝ってくる。
え……? 俺の言葉が、聞こえているのか?
「うむ。聞こえておる」
なら聞きたい。俺に力を貸すと言っていたのに。
どうして、俺の体を乗っ取っているんだ?
「それは……御主の願う思いが、強すぎたのやもしれぬな」
こいつが言うには、自分は外に出てくるつもりはなかったが。
俺が何としても、トリアナを助けたいという願い強すぎたため。
俺ではなく、この男が外に化現してしまったそうだ。
お前なら、トリアナを助けられるのか?
「うむ。我に任せるがよい」
男がそう言って、トリアナの方へと歩いて行く。
感覚がないのに体が動いているので、変な感じがする。
「心臓が止まっておるな」
な…… そんな……
遅かったのか……
トリアナの元へと辿り着いた男の言葉に、目の前が真っ暗になる。
彼女を助けられるのなら、自分はどうなってもいいと願ったのに。
ねがいの魔法で強くなれても、全てが遅すぎた――
「心の臓が止まった程度なら、まだ間に合う」
そんな事を言いながら、男が魔法を詠唱し始める。
「白竜さん」
「わかってるよ」
俺の背後で、黄竜たちの会話が聞こえたあと。
何かが割れるような大きな音がして、事態が進んでいるみたいだったが。
俺は自分の体を乗っ取っている奴の、魔法の詠唱の言葉に気を取られていた。
「レザレクション・クリエイト」
男が魔法を唱え終えると、神秘的な光がトリアナの体を包んだ。
お前…… その名前は……
「む? 今更、何を驚いておる」
驚かないほうがおかしいだろ……
確かに、そうじゃないか……とは思っていたが。
いや、その俺の予想すら超えていたことに、驚いている……
「そうか」
しかし、蘇生魔法が使えるのか……
「まだ魂が、存在しておるからな」
魂が存在?
「我でも、肉体から離れすぎた魂を、復活させることは出来ぬ」
心停止程度なら、完全には死んでいないので、蘇生は出来ると言われる。
いくらこの男の力が強大であっても、魂が存在していない死者を蘇らせると。
それはただの、死人と呼ばれるゾンビになるらしい。
「う……」
俺と男が会話をしていると、トリアナの口から声が漏れる。
トリアナ!
「クロ……ちゃん?」
「うむ。クロちゃんである。大事ないか?」
「へ……?」
おい……
確かに間違ってはいないが。自分の意志とは関係なしに。そんな事を言われると、少し苛立ちが募る。
「いったい……なにが……」
「ふむ。問題はないみたいだな」
「そんな……傷が……消えてる?」
トリアナが、自らの身体を確認して。まるで信じられないような物を見たみたいな表情をし。
神殺しの武器で傷をつけられたら、再生できないはずなのに――と言っていた。
「我の力を持ってすれば、造作も無い事よ」
「クロちゃん? まさか……またおかしく……なってる?」
「安心するがよい。汝とアストレア嬢のおかげで、安定しておる」
男の言葉を聞いたトリアナが、物凄く混乱している。
そして、そのトリアナを放置して。男は黄竜たちと向き合う――
「さて。待たせてしまったようだな」
「いえいえ。このまま立ち去って頂けるのなら。私たちとしては、その方がよかったのですがね」
黄竜は、俺たちとは、もう関わりたくはないという口ぶりで、そんな事を言い。
その後ろに居る少年が、氷の中に入っていた少女の体を抱きかかえている。
赤竜と呼ばれていた狐の少女は、少し離れた場所でガタガタと震えていた――
「見逃しては……貰えませんよね」
「我の主を殺そうとしておいて。それは、甘いのではないかね?」
「貴方は……何者ですか?」
「我の事か?」
「えぇ。名前くらいは、教えて貰えませんか?」
黄竜は警戒しながら、男の名前を聞いてくる。
俺と対峙していた時とは違い、その態度には全く余裕が無い。
「我の名前は。大聖王クロフォード・ディスケイドである」
「え……うそ……」
「だい……せい……?」
男の名乗りを聞いたトリアナが驚愕して。狐の少女は、よく分かっていないみたいだった。
俺も初めて聞いた時。俺の前世一人が、聖王だとは思っていたが。まさかそれ以上の存在だったとは、考えもしなかった。
「よくわかりませんが……とんでもない存在だというのは、理解できます。なぜ……今は人間に?」
黄竜の言葉を聞き。クロフォードは少しだけ、思いを馳せるような仕草をする。
「人間に新生した……お主なら、理解できるのではないかね? 魔人殿」
「なるほど……そういう事ですか」
黄竜は、クロフォードの言うことに共感できるようだった。
それから暫くした後、二人は戦いを始めた。
しかし、結果は火を見るよりも明らかで。黄竜はクロフォードに、全く歯が立たなかった。
「私は……願いを叶えるためにも……ここで倒れるわけにはいかないのです!」
「その身を人に落としてまで、願うのか」
竜から、人になった? トリアナが、魔人は魔神の末裔だと言っていたが。
もしかして、魔神というのは。真竜と同じ存在だったのか?
闘いながらそんな会話をする、二人の話を聞いて。俺は自分の中で、色々と推測をしていた。
黄竜は俺と戦う前に、五竜の復活のためと言っていた。
魔神を復活させるためには、五匹の竜が揃っていないと駄目なのかもしれない。
そしてこの場所で、青竜と呼ばれていた少女の封印を解いていた。
どんな封印だったのかは不明だが。おそらくそれは、大量の魔力を消費する。
黄竜は、魔力が高い人間の女からそれを奪い。ついでに俺から奪った魔力で、青竜の封印が解けた。
だから俺はもう用済みというわけか……
ここでコイツを倒せば、魔神の復活は防げる。
けど……一度殺したはずなのに、生き返ったよな?
「転生者と同じようなものだ」
転生者? コイツは転生者なのか?
「うむ」
俺の言葉を聞いたクロフォードが、独り言のように呟く。
元々、竜から人間に転生して。竜人とは別の存在なので、竜に変身することもない。
魔竜から人になったので、魔人と呼ばれているのかもしれない、と言われる。
それじゃ。この世界の転生者には、生き返る能力があるのか?
「それはわからぬが。彼奴の異能の力なのかもしれぬ」
そんな奴、倒せるのかよ?
例え力で圧倒していても、何度でも蘇る奴を倒せるとは思えない。
俺が不安になっていると、クロフォードが自分なら可能だと言ってきた――
「我の力で、否定すればよい」
否定? なんだそれは。
「転生するのならば、我がそれを封じる」
そんなこと、出来るのか?
「うむ。己よりも、弱き存在にしか使えぬが……」
クロフォードはそう言ったあと、その願いを詠唱する――
「魔皇クロード・ディスケイトに代わり、大聖王クロフォード・ディスケイトの名の下に」
「我らが創造するべき力よ……」
「彼の者の存在すら消失させ、輪廻転生をも封じる力を……」
「あれは……いけない! 白竜さん!」
黄竜が叫んだ瞬間、白竜と呼ばれた少年が、トリアナに飛びかかる。
トリアナ! やめろぉぉぉ!
シールド・クリエイト!
トリアナが危ないと思い、外には出せない声で魔法を唱えたら。
彼女の目の前に、俺が創り上げた盾の魔法が出現した。
「なに!? これは……」
「クロちゃん! はぁぁぁ……」
「ちぃ……」
自分の攻撃が防がれて、少年は戸惑っていたが。
すぐさま反撃したトリアナの攻撃を避けて、少年は舌打ちをしながら引き下がる。
動けないが、俺も魔法が使えるのか。
それなら……
フレイムウォール・クリエイト! フレイムドライヴ・クリエイト!
「ぐっ この……」
俺は魔法を唱え、トリアナと少年の間に炎の壁を出現させて、その壁の横から火の玉を連続で撃ち放った。
外にいる時とは違い、いちいち敵に手を向けなくてもよかったので。その分早く攻撃ができた。
そして、俺が少年の相手をしていると、クロフォードが魔法を完了させる。
「仕方がありませんね……」
「む? これは……」
クロフォードが魔法を放とうとした瞬間、黄竜が何かを喋り。
辺りに魔力が充満して、この場の雰囲気が変わり始めた――
「赤竜さんには、犠牲になって貰いましょう」
「なんじゃと? 黄竜、お主……まさか……」
「貴女のおかげで、白竜さんと青竜さんが目覚めることが出来ました。今までありがとうございました」
「な……や、やめよ……」
黄竜が狐の少女に向かって手をかざすと、彼女の周りから、黒い闇が広がり始める。
「これはいかん」
それを見たクロフォードが魔法を中断して、トリアナに向かって走り始めた。
なんだ? いったい、なにが起こっている。
「クロちゃ……」
トリアナ!?
俺の体がトリアナの下にたどり着くと、俺たちの体が闇に包まれて、何も見えなくなる。
そして、トリアナの声が聞こえた瞬間。俺は意識を失った――




