第85話 五竜
「神殺しの武器で、殺したと思いましたが。まだ生きているのですね……」
「神殺しだと……?」
「あまり力が感じられないので、放棄していましたが。こちらの女神も、確保しておくべきでしたか」
和真の言葉を無視しながら。男は、トリアナを見て何かを言っている。
男の目には、トリアナと一緒に居る俺の事すら、視界に入っていないようだった。
何だこの魔力は……
肌がピリピリする……本当に人間なのか? こいつは……
魔人というからには、魔の力を持った人間だろうかと、思っていたが。
姿は人間の形をしているが、その身から発している魔力は、桁違いに感じた。
普段から、相手の魔力なんて感じなかった俺が、それを感じられるほどだ。
「蔵人、まずいぞ」
「何がマズいんだ?」
「奴のレベルが高すぎる……」
いつの間にステータス鑑定をしたんだよ……
あと俺の呼び方、そっちなのか。
和真は、腰の剣を手に持ちながら警戒をする。
俺も銃を持って、男と対峙したかったが。ずっと回復魔法を使っているので、それは出来ない。
最初は魔法が効いていなかったが、トリアナの血が止まり、少しづつ回復している気がする。
「クロちゃん……」
「大丈夫か?」
「うん……少しだけ……マシになったよ……やっぱり、クロちゃんはすごいね」
俺がトリアナを助けたいと願い、自分の心臓の音が高鳴ったあと。魔力が向上した気がした。
自分の生命を、削られているような感覚もないし。俺が、おかしくなった時のような感じもしないので。
ねがいのまほうの力に、ただひたすら願い続けていた。
トリアナの体から流れていた血は止まったが、傷が塞がっていない。
俺の魔法で、ただ止血されているだけの状態なのか、これは……
「和真、アイツはお前より、レベルが高いのか?」
「あぁ。奴のレベルは……1200だ」
「1200て……」
黒斗のレベルより高いのか。俺とは比べ物にならんな……
トリアナがやばいから、和真になんとかして欲しかったが。
「ちなみに……和真のレベルは幾つだ?」
「俺のレベルは160だ」
絶望するしか無いな……
相手のレベルの高さに、逃げることも、倒すことも出来そうにない。
「そっちの娘が回復すれば、何とかなるかもしれないが……」
「どういうことだ?」
「その娘のレベルは、800ある」
「トリアナのレベルが、800か……」
流石に神王なだけあって、黒斗よりはレベルが高かったが。
そのトリアナでも、ここまでやられているわけだ。たとえ回復したとしても、無理な気がする。
それに先ほどトリアナは、あいつらには勝てないと言っていた。敵はこの男一人じゃない。
そもそも、なぜこれほどの奴が、人間を利用して誘拐なんてするんだよ……
そんな事をしなくても、簡単に人間の国を滅ぼせそうなものだが。
男を警戒しながら考え事をしていると。男が、初めて俺のことを見た――
「ん? 神族……いや、人間……ですかね?」
なんだ……?
「只の人間ではないようですが。何れにせよ、高い魔力を内包している……これは、使えますね」
男がそう言いながら、俺とトリアナの方へと歩いてくる。
俺はトリアナを抱きしめて、片方の手で銃を構えた。その直後――
「シャイン・アサルト!」
和真が叫び、その体がブレて、高速で男に斬りかかっていた。
しかし男は、和真の剣を武器も構えずに、素手で難なく受け止めた。
「馬鹿な!? 俺のエクスカリバーを、手で止めるだとっ――」
「えくす?」
剣を素手で受け止めた男は、和真に向かって、何ですかそれは? 何てことを言っている。
和真が持っている剣は、俺が知っている伝説の剣なのかどうかは知らないが。
例えそうでなくても、簡単に受け止められる物でもない。
男は剣を、白刃取りで止めたのではなく。単純に、手のひらでガードしていた。
「下がれ! 和真」
俺の叫びを聞き、和真が後ろに下がる。和真が後退した隙に、すかさず俺は銃をぶっ放す。
俺が装備した銃はルナティアの方だ、こちらの銃は、闇属性の魔法弾の威力が上がる。
色々と試した結果。魔王のルナをモチーフにしたせいなのか、闇系の魔法と相性が合っていた。
威力を最大限で放つと願ったので、銃口から出た魔法弾は、極太のレーザービームみたいになった。
「あぶねぇぇぇ!」
男から少し離れただけの和真を、危うく巻き込みそうになり。和真は叫びながら逃げていた。
魔法弾の、壁に当たる衝撃の音が広間の奥で響き渡り。土煙が舞って、男の姿が見えなくなる。
銃をぶっ放した俺の下に、和真が駆け寄ってきて文句を言ってきた――
「あんな危ない攻撃をするなら、前もって言ってくれよ!」
「悪い……まさか、あんなレーザービームが出るとは……思わなかった」
「そのレールガン、どこで売ってたんだ?」
レールガンじゃないんだが……
「これは俺が創った銃だ」
「まじか……すげぇな」
「しかしアイツは、なんで武器を使わなかったんだ?」
「さぁな。もっとも、あんなビームを撃たれたら。武器なんて持っていても、意味が無いと思うが」
もくもくと土煙が舞っている方向を見ながら、俺と和真はそんな会話をする。
男は俺の魔法弾で死んだのか、何の反応も無かった。
「神殺しの武器は……人間には、効かないの」
俺に抱えられているトリアナが、男が居た方を見ながら、そんな事を言う。
神を殺せる凶悪な武器は、人間を傷つけると、簡単に崩壊すると説明された。
竜神と敵対していた、魔神が作った武器だと言っていたが……
竜の神ってのは、神族に分類されているのか?
世界を支配するのに。なぜ、人間に効かない武器を作ったんだろうか。
トリアナに、ひたすら回復魔法をかけながら、そんな事を考えていると。
土煙が晴れてきて、視界がクリアになる。
そして――
「やれやれ……とんでもない魔法を使いますね。これは、黒竜さんのブレスにも、匹敵しますよ」
うげ……
無傷かよ……勘弁してくれ……
広間の奥から、男は何事もなかったように。
服についた埃を手で払いながら、その場に立っていた。
「くそっ……バケモノめ……」
それを見た和真が愚痴をこぼす。俺も正直、悪態をつきたい気分だ。
倒すことも出来なければ、逃げ出すことも出来そうにない。
そもそも、ソフィアが捕まっている上に、見逃してくれそうにもなかった。
「なんじゃ今のは」
「ん……?」
広間の奥から、年寄りみたいな喋り方の、女の声が聞こえてくる。
奥から出てきたのは、全身真っ赤な服装をした、小さな少女だった。
「出て来てしまったのですか、赤竜さん」
「あんなにでかい音がすれば、気になるのは当然じゃろ」
「貴女には、白竜さんの護衛を頼んでいたはずですが」
赤竜? 白竜? 何なんだこいつらは……
人なんかじゃなく、竜人なのか?
「こんな場所で、護衛は必要かの?」
「油断は出来ませんよ。現に、勇者と呼ばれる者が、ここまでやって来たのですから」
「なんじゃと……まさか、光の勇者か?」
「それはちが――」
「その通り! 俺は光の勇者だ!」
少女が驚いた顔を見せた後、男が何かを言いかけていたが。
それを遮りながら、和真が大声で、そう言い放つ――
あれ? 光の勇者って。北に居る、女勇者の事じゃなかったか?
「光の勇者と呼ばれる奴は、女じゃと、聞いていたのじゃが……どう見ても男……じゃよな?」
「彼の自称……じゃないですかね?」
「そ、そんな事はない! たしかに俺の他にも、光の勇者と呼ばれている奴が……居るみたいだが」
和真は、光の精霊に選ばれたから。俺が正真正銘の光の勇者だ――と宣言していた。
勇者の呼び方なんか、そんなに気になるものなのだろうか。俺には、よくわからなかった。
「まぁよい。北に居るらしい、化物勇者じゃないのなら、取るに足らぬな」
「そうですね。あの勇者を警戒しながら、ここまで計画通りに、事が運びましたし」
人間を使って誘拐をしていたのは、北の勇者を警戒していたからなのか。
しかし……魔人に化物扱いされる女勇者って、マジで何者なんだ……
「彼らが今ここに居るのは、計算外でしたが。瑣末な事です」
二人の男女はこちらを見ながら、俺たちを侮蔑する。
俺は別に何とも無かったが、和真は怒りをあらわにしていた。
俺を侮るな――と、和真が言っていたが、完全に無視されている。
「青竜さんの、封印の状況はどうですか?」
「それなんじゃが、魔力不足でな。時間がかかりそうじゃ」
「やはり、神の一柱だけでは不足でしたか」
俺たちを放置しながら、二人の男女は、次々と言葉をかわしていく。
「黄竜よ。もう一柱の神の方はどうなんじゃ? 魔力不足じゃと、お主は言っておったが」
「えぇ。とても弱っているので、役には立ちませんね。ですが……」
黄竜と呼ばれた男は、俺の顔を見ながら嫌な笑みを浮かべた。
赤竜と呼ばれる少女も、男につられて俺の方を見る――
「面白い素材を見つけましたよ。人間みたいなのですが、女神よりも良い物かもしれません」
「うん? ほう……なんじゃあれは。人間のくせに、神の力を持っておるのか?」
今まで俺の事を、視界にも入れていなかったらしき少女が。
俺を見て、口の端を吊り上げながらニヤリと笑う――
「面白いのう。なぜそんな力を持っているのか、わからんが……」
「えぇ。私たち五竜の復活のために。精々、生け贄になって貰いましょう」
その言葉を皮切りに、男が俺達の方へと歩き出してくる。
少女が、無駄な抵抗をしないほうが身のためだと言っていたが。
抵抗をやめる事なんて、出来るはずもなく。俺と和真は、覚悟を決めた――




