第81話 潜入
「トリアナ……俺の事をぶってくれ」
「へ……? 突然何をいってるの、クロちゃん」
アリスの家族が、いい人達ばかりだったので、ここは安全なのだと勘違いをしていた。
ギルさんの警告を完全に忘れて、気を緩めすぎていた俺の落ち度だ。
気合を入れ直すためと、戒めのために、思いっ切り頬をはって欲しいと、トリアナに頼み込む。
「わかった。クロちゃん! 歯を食いしばって!」
トリアナはそう言って、俺の腰から離れて、俺の左手を掴みながら自分の拳を握りしめ。
俺の頬を、ビンタではなく、なぜかグーで殴ってきた――
「ガハッ……」
まさかのグーパンだと……
そんなに痛くはなかったが、予想外過ぎた。
トリアナに気合を入れ直して貰った俺は、再びエレンさんと話し合う。
エレンさんは、俺たちのやり取りを見ても何も言わずに、ずっと真面目な顔をしていた。
アリスが危険なのかもしれないので、当然といえば当然だが、別に俺もふざけたかった訳ではない。
「それで、エレンさん。心あたりがある貴族の屋敷まで、行ってみたのですか?」
「はい。ギルバートさんから話を聞いた時、その貴族の名前と、屋敷の場所を聞いていましたので」
アリスに執着していた貴族の名前は、オルギリュウス・アムルミネガル・グラブネルとか言う。
いかにも舌を噛みそうな名前の貴族だった。しかもバーンシュタイン家よりも格上の、侯爵の爵位らしい。
エレンさんは、スラスラと名前を喋っていたが、俺は絶対に言い切れない自信があった。
「侯爵ですか……」
「そうです。あの先から警備が厳重になっているのは、それも理由の一つです」
「なるほど……」
何か他にも理由があるみたいだが、今は関係がないので、エレンさんから更に状況を詳しく聞いた。
エレンさんは、貴族の屋敷の近くまで行ったのはいいが、どうやら屋敷の庭には番犬が居るらしく。
魔法では匂いまで消せないので、気づかれると思ったから、引き返してきたらしい。
もしかしたら、俺の創造魔法でそれも消せるかもと考えて、引き返す途中で俺を見つけたと言われた。
俺は試しに魔法を考えて、三人の匂いを消してみたが、成功しているのかどうかわからない。
トリアナが俺に鼻を近づけて、クンクンと匂いを嗅いでいたが、自分の体で試して欲しかった。
どうやら匂いはしなくなったようだが、果たして犬の嗅覚をごまかせるかどうか……
「エレンさん。考えていても無駄だし、とりあえず行ってみましょう」
「わかりました」
俺たち三人は、出来るだけ道の端の方を通って、警備兵の近くまで行く。
匂いの他に、気配遮断スキルと、足音を消すスキルを使いながら、警備の間をすり抜けた。
「……?」
「トリアナ、急げ」
「あ、うん。ごめん」
屋敷に向かっている途中で、馬車が近くを通った時、トリアナが立ち止まったので、声をかけて急がせた。
そして数十分かけて、なんとか無事屋敷の前に到着した――
「クロちゃん、声も周りに聞こえないように、遮断できる?」
屋敷の前で、トリアナが小声で話しかけてきたので。
俺は無断でうなずいてから、魔法を唱える。
頭に思い浮かんだので、これもうまく成功したようだ。
「門番が居るな……」
屋敷の門の前には、衛兵が二人ほど居る。
「クロードさん、こちらに」
エレンさんに呼ばれて、俺は屋敷を囲う壁の方へと向かう。
「ここから、魔法で飛び越えます」
エレンさんが魔法を唱えると、俺たちはフワッと浮き上がり。
屋敷の高い壁を、乗り越えることに成功した。
便利な魔法だなと思ったが。持続力がなく、浮くことができても空を飛ぶ事ができないので、使い道があんまりないらしい。
マズいな……
屋敷が広すぎる……これは時間がかかるぞ。
「エレンさん」
俺は、トリアナとエレンさんに、三手に分かれてアリスたちを探すことを提案する。
二人にかけた魔法は、俺が消さないかぎり持続するのかはわからなかったが。
流石に、家の中にまで犬は居ないだろうと判断した。
「クロードさん。姿を消す魔法は使えるのですか?」
「えぇ。今考えたら頭に思い浮かびましたので、大丈夫です」
「わかりました。では、そうしましょう」
「おっけー」
俺たちは、広い庭の至る所に居た番犬を、素通りしながら屋敷にたどり着く。
エレンさんが右側から探していくというので、俺は、左側から屋敷に潜入することにする。
トリアナは堂々と正面の扉をすり抜けて、屋敷の中に入っていったらしい。
再び自分で姿を消したみたいなので、正確には分からないが。
ボクは、玄関のドアをすりぬけていくね――と言って、俺たちから離れていった。
「それじゃエレンさん、気をつけてください」
「はい」
「インビジブル・クリエイト!」
姿を消す魔法を唱えた俺は、エレンさんから手を放し。
人が居ない場所を探して、屋敷に侵入することにした――
壁抜け出来る魔法は、創れるだろうか……
できれば部屋とかじゃなくて、廊下あたりに入りたいが……
ん……?
屋敷に付いている窓を避けながら、そんな事を考えていると。
扉を開けて、何かの作業をしている使用人らしき人たちが居た。
あそこから入れるな……
使用人の横を通り、屋敷の中に潜入して。
少し歩きながら、アリスたちの手掛かりがないか探し始める。
くそ……
バカみたいに広いな……
思ったよりも人が少なかったのは助かるが。話を盗み聞きするのも難しい。
ホントに、アリスたちはここに居るのか? 戦える二人が、何の抵抗もなしに攫われたなんて思えないが。
二人が攫われるなどありえないと思いながら、俺は二階へと続く階段を登って行く。
そして、二階に辿り着いて歩いていたら、微かに声が聞こえてきた――
なんだ……?
誰かが、言い争っている?
声は、廊下の奥の方から聞こえてくる。
気になった俺は、声が聞こえてくる方に、自然と足が向かっていった。
「知らんと言ってるだろ、わしはこれから急がしいんじゃ」
「恍けるな! お前の部下がやったという事は、もうわかっているんだぞ!」
おい……
まさかこの声……
部屋の扉の向こう側から、むちゃくちゃ聞き覚えがある声とセリフに、俺は非常に嫌な予感がする。
この場から逃げ出そうかと思ったが、聞き覚えのある声の主が、聞き捨てにならない言葉を吐いた。
「年端もいかない女の子達を誘拐した挙句、今日もまた、赤い髪の女性も連れ去ったと、目撃情報があったんだ!」
赤い髪の女性だと……
ホントにアリスはここに居るのか。
しかしこの貴族は、誘拐なんて事もしていたのかよ……
「し、知らんと言っとるだろうが! いくら王から無礼を許されている、勇者殿であっても、これ以上騒ぐのなら、わしも強硬手段に出るぞ」
「む やる気か!」
扉の向こうは、剣呑な雰囲気になっているみたいだったが、俺は部屋に入るべきか逡巡していた。
アリスがこの屋敷に居るのならば、探しに行けばいいが。
居場所を知らないので、聞き耳をたてて、二人の会話から推測するほうがいいのかもしれない。
ガチャガチャ音が聞こえるな。武装した衛兵も居るのか?
てか、あの勇者は、なぜ一人で乗り込んできているんだ?
王に許可されているのなら、城の兵士でも連れてこいよ……
心の中で勇者の愚痴を言っていると、勇者がある情報を口にする――
「戻ったかウィルちゃん、どうだった?」
ウィルちゃんって、確か精霊だったっけ。
精霊も連れて来ているのなら、俺の存在もバレるかもしれないな……
「奥の部屋の中に、赤い髪の女の子が居た?」
なんだと……
アリスも中に居るのか。それなら、今すぐにでも突入したいが……
勇者が助けに来ているのなら、任せたほうがいいのかもしれない。
俺が中に入ると、勇者は目標を、俺に変えてくる可能性がある。
アリスの存在が発覚したので、貴族は、勇者を始末することにしたらしい。
貴族が衛兵に命令をしたあと、中から剣戟の音が聞こえてきた――
「クロちゃん」
「ん? トリアナか?」
俺が部屋の外で、騒ぎが収まるのを待っていたら。
どこからか、トリアナの声が聞こえてきたので返事をする。
「アリスちゃんたちは、この中に居るの?」
「そうらしいが。中に居るのは、アリスだけかもしれない」
「ソフィアちゃんは居ないの?」
「あぁ。聞き耳をたてて、話を盗み聞きしていたが。ソフィアの事は言っていなかった」
「そっか。ボクが中に入って、ちょっとみてくるね」
「頼んだ」
トリアナがそう言ったあと、俺も壁抜けしてみようかと考えていたら。
部屋の扉が壊れて、中に居た衛兵の一人が、こちらに吹き飛んできた。
これは手間が省けたな。このまま中に入るか……
アリスを助けるまで、精々囮になってくれよ――と心の中でつぶやきながら。
俺は部屋の中に入って、アリスが居る、奥の方の部屋まで歩いて行った――




