第79話 資金援助
アリスの実家にお世話になってから十日目――
厳しかった街の検問も、一週間ほどでなくなり。
俺は、そろそろ旅を再開しようと考えていた。
勇者の迷惑行為のせいで足止めを食らったが。
アリスの家族と思いの外仲良く出来たのは、いい事だったのかもしれない。
ただ一つだけ、この家に来てから我慢ができないことがある。
そしてその元凶が、また俺の気分を害しに部屋にやってきた――
「ソフィアおねぇちゃーん」
「アレン君。こんにちは……きゃ――」
アレンと呼ばれた少年が、ソフィアの名前を呼びながら部屋に入ってきて。
そしてソフィアの胸に飛び込んでいく。
またこのクソガキ……
ソフィアに抱きついたアレンが、彼女の豊満な胸に顔をうずめている。
ソフィアは困った顔をしながら微笑んでいるが、俺はそれを見て拳を握りながら歯ぎしりをしていた。
ちなみにこのアレンは、今年で十歳になるアルさんの子供だ。貴族の子供なのに、全然貴族らしくなくて。
かなりのマセガキで、胸が豊満な女性を見ると。子供の特権をフル活用してセクハラをしやがる。
最初はただの気のせいだと思っていたが。今もソフィアの胸を、手と顔で触りながらニヤニヤしている。
たとえアルさんの子供であっても、俺ならゲンコツくらいはするのだが。
一度それをやってしまってソフィアに怒られたので、もうできなかった。
まぁ殴ろうとしても、俺の腰にトリアナが抱きついて止めているので動けないが。
「クロちゃん」
「わかってるよ……」
最近トリアナに抱きつかれるのが当たり前になってきたな。
かなりお節介な性格をしているみたいだが、実は世話焼きなのかもしれない。
「アレン君。今日は何の御用ですか?」
「ソフィアおねえちゃん、また旅に出るってほんと?」
「はい。クロード様がお決めになられたので、私はついて行きます」
ソフィアの言葉を聞いて、アレンが俺の顔を睨んでくる。
それを見て俺はアレンを睨み返す――
「文句でもあるのか?」
「クロちゃん、威嚇しないで……」
俺は、子供相手に大人気もなく示威行為をしていた。
俺が大人げない行動をするのには訳がある。
それはこのアレンが、好きな相手の前では猫を被り。
そうじゃない相手には、クソ生意気なガキと化するからだ。
「クロにいちゃん。もう少しここに住めばいいよ」
「悪いがそうはいかない。色々と予定が詰まっているしな」
俺の返事を聞き、アレンはますます不機嫌な顔になる。
アレンが五分ほど穏やかな口調で俺を説得していたら、アリスが俺の部屋にやってきた。
「ソフィア。そろそろ行きましょう」
俺を除いた女性陣が、旅のために買物をすると約束をしていたからだ。
勇者が居るから、ルナは出かけないほうがいいと俺は伝えたが。
本人が出かけたいと言うし、ネコミミローブを深く被れば大丈夫だとも言っていた。
最初の頃は、メイドの真似をして楽しそうに家事の手伝いをしていたが。
屋敷から外には出られなかったので、ストレスが溜まっていたのかもしれない。
それに、買い物は貴族街にも店があるのでそこで出来る。
貴族街は警備が厳しいので、安全といえば安全だった。
「でも……アレン君が……」
「俺が相手をしているから、行ってくるといい」
「そうですか。わかりました、お願いしますね」
「あぁ」
「ソフィアおねえちゃん……」
「ごめんなさいアレン君。みんなと約束をしたので、行かないとだめなんです」
「わかった……いってらっしゃい」
「戻ってきたら、お話をお聞きしますね」
「うん」
ソフィアが約束を守りたいと言ったので、アレンは渋々引き下がった。
そして。ソフィアとアリスが居なくなると、すぐにその本性を露わにする。
「あー……よけいなことを言いやがって。もっと甘えたかったのによ」
やっぱり生意気だなコイツ……
「俺がそんな事をさせるわけないだろが」
「けっ」
相変わらず態度と口調が悪いな……ホントにアルさんの子供なのか?
「もう少しここに住んでいたら、おれの女にできたのによ」
「はっ ありえないな。お前には無理だ」
「なんだとぉ……そんなこと、やってみなくちゃわからないじゃないか」
「ムリムリ。なぜなら、俺とソフィアは愛し合っているからな」
俺とアレンの間に、火花が飛び散る。
俺の隣りにいるトリアナが、そんな俺たちを見てため息を吐いていた。
「はぁ……あいかわらずだね、キミたちは」
アレンはなぜかトリアナの前では猫をかぶらない。
ルナとリアの前でも同じ態度だが。もしかしたらコイツも、年上のお姉さんが好きなのかもしれない。
「だいたい、まだ十歳ガキのくせに結婚を視野に入れるとか、早過ぎるだろ」
ソフィアを見て一目惚れをしたコイツは、その場でいきなりプロポーズをしていた。
俺も一目惚れをしたのでその気持はわかるが、認めるわけにはいかない。
まぁ。子供の冗談を真に受けるソフィアじゃないから、やんわりと断っていたが。
「早くはない。あと二年たてば、おれも結婚できる」
「マジでか……」
この世界って十二歳から結婚が可能なのかよ……
一夫多妻は知っていたが、そっちは知らなかった。
なら、俺とルナも問題はないな――うん。
まぁルナは見た目が若いだけで、元々問題はなかったが。
「貴族なら結婚相手くらい、いくらでも居るだろ」
「おれの家と、お金がもくてきの奴ならいっぱい居るけど。そんな女はイヤだ」
ふむ……名と金目的か……
貴族も色々と大変なんだな……
「ならトリアナはどうだ? 外見的にもお似合いだと思うぞ?」
「ちょ! クロちゃん、ボクを売らないでよ!」
無論トリアナだってやるつもりはなかったが、ソフィア以外はダメなのかと思い聞いてみた。
アレンはトリアナのことをしばらく見た後、ため息を吐いて――
「はぁ……胸がちいさい女なんて価値がない……」
なんてことを言いやがった。
「そんなことない! 貧乳はステータス、希少価値があるんだよ!」
それを聞いたトリアナが、反論をしている。
「女の魅力は胸の大きさだけじゃないぞ、小さくてもいいところはある」
「たとえば?」
「そうだな……小さいと可愛いし、あと抱きしめやすい」
「クロにいちゃんはへんたいなのか……」
うぐ……
ソフィアの胸ばかり触りまくっているコイツには言われたくはない。
「クロちゃん……ボクのことは好き?」
「あぁ勿論、好きだぞ」
素直に即答をしたら、トリアナが元気になっていた。
「そういえば……エレンさんも胸が大きいし優しいところがあるのに、あの人は好みじゃないのか?」
「エレンおねえちゃんは……一度胸にさわったけど……なんか笑顔がこわかった……」
エレンさんの胸にも触ったのかよコイツは……
笑顔が怖い? 素敵な笑顔だと思うぞ。笑顔で威圧でもされたのだろうか。
「なんとなくわかる気がするね。あのタイプは……好きな人以外には、冷たい態度をとりそう……」
トリアナがそう言いながら、エレンさんのことを分析していた。
「クロード、ちょっといいか?」
三人で話をしていたら、アッシュさんが俺の部屋に尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。何か御用ですか?」
「あぁ。ちょっと用があるんだが、アルの兄貴のところに来てくれるか」
「わかりました」
俺に用があるというアッシュさんの言葉を聞いて。
アレンの相手をトリアナに任せ、俺はアッシュさんと共にアルさんの部屋へと向かった――
アルさんとアッシュさんの用とは、俺たちにお金を援助してくれるという内容だった。
建前は、旅をするには人数が多いのでとの事たが。本音はアリスのためなのだろう。
援助をしてもらえるのは助かるが。それは自分自身でなんとかしたかったので、俺は少し複雑な心境だ。
「俺としては、受け取って欲しいのだけどな」
考え込んでいると、アッシュさんがそう言ってくる。
「なら、こういうのはどうだい」
アルさんの提案は。このお金はできるだけ使わないのを前提として。
旅の資金が苦しくなったり、どうしてもお金を使わないとダメな時に使って欲しい。
そして、またこの屋敷に戻って来ることがあれば、使わなかった分はアルさんに返す。
多分返さなくてもいいという意思表示だと思ったが、俺はそれを承諾してお金を貰うことにした。
女性陣が買い物から帰ってきたら。
いつ出発するのかを話し合い、旅を再開することに決めた。
そして……夜まで俺が帰りを待っていたら。
帰宅した女性陣の中に、いつまで経っても帰ってこない者たちが居た――




