第75話 人間の罪業
「リア……」
「わかってます……あの子は……わたしとはちがうって」
リアが俺に抱きつきながら、震えた声でそんな事を口にしている。
「でも……もしかしたら……わたしも……」
そこまで言って、リアはその先を喋るのをやめた――
思えば俺も、竜人とただの竜の違いをいまだに理解していない。
竜人についての事を調べても、資料が少なすぎて把握できなかったわけだ。
「クロちゃん。竜人と竜族のこと、教えたほうがいいかな……」
リアを抱きしめながら、どう慰めようかと考えていたら。
トリアナがそう言ってきた。
知っているのか……
あぁ――そうか、トリアナはこの世界の女神だったな。
人間の世界には、竜人についての曖昧な伝承くらいしか残っていないが。
トリアナなら知っていて当たり前の事か。リアのためにも聞いておきたいが……
「わたしも……しりたいです……」
後で教えてもらおうとしたが。リアが知りたいと言ったので、トリアナがこの場で竜のことを説明してくれた――
「ボクも、前任の女神から聞いた話だから……口承になるのだけど」
「分かる範囲でいい」
「うん。この世界には、三種類の竜種が存在しているんだ」
「三種類?」
「そう……竜人と亜竜、そして……まことのりゅうと書いて、真竜」
真竜っていうのは、初めて聞くな……
「この真竜が……竜族と呼ばれている存在だね」
トリアナの話によると。この世界に存在している三種類の竜種は――
竜人は文字通り、人の身でありながら竜に変身できる存在。
亜竜というのは、別の生物と竜が交わった存在で。
知能が高いものも居れば、あまり賢くはないものも居るし。
世界中で暴れまわっているものも存在しているらしい。
この亜竜が食用や家畜になっていたり。
色々な場所で、冒険者の討伐対象になっていたりしているそうだ。
真竜は人に変身することはなく、竜人よりも強い力を持ち、高い知能を持っているそうだが。
その絶対数は少なく、竜人と遭遇するよりも――真竜に出会うことのほうが稀らしい。
人の会話を理解して話すことも出来るが。
人からすれば、竜の違いなど人にはわからないかも……と、トリアナが付け加えた。
「竜人というのはね……作られた存在なんだ」
「つくられた……?」
「どういう事だ?」
「かなり昔のことなんだけど。魔神と呼ばれる存在が居たらしいの」
曰く――魔神はかなり凶悪な力を以ってして、この世界の支配を企んでいた。
その屈強な力の前では、いかなる種族も太刀打ち出来なかったようだ。
「世界が暗黒に彩られていた時代……いろんな種族が次々と立ち向かっては倒れていって、どうする事も出来なかった時……一匹の神が立ち上がったの」
「一匹の……神?」
「そうだよ。竜のかみさま……竜神だね」
あぁ――それで匹なのか……
「真竜のなかでも竜神のちからは凄まじく、魔神と互角の戦いをしていたのだけどね」
竜神も魔神も力が拮抗していて、何百年にも及ぶ戦いの末――竜神が魔神を倒し、その魔神の身を封印した。
しかし――力を使い果たした竜神もその場に倒れ、動けなくなったそうだ。
世界を救った竜神に対し、真竜も人間も神に感謝して。その竜神が安らげる場所を作り上げたらしい。
「もしかして、いつか魔神が復活するときのために……その神様が竜人を創ったのか?」
俺は思ったことを口にしたが、トリアナはそんな俺の言葉を聞き。
哀しげな顔をして、それを否定した――
「違うよ。もっと……ひどいことが起きたんだ……」
「酷いこと? なんだそれは?」
トリアナがリアの顔を見て、リアがその視線を受けてゴクっと唾を飲み込む。
俺も二人の表情を見ながら、なんとも言えないような気持ちになっていた。
「人の業って深いよ……神をも恐れぬくらいにね」
その言葉を聞き、俺の中に嫌な考えが思い浮かんだが。
トリアナがこの後も続けた話は、俺の想像を超えるものだった――
竜の神は死んだわけではなかったが。力を取り戻すのに、長い時間が必要だった。
そして……その長い時の間に、人間は魔族と呼ばれる存在と争うことになる――
人間が害されていても、竜の神は人を助けようとはしなかった――
そんな竜神を見て、人間はいつまで経っても動かない神に苛立ちを覚えていたそうだ。
「人間と魔族の力は拮抗していたのだけど。魔族と戦っている間も、人は人同士で戦争をしていたそうだよ」
これは……今の時代でも同じなのか……
「ある時、大帝国と呼ばれていた国の王様が――御触れをだしたの」
「おふれ……なんですか? それは」
今まで真剣に話を聞いていたリアが、俺から少し離れてトリアナに向き合う。
「ありとあらゆる手段を使ってでも、竜をも超える力を……人間が手に入れる……」
「まさか……」
「国中の魔導士が集まって、長い議論の末に辿り着いた……一つの結論」
竜をも超える力を手に入れるには、直接――その対象から奪えば簡単だ。
しかし真竜は人間よりも強い、ならば……動けない神から力を奪えばいい。
そして……竜神は人間の手により、その生命を断たれることとなる。
竜神の身体を素体として手に入れた魔導士が、まず始めに行なったのが。
動物と竜の合成すること――
最初の実験は芳しくなかったが、次第に研究が進み始め。
その結果生まれたのが……亜竜と呼ばれる存在だった。
次々と色々な種の亜竜が誕生して、そして最後の研究の果てに――
その成果を出すことになる……
「竜と人間の合成をするために、国王が選んだのは……最下層の身分卑しきものと呼ばれる、奴隷だったの……」
そうして竜人と呼ばれる存在が生まれて、魔族をも倒すことが出来たが――
真竜の怒りを買った人間は、その王国ごと滅ぼされることになった。
竜人は人間の奴隷として使役されていたが、全滅することはなかったらしい。
その結果。最後に残されたのは……人間からも、真竜からも忌み嫌われる……
奴隷の烙印付きの竜人族だったそうだ。
隷属のアイテムも……その時の研究の副産物なのかもしれない。
人と竜……そのどちらとも共存できなかった竜人は、誰も居ない山で……ひっそりと暮らすことになった――
すべてを聞いて、俺は人間の罪業の深さを思い知らされた。
「その……どれいのしそんが……わたしですか?」
涙声になっているリアの質問に、トリアナは言葉を出さずに頷いていた。
「わたしが生まれてきたいみは……」
そこまで言って、リアが考えこむように顔を伏せる。
生まれてきた意味か……
黒斗は……ルナを護るために生まれてきたと言っていたが……
なら俺は……何のために生まれてきたんだろうな……
その言葉を再び聞かされて、自分が生まれてきた意味を考えていると――
「わたしは……生まれてきては……いけなかったのですか……」
リアが悲壮な表情をしながら、そうつぶやいた。
「そんなことは……」
「リアちゃん。それはちが……」
「ふざけるな!」
うおっ!?
ビックリした……
俺がそんな事はないとリアに言おうとしたら、完全に存在を忘れていたルナが唐突に叫んだ。
リアの言葉を否定しようとしたトリアナも、目を見開いて驚いていた――
「ルナさま……」
「オマエの先祖がキラワレていたとしても、そんなことはオマエには関係ない!」
「でも……人間はこわいです……」
「人間がコワイなら……強くなればいい!」
「わたしは……つよくないです……」
「なら強くなれ、人間にもしんりゅうにもまけない強さを手に入れろ」
「ひとりじゃ……つよくなれません」
「一人じゃないっ――ワタシを頼れ! クロを頼れ! オマエはワタシの配下で、ワタシの大切な仲間だ!」
強くなったね――ルナ――
俺が言いたいことを、ルナが全て言ってくれていた。
俺の心の中で……もう一人の俺の声が聴こえた気がした。
「ワタシもよわいから……クロにあまえてばかりだけど……」
ルナは俺の顔をチラッと見て、再びトリアナに向き合う。
「泣きたくなれば、オマエも……いつでもクロにあまえろ――きっとクロがなぐさめてくれる……クロが、絶対にオマエを守ってくれる」
「ルナさま……」
あれー……途中までいい話だったのに……
まぁ……言われるまでもなく、甘えてくれば慰めるし。
そして必ず護ってみせるけどな。
「クロさま……」
「リア……」
リアが前に歩き出しながら俺の名前を呼んだので、腕を広げてリアが来るのを待っていたら――
俺のことを華麗にスルーして。リアは――ルナの胸に飛び込んでいった……
おやおや~……
なんだろうか、この切ない気持ちは……
「ルナさま……」
「リア……ワタシといっしょに……強くなろう――」
「はい……ルナさま」
ルナが俺よりも……遥かにかっこいい……
抱き合いながら決意をしている二人を眺めて、俺は複雑な気持ちでいっぱいだった。
目の前に居た女神が、そんな俺を見て笑っていた気がするが……たぶん気のせいだろう――




