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第73話 尊敬すべき人

俺とアリスは、これからの事をアルさんの部屋で一時間以上かけて話し合いをしていた。

アルさんに、この屋敷で一緒に住まないかと言われたりもしたが。勇者が拠点にしている街に住むのは個人的にも嫌だったし。必ず迷惑がかかるので、それは遠慮することにした。


三人で話し合いをしている最中に、アリスのお姉さんのエリスさんが部屋に尋ねてきて。アルさんの許可のもと、話し合いに途中参加していたが。

俺がアリスの他にも好きな女性が居ると。正直にアルさんに伝えたら、エリスさんにキツイ目でキッと睨まれた。


馬鹿正直に言う事でもないかもしれないが。隠したくなかったので、律儀に喋ることにした。

アルさんは少し驚いていたが。アリス本人の意志を尊重するので、私からは何も言うことはないよ――と言って、許可を出してくれた。

当主になったから、アリスに正式な姓を与えることが出来るとも言っていたが、アリスはなぜかそれを断っていた――



「アリスさん。また君と話すことが出来てよかった。戻って来てくれて――ありがとう」


「私も……ちゃんとお話をすることが出来て……よかったです――アルお兄さま」


「私やギルが、家訓のために家を空けていたとはいえ。君を守ることができなかったのは、本当に申し訳なかった」


椅子に座っていたアルさんが立ち上がり、アリスに向かって深々と頭を下げて謝罪する。


「あ、頭を上げてください。ギル兄さんが守ってくれたので、私は大丈夫でしたから」


「そうだったね。あの慎重な弟が、まさか全てを捨ててまで、末妹を連れて家を出て行くとは……私も思いはしなかった」


すべてを捨てて――か……

やはり凄いなギルさんは。アリスが他の家族に、さま付けで名前を呼んだり、敬語を使ったりしているのに。

ギルさんにだけは、砕けた喋り方をしていたからな。出会った当初は、本当に仲の良い兄妹に見えたもんだ。


「ギルの婚約者も、ギルとは将来を誓い合った仲だったのに。あの時は悲しかったと言っていたね」


「も――申し訳ありません」


「あぁ、すまない。そんなつもりで言った訳ではないんだ。その婚約者も、別の貴族と結婚をして幸せらしいからね。アリスさんが気に病むことは、もう無いんだよ」


将来を誓い合った婚約者との結婚を破棄してまで、ギルさんはアリスを護ることを選んだのかよ……

それがどれほどの苦渋の選択だったのか……俺には分かるなんて、軽々しく言えないな……


ギルさんは明るく軽そうな性格で、人生を楽しく謳歌しているように見えたが。これほど心から尊敬すべき人は、今まで居なかった。

その後もたわいない話し合いをして、ゆっくりしていってくれと言うアルさんの言葉に甘えて、俺たちはそれぞれ案内された部屋で休むことにした――


俺は自分に与えられた部屋のベッドに座り、一緒に着いて来たルナを膝の上に乗せて語り合っていた。


「ルナは俺といつも一緒だよな」


「ん……クロとはなれたくない――ずっといっしょにいる」


「そうか」


前世の夢を見たり。ルナの告白で、甘えてくる理由は理解できたが。

思えばこの世界にきて、ずっと一緒に寝たりしてたよな……

ルナの事は愛しているし、それに不満なんて無いが。俺の中の黒斗はいつ目覚めるんだろうか。


なかなか目を覚まさない黒斗の事を考えていると、部屋のドアをコンコンとノックする音が聴こえてきた。

俺が、どうぞ――と声を出すと、アリスのお姉さんのエリスさんが、部屋の中に入ってきた――


「失礼するわ」


「えっと……どうも……」


ちゃんとした挨拶をしたかったが、なぜかルナが俺の体にガシっと抱きついてきて手を離さなかったので、俺は座ったまま失礼な挨拶をしてしまう。

エリスさんはそんなルナを一瞥して、俺の顔を見ながら話しかけてきた。


「エリスリーゼ――」


「え……?」


「私の名前よ。エリスリーゼ・グレイヴ・バーンシュタイン」


「あ――クロード・ディスケイトです」


「知っているわ」


正式な自己紹介をされたので名乗り返したら、そっけない態度を取られてしまう。

そして無言のまま、ひとしきりジッと俺のことを睨んできていた。


うーむ……

何か用があったんじゃないのかな……

てか視線が痛い……顔は美人だけど、鋭い目が俺のことをキツく見ている。

宿屋で最初に見た時は、凄く優しそうに見えたが。あれはアリス相手だったからなのかな。


エリスさんは、赤茶色の綺麗なナチュラルウェーブの髪型をしていて、一見優しそうな顔をしているが。

目だけが、ちょっとキツめの冷めた眼差しをしている。年齢は二十代前半だろうか。アリスとは、そんなに歳が離れていない見た目だ。


「アリスから話を聞いたのだけど。貴方――随分と欲望に忠実に生きているそうね」


あ……

これはあれか……

ハーレムの話をアリスから聞いて、怒っているからこんなに眼光が鋭いのか?


「は……はい……すみません」


「別にもう、怒っていないわ」


もう――ということは、アリスと話している最中は怒っていたらしい。

それと、目が鋭いのは生まれつきだったっぽい――


「アリスが欲しいと言ってきたその日に。すぐに他の女と戯れてる貴方に……呆れているだけよ」


「う……」


まったく言い訳ができない。

今もなお、ルナは俺から離れないしな。


「フッ……」


相変わらず俺の体に寄り添ってベタベタしているルナが。

そんなエリスさんの言葉を聞いて、なぜか笑っていた。


「何を――笑っているのかしら?」


「別に……クロはワタシを一番愛しているから、アリスは二の次だ」


「な……」


おい――挑発するなよ……


ルナの挑発を聞き、エリスさんは絶句している。


「こ……子供の戯れ言よね……落ち着いて――エリス……」


エリスさんは驚いた後、顔を下にむけて何かをブツブツ言っていた。

その後も俺を放置して、エリスさんとルナがいろいろと話しをしていたが。

口を挟む余地がなかった俺は、しばらく様子を見ていたが、この後ルナが言い放つ一言を聞いて戦慄することになる――


「アリスに勝ち目がない? なぜそんな事がわかるの?」


「クロの初めては、もうワタシが貰ったからだ」


この場の空気が凍った――

それはもう、氷がピキッパキッと鳴ったような幻聴が聞こえるほど凍りついた――

俺はガタガタと震えながらルナに話しかける――


「な――なにを……言っているのかね……ルナさんや」


「ん……? ワタシとクロの初体験の話をしたダケだ」


ちょ――そんな明確に言葉にするとか……


「え……うそ……よね?」


「ホントのことだ」


ルナのその言葉を聞き、エリスさんが、まるでゴミを見るような目で俺のことを蔑む――


「こんな小さな子に……何をしているのよ……貴方変態なの?」


ぐふぅ……

キッツイ目と口調でそんな事を言われるとは……

俺の威厳が、一気に崩壊した気がする……

元々そんなものは、全然なかったけど――


「私ですら……まだ経験したことがないのに……」


エリスさんが何かを言っている気がするが、俺の精神はズタボロになっていた――


「ワタシはオマエよりも年上だぞ」


「え? そうなの? なら問題は……ないのかしら……」


「そうだ――何も問題ない」


「でも、見た目って重要だと思うわ……アリスより先に手を出すとか――もしかして貴方、幼女好きなの?」


「そのとおりだ」



がはっ――

散々言われてきた言葉だが……

も……もう――やめてくだしあ……



ルナの言葉で、俺のメッキがボロボロとはがれ落ちていき。

俺の体中に、エリスさんの見えない口撃の刃が、グサグサと突き刺さっていた――

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