第72話 魔皇は女勇者が大好き
正午を少し過ぎた頃――
迎えの馬車が来たので俺たちはそれに乗り、アリスの実家に向かうことになった。
別の部屋で過ごしていたアリスたちは、挙動不審気味に宿屋から出る俺のことが、凄く気になっていたみたいだった。
「クロさま……?」
「どうしたのですか? クロードさん」
「なんでそんなに、怪しい動きをしているのよ」
リアとエレンさんが不思議がっていて、アリスはまるで不審者を見るような眼で俺を見つめていた。
俺は宿屋の入り口から顔だけだしてキョロキョロと見回し、そして目の前に停まっていた馬車に、ルナを抱きかかえて走って乗り込んだ。
馬車のドアを開けて待っていた若い御者の人が、うわ――っと驚いた声を出していた気がする。
他の女性陣が全員乗り込むと馬車が出発し、俺は馬車の中で安堵しながらアリスたちに説明をすることにした。
「異世界の勇者に襲われた? それであんなに妙な動きをしていたのね……」
「ボクが渡した指輪でごまかせるから、そこまで警戒する必要ないと思うのだけどね」
「誤魔化せるといっても、その場でばったり出会ったらどうなるんだよ?」
「それは……ごまかせない……」
俺の言葉を聞いたトリアナが、シュンとしていた。
別に見えなくなる訳ではなく、気配を消すだけらしいので、用心するに越したことはない。
流石にアリスの家に居る時は、見つかる可能性はないだろうから、安心はできそうだった。
「女神に魔王に竜人……よく考えれば、とんでもない状況よね」
俺が馬車の中で外の景色を見ていたら、アリスがそんな事をつぶやいていた――
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「デカイな……」
アリスの実家についた俺は馬車から降りて、開口一番に出た言葉がこれだった。
ギルさんたちが住んでいた借家も大きかったが、この屋敷はそれの二倍は大きかった――
「これでも一応伯爵の爵位を授かっているからね。それなりの家に住まないと、示しが付かないんだよ」
俺の言葉を聞いて、屋敷の扉付近からカイさんが出て来てそんな事を言ってきた。
「カイさん――どうも」
「やぁ、クロード君。我が家へようこそ――」
カイさんが貴族らしく恭しい会釈をしてきたので、慌てて俺もお辞儀をする。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。自分の家だと思って、ゆっくりしていってよ」
いや無理。こんな屋敷を見て、そんなふてぶてしい態度は取れない。
こんなに大きな家を見せられて、みんなだって驚いて……いないな……
屋敷の大きさに圧倒されて、ポカンと口を開けていたのはどうやら自分だけだった。
よく考えてみれば。アリスやエレンさんは大きい家に住むのには慣れていたわけだし。
ソフィアとトリアナは女神で神界が出身地だ。ルナなんて魔王女として城で住んで居たし。
リアは竜に変身できる種族の竜人で、竜人の住処はとても大きのかもしれない。
庶民的な感覚を持っていたのは自分だけなのだと、改めて思い知らされた――
自分は意外と平凡なんだなと思いながら、カイさんの案内のもと、当主の部屋の前へと案内をされた――
「申し訳ないのですが。クロード君とアリスちゃん以外の御婦人方は、あちらの部屋でお待ち頂きたい」
「わかりました」
「はーい」
カイさんが当主の部屋とは別の方向にある部屋を指し示して、ソフィアとトリアナが代表して返事をしていた。
五人の女性陣が別の部屋に行った後、俺はギルさんに渡されたネックレスを見えるように首元から出し、当主の部屋に入って行った――
「よう――来たな」
中に入ると部屋にはアッシュさんが居て、俺に向かって挨拶をしてきた。
「では――頼んだよ」
「あぁ、めんどくさいが――国王の命令なら仕方がない。行くぞカイ」
「はいはい。それじゃ――クロード君。私たちは仕事があるからこれで失礼するよ」
当主に頼み事をされたのか、アッシュさんとカイさんがそんな事を言いながら退室した。
俺はアリスと二人でこの場に残されて、緊張で萎縮してしまっていた――
「そんなに緊張をしなくてもいいですよ。それと――アリスさん、おかえり」
「た……ただいまです……アルお兄さま……」
俺たちの緊張を解すように当主はそう言って、アリスは言葉に詰まりながら挨拶をする。
ギルさんが三十後半なら――当主の年齢は四十代くらいだろうか。二人はよく似ているが、ギルさんとは正反対で、筋肉が付いているわけでもなく。顔はすごく優しそうな表情をしていた。
歳の割には随分と見た目と口調が若々しく、すこし――カイさんと似ているような気がする。あそこまで軽い優男風ではなかったが――
「まずは自己紹介ですね」
俺を見ながら当主が自己紹介をしてきた。
「アルベルト・グレイヴ・バーンシュタインです」
「クロード・ディスケイトです。妹さんをくだ……じゃない――妹さんとはお付き合いをさせていただいています」
うぉぉぉぉ……いきなり失敗した!
何を口走ってるんだ俺……
ただの自己紹介だったはずが、焦りすぎたのか俺は余計なことを付け足していた。
そんな俺を見ながらアルさんは少し驚いた後、笑いながら話を続けてくれた――
「はは――面白い人ですね。ギルはそんな君のことを、気に入ったのかな?」
アルさんが俺の胸元のネックレスを見ながら、そんな事を言ってきた。
「ギルがそれを手放すとは――夢にも思わなかったのだけどね」
うん? そんなに大事なものだったのか?
家紋がついているから――当主に話しを通す程度のものだと思っていたんだが。
俺が不思議そうな顔をしていると、アルさんがこのネックレスについて説明をしてくれた。
このネックレスは母親の形見でたった二つしか無く、アルさんとギルさんしか持っていない物だそうだ。
二人が成人になった時に、母親からプレゼントされて、二人共――ずっと手放さずに持っていたらしい。
そんな大切な物を俺に渡したのかよ、ギルさんは……
どおりで俺がコレを着けていても、アリスは何も言わなかったんだな。
家族全員が持っているわけでもなく、アリスもコレの存在を知らなかったわけだ。
旅の途中で着替えている所を見られた事があるが、アリスはネックレスを見ても関心は示さなかった。
ネックレスの先についている小さな家紋は、かなり近づけてみないと見えないわけだし。
「俺は預かっただけですので、またギルバートさんに会えばすぐに返しますよ」
「それでも――だよ。一時でもそれを手放すのは、ギルからの信頼の証だという訳だ」
「アリスのことで信頼されているのは、自信を持って言えます」
「うん――良い返事だ。あの二人の言うとおりだね」
アルさんが言うには、アッシュさんとカイさんが俺のことを色々と説明したらしい。
アリスも心から慕っているし、俺も決断力高く、信用できるから任せて大丈夫だとか。
決断力が高いわけじゃなく。自分の好きな女のことになると、強欲とも言えるような感情に支配されるだけです――
勿論そんなことは言えるわけもなく、俺は黙ってアルさんの話を聞いていた。
「アリスさん」
「は――はい」
「君から見た、彼のことを教えてくれますか?」
「はい」
アリスはまだ少し緊張をしていたが。俺達の関係をできるだけ詳しく話していた。
俺と出会った時は弟みたいに思っていたが、そんな俺に会う度だんだんと惹かれていき。
そして今では心から俺を愛していると伝えた時は、俺は顔から火が出るほど恥ずかしかった――
それと、俺が異世界人であることも隠さずに言っていたが、流石にそれを聞いたアルさんは驚きを隠せないでいた。
「異世界人――君は、勇者なのかい?」
あぁ……それ――ギルさんと初めて会話した時にも言われたな……
どちらかと言えば俺は魔皇で、目の前に居る貴方の妹が方が勇者です。
俺は魔皇だけど、勇者のアリスは大好きです。
無論――そんな事は口が裂けても言えないが……
俺は魔皇ですけど貴方の妹さんが欲しいです――何てことは言えないし。
アリスは俺のことを異世界人だとは言ったが、転生者だとは言わなかったので。
それ以外の事は正直に話すことにした――
「異世界人であることには間違いないですが。俺は勇者ではありません」
「勇者じゃない――なら君は、誰に召喚されたのかな?」
やっぱりそれ……聞いてくるよな……
「それは、わかりません」
「わからない? なぜかな?」
「この事について嘘は吐きませんが。この世界に召喚をされたのはたしかですが、召喚された場所に自分以外の人は居ませんでした」
「それはまた――不思議な話だね」
アルさんがそう言いながら思案するような仕草をした後――
「私もお城で、勇者が召喚された時の話は聞いたけど。かなり膨大な魔力と、高度な魔法陣がなければ成功しないという話しなのだがね」
「俺を助けてくれたギルバートさんが、召喚魔法陣は見たと言っていましたが……」
「そうなのかい――ふむ。まぁ、気にならないといえば嘘になるけど。わからないことは仕方がないね」
「すみません」
「気にしなくてもいいよ。私も、異世界の勇者にはお城で会ったことがあるけど、君は彼よりも信用できる」
「そうなのですか?」
「うん――彼は勇者として正義感は高そうだけど、女性の扱い方は軽薄そうだったしね」
あー……なんとなくわかる気がする。
確かに熱血で、正義感が高い印象だったが。
実際はわからないが。喋り方と見た目のせいで、そんな感じを受けそうだ。
「今も彼のせいで、弟達が尻拭いをすることになってしまってね」
「何かあったのですか?」
「なんでもこの街に魔王が居たらしくて。それを倒そうとしたけど逃げられたから、街が厳戒態勢をしくことになったんだ」
げ……マジか……
今そんな事になっているのかよ……
「魔大陸から、魔王だけがこの街にやってくるなんて――とても信じられないけど……勇者の言葉は無視することはできないし、国王様の命令も出されたからね」
すみません……
実はその魔皇は……俺のことなんです……
くっそー……勇者め――なんて余計なことをしてくれたんだ……
屋敷から出ることも、街から出ることも出来ないじゃないか。
やはりアリス以外の勇者は俺の敵か……
ルナと俺を狙った挙句、余計なことをしでかしてくれた勇者は。
やっぱり邪魔者で自分の敵なのだと、俺は改めて再認識することとなった――




