第71話 魔皇の憂鬱
ソフィアがランスを構えながら勇者の男と対峙しているが、色々とマズい状況だった。
相手は悪人ではないし、この塔は街の直ぐ側に建っているからだ。
俺自身もなんとか感情を抑えてキレそうになるのを我慢していたが、これ以上抑えきれるかもわからなくなっている。
『ご無事ですか? クロード様』
久しぶりに心の中からソフィアの声が聴こえてきた。
俺はその声を聞いて、心の中で会話をする。
『あぁ。ルナに助けてもらったから無事だ』
『クロ……あいつ……殺してもいい?』
俺がソフィアと話をしていると、恐ろしい事を言うルナの声が聴こえた。
『それは駄目だ。正直俺もそんな気分だが、相手は悪人じゃない』
『どういう事でしょうか?』
『あの男は異世界の勇者らしい』
『勇者ですか……』
ソフィアは俺の言葉を聞き少し考えていたが、すぐに男に向き直り。例え勇者だとしても、クロード様の敵ならば私の敵です――そう言って男にランスを構えた。
勇者はそんなソフィアに向かって。魔皇の手下か? 綺麗な人だが手加減は出来ないぞ――と言い放ち、再び魔法を詠唱した。
「無駄ですよ。私に神聖魔法は効きません」
「な――なんだって……」
自信満々で魔法を放った勇者だったが、ソフィアが構えた盾に当たった光の魔法が霧散した。
何だあの盾……
いいなぁ、すごい欲しい……俺の魔法で創れないかな?
ソフィアの持っている盾を見ながら、そんな事を考えていたら。
勇者がまたステータス鑑定をソフィアに向かってしていた――
アイツの称号に覗き魔って無いのかな……
「神王ソフィーティア・アルレイン。何だ? 神王って……」
俺の大好きな女神様だよ。
「え? 戦っちゃ駄目? なぜだウィルちゃん!」
相手が神だとわかったのか、勇者は精霊にダメ出しをされていた。
それで俺たちから手を引くのかと思っていたら、勇者はまた俺の方に向かって来た。
精霊に女神を攻撃しては駄目だと言われたからなのか、目標を俺に絞り込んだらしい。
もうめんどくせーなコイツ。殺っちまうか?
俺がそんな結論を出そうとしていたら。こちらに向かって走って来た勇者に、ソフィアが横から飛びかかって、右手に持ったランスで容赦なく勇者を突き飛ばす。
ぐはぁぁ――と、悲鳴を上げてきりもみ回転して飛んで行く勇者に向かって、ルナが地面から握り拳の形をした土魔法を出して、上空に打ち上げていた。
――コンボがつながった――
頭の中で、システムメッセージみたいな幻聴が聴こえた気がするが。
それを見た俺はできるだけ手加減を意識して、トドメとばかりに風圧魔法を使い、勇者を地上に叩きつけた。
勇者は。ぶべら――と変な声を出して、無様にも潰れた蛙みたいな格好で地面に這いつくばった。
取り巻きの女たちが男の名前を叫び、勇者に駆け寄っている傍ら。俺は心の中で、ざまぁ――と思いながら気分がスカッとしていた。
「クロちゃん。いまのうち」
そろそろ逃げようかと考えていたら、階段の方からトリアナが手招きをしていた。
俺は急いでルナを抱きかかえて、トリアナの方へと走っていく――
勇者の仲間の魔導士が、魔法を唱えて俺の邪魔をしようとしていたが。
俺に、お姫様抱っこされていたルナが魔法を唱えて、勇者が倒れている場所に落とし穴を掘った。
落とし穴に落ちた勇者を見て、女は悲鳴を上げて魔法を取りやめたので、俺たちは逃げる事に成功した――
「ふぅ……よく我慢できたね。クロちゃん」
「はぁ……はぁ……あぁ。危なかったけどな」
勇者が俺ではなく最初からルナを狙っていたら、速攻でキレていたと思う。
塔の階段で衛兵っぽい奴らを素通りして、俺たちは全力で宿屋に戻って来た。
避難をしていると思ったのか、階段を駆け下りる俺たちに衛兵は何も言ってこなかった。
追いかけて来る気配がないところを見ると、あの勇者はそんな余裕はないようだ。
俺は息を整えた後、トリアナに向かって苦言を漏らす――
「まったく、どうなっているんだよこの世界の勇者は。どいつもこいつもルナを狙いやがって」
俺の言葉を耳にしたルナが、悲痛な表情をしながら俺に謝ってきた。
そんなルナを抱きしめて慰めていたら、トリアナが状況を聞いてきたので俺は詳しく説明をした。
「異世界の勇者……そういえばこの街に居たのだっけ。ごめんね、クロちゃんに教えるの忘れてたよ」
「つかえねー……」
「う……ごめんなさい」
「いや――わるい。そんなつもりじゃなかった」
トリアナは別に悪くはないのに、勇者にウンザリしていた俺はつい愚痴ってしまった。
申し訳無さそうな顔をしている女神に謝った後、これからどうするべきか俺たちは話し合う。
「あの勇者、ルナの事は精霊から聞いたと言っていたが――逃げてもすぐ見つかるんじゃないか」
「それはだいじょぶ。こんな事になるとは思わなかったから、教えなかったけど。精霊の目をごまかすことは出来るよ」
「どうやるんだ?」
俺の疑問にトリアナは服のポケットから指輪を出し、俺とルナにそれを渡してきた。
トリアナ曰くこの指輪を付けていると、俺たちの存在を誤魔化すことが出来るし、オマケに魔力も回復できるらしい。
ありえないくらい準備がいい上に怪しさ抜群で、尚且つ狙ったようなタイミングだったので、俺は疑いの視線をトリアナに向けた――
「な――なにかな、その眼は?」
「タイミング良すぎる……どういうことだ?」
「大神王様に。いつか渡してねって、頼まれていたものだよ」
アストレア様にねぇ……
まぁ――神様を疑ったりはしないが。今は信用しておくか。
いちいち勇者を敵に回すのもめんどくさいし。魔力が回復するのなら一石二鳥だった。
教えてもらった機能の他に別の機能もついていそうだったが、俺とルナは言われた通り手に指輪をはめた。
そのあと懐中時計で時間を確認し、まだ約束の時間まで大分あったので迎えが来るまで部屋で閉じこもることにした。
「そういえばソフィア。持っていたランスと盾はどうしたんだ?」
「クロード様みたいに、消すことが出来ますよ」
魔法の武具なのかな。かなり強力そうだったので俺も創ってみたいんだが――
「神聖魔法が効かないって言っていたが、あの盾凄いよな」
「いえ――アイギスは確かに強力ですが。私は神なので神聖魔法は通じません」
あぁ、元々効かないのか。女神に神聖魔法でダメージを与えるとか出来たら、確かに変だよな。
しかし……アイギスか。聞いたことあるような名前だ。
「アイギスって聞いたことある気がするんだが、もしかして槍も強力な武器なのか?」
「ブリューナクも強力ですが、模造品ですので本来の力は出せません」
「模造品?」
「大神王様の装備の複製品だね。本物は大神王様がもっているんだ。ニセモノってわけでもないけどそこそこ強いよ」
俺の疑問にソフィアに代わってトリアナがそう答えてきた。
「そうなのか」
アストレア様の武具か……
なんでそんな物をソフィアが持っているんだ? 神王は全員持っているのかな。
神族の事を色々と考えていると、俺は自分の見た夢を思い出し。忘れかけていたルナの言葉も思い出した。
あの時も気になっていたし、丁度いいからと女神たちに質問をしてみる。
「なぁ――ちょっと質問があるんだが」
「なにかな?」
「クロフォードって名前……知っているか?」
「へ……?」
「え……?」
俺の言葉を聞いたトリアナとソフィアの二人が、素っ頓狂な声を上げて固まった。
ルナも俺のことを見ているが、なぜか何も言ってこない。
「クロちゃん……その名前……夢で見たの?」
「いや――ルナから聞いたんだが、誰の名前かは知らん」
「それは……」
「すとーっぷ」
「ひゃ……」
ソフィアが何かを言おうとしていたが、トリアナが慌ててソフィアの口を自分の手で塞いでいた。
あまりにも勢いをつけすぎたのか、バチンという痛そうな音がして、ソフィアが変な声を出した。
「いひゃいれふ……」
トリアナに口を塞がれたままソフィアが涙声になっていた。
やっぱり聞いちゃいけないことだったか。
何となくそんな予感はしていた。もしこれが、夢の中で見た俺の前世の男の名前だとしたら想像はつく。
「えっとね。クロちゃん……申し訳ないんだけど、あの御方――ううん。その人の事を教えることは出来ないんだ」
「わかった。言えないなら仕方がない」
「ごめんね」
あの御方――ね……
俺の前世の一人が神王だったし、これ以上があっても驚きはしなかったが。トリアナの言葉で確信がついた。
神王よりも上の存在――いや、大神王よりも上……聖王か……やはりとんでもないな、俺の前世。
俺はソフィアが前に言っていた、ねがいのまほうの力は創造神の領域という言葉を思い出した。
神がなぜ人間に転生したのかはわからなかったが。思っていたよりも、かなり重い宿命が自分に課されていたようだ。
まてよ……
俺の前世が神族だったというのはまぁいいが……
今の俺はどうなんだ? 人間……なのか?
「トリアナ。一つだけ聞きたい」
「なに?」
「俺は人間なのか?」
「え? クロちゃんは人間だよ? なんでそんな事を聞くのかな?」
「魔皇って……魔族の王様じゃないのか?」
「あー……」
トリアナは俺の言葉を聞き、言える範囲でのことを説明してくれた。
別に魔皇だからといって、本人が魔族である必要はないらしい。
人間の身で強力な力を持って魔族を支配し、魔皇を名乗っていた奴も昔は居たらしい。
元神族が闇に堕ちて魔王を名乗り、神と戦争をしていた時代もあったそうだ。
だから俺が人間でありながら、魔皇名乗ったとしても問題はないと言われた。
勇者の神聖魔法が俺に滅茶苦茶ダメージを与えたのが気になるが……
どうやら俺は魔族ではなく人間らしいし――まぁいいか。
「なるほどな」
「もういっその事、この世界の魔族でも支配しちゃう?」
「興味ないな――というか女神がそんな事をすすめるなよ……」
トリアナは、たははは――と笑いながら、世界を管理する女神は見守るだけで基本は何もしないと言った。
魔族が侵略してきても、人間を見捨てるとか冷たいな……と俺は苦言をしたが。
助言など簡単なことはしても、あまり手伝いすぎると人間は調子に乗って、全て神任せにしてくるそうだ。
人間の欲深さか……
わかる気がするな。種族の違いだけで簡単に争いをしそうだしな。
でもそれで信仰心が薄れるのは、自業自得な気がしてきた……
「異世界の勇者を召喚しているし。けっこう人間だけでなんとかなっているしね」
「戦っているのは北の勇者だけじゃないのか……」
「それは……そう――みたいだけど……」
「あのカズマとかいう勇者も、魔王を倒すなら北にいけよ……こんな所で俺に喧嘩売ってる場合じゃないだろ……」
「言われてみればそうですよね……魔王と戦える勇気があるのならば、侵略してきている魔族と戦えばいいでしょうに」
俺のこぼした愚痴を聞いて、ソフィアがそれに賛同をしていた。
「ボクもすべてを知っているわけじゃないけど。それぞれ召喚された街の大陸を護ることを、強要されているみたいだね」
「そうなのか?」
「うん――東の勇者も南の勇者も、それぞれの大陸からあまり離れないっぽいよ」
勇者は東西南北にそれぞれ召喚されているのか。
どの大陸に行っても居るのかよ……めんどくせえな。
まさか最初に召喚された中央大陸が、唯一の安息の地だとは思ってはいなかった。
これから旅を続けるのに俺は憂鬱を感じるが、今更旅をやめることは出来ない――




