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第70話 西の勇者

「魔王? 何の事だ? いきなり現れて何を言っているんだ」


物凄く関わりたくなかった俺は、人違いだという風に装う。

自分の事を異世界の勇者だと名乗った男は、髪の毛を後ろに纏めてポニーテールにしていて、顔は整った如何にも女にモテそうな風貌をしていた。

年齢は俺と同じくらいで、身長は180センチ程度、少し熱血が入ってそうな喋り方だ。


「恍けるな。お前が魔王だという事は、ウィルちゃんから聞いてわかっているんだぞ!」


ウィルちゃん? 誰だよそれ……後ろに居る女の事か?


男の後ろには、二人の女がこちらに向けて、それぞれ杖を構えていた。

一人は魔法使いみたいな格好をした女の子で、もう一人の方は治癒術士っぽいローブを着た女の子だ。


「クロ……」


ルナが俺を名を呼び、腰に抱きついてくる。

それを見た男が声を荒げながら、また俺にルナから離れろと言ってきた。


コレを見てもまだそんな事を言うのか。

どう見ても、ルナの方から俺に寄り添っているだろ……


しばらく口論を続けていると、男が意味不明な独り言を喋り始めた。


「え? 魔王は女の子の方? そんなバカな……ウィルちゃんの勘違いじゃないのか?」


何だあれ? 一人でブツブツ喋っているが……

後ろの女の子たちは何も言っていないよな。いったい誰と喋っているんだ?


「精霊と話してる」


「精霊?」


「うん」


不思議に思っていると、ルナが男を見ながら俺にそっと教えてくれた。

俺も男をよく観察してみると、自分の肩ぐらいの高さに浮いている赤い玉に、真剣に話しかけていた。


精霊なんて存在は見たこと無いが。もしかしてあの赤い玉がそうなのか。

しかしマズい事になったな。もしあれがルナの正体を知っている存在なら、何とかしないと。


街に逃げて人混みに紛れる事ならできるが、もしあの男が追いかけてきたらやばい。

相手は勇者だから知名度が高いだろうし、街に行けば目立つ。

街の人も巻き込みたくはないし、俺も犯罪者のレッテルなんて貼られたくはない。

となると……


俺は左右に首を動かし、辺りを見回す――

元々人は少なかったが、騒ぎに巻き込まれたくなかったのか、いつの間にか俺たち以外の人が居なくなっていた。


魔王という言葉を聞いていたのかは分からないが、衛兵を呼ばれる前にさっさと逃げたい。

一旦外に逃げて、それから連中を巻いて街に逃げるのが得策か……



「うん、なるほど。確かにそうだな」


俺が色々と考え事をしていると、男が何かを納得していた。


「そこのかわい子ちゃん!」


男がルナに指をさしながら、軽薄そうな態度で言葉を吐いてきた。


確かにルナは可愛いけど、その呼び方はどうかと思うぞ。

まぁ、ルナの名前を知らないから仕方ないけど。


「悪いけど。俺の勇者の力で君のステータスを覗かせてもらうよ」


なに? ステータスを覗くだと。勇者はそんな事が出来るのかよ……

そんなゲームみたいな能力が使えるなんて羨ましいぞ。

俺の魔法の力も似たようなものだが……



「ステータス鑑定!」


俺が驚いていると、男がこっちを見ながらそう言った。


「むむ……」


マジで見えるのか……?


「魔皇クロード・ディスケイト……やはり魔皇じゃないか! あれ? 魔皇ってこんな字だったっけ?」


俺を覗くのかよ!? ルナを見るって言ってたじゃないか。

そしてやっぱり皇の字で混乱するよな。その気持はわかる。


「しかもなんだこれ……称号多すぎじゃないか?」


あぁ、そっちも見えるのか……うん。確かに多いよな。


「魔皇にしてはやたらレベルが低いな」


ぐふっ……

異世界の勇者から見ても俺は弱いのか……


俺は地味に精神的なダメージを喰らった。


「でも、レベルに比べて魔力は多いな」


なるほど……魔力は多い方なんだな。


その後も、男は俺のステータスに色々ツッコミを入れていたが。

俺も、うんうんと心のなかで相槌を打っていた――



「カズマ様。どうしたのですか?」


「魔王を倒すんじゃなかったの? カズマ」


いい加減痺れを切らしたのか、男の後ろに居た女の子たちが口を開いていた。

カズマと呼ばれた男はハッと我に返り。そうだった……と言いながら今度はルナの方を見る。


俺も我に返り、気持ち的にもルナの事を覗かせたく無かったので。俺の後ろにルナを隠した。

しかし男は。無駄だ! 俺の鑑定からは逃げられないぞ! と叫んでルナの事を調べたらしい――



「大魔王ルナティア・フォルス・ディスケイト・ツァーベル?」


「ん……?」


「「名前長っ!?」」


鑑定をした男と、それを聞いた俺は同時にハモっていた。


ルナの名前ってそんなに長かったっけ……

ディスケイトって、ルナにも付いていたんだな。

しかも大魔王なのかよルナは……なんてこったい。


自分のステータスを見た事がなかったのか、ルナが俺の後ろで疑問を持っていた。


「大魔王? ふむ……しかしステータスはやたら低いな……」


ルナのステータスが低い?

やはり力の使いすぎで弱体化しているのだろうか。

ねがいのまほうで、黒斗の魂を確立した挙句。神界に侵入したり、色々したからな。

トリアナは俺から力を貰っているらしいが、ルナは出来ないのかな。


「真祖? 吸血鬼の事だっけ?」


お! ルナの称号か? 俺も気になるぞ。

いったいどんな称号が並んでいるんだ?


「ジョブがクリエイションマスター……何だこれ?」


うおい。称号はどうした? 俺はそっちが気になるんだが……

ていうか、俺のJOB欄にもあるはずだよな? それ。


「不思議な称号がたくさん並んでいるが……わかったぞ」


俺が知りたいと思っていた事を男は全く口に出さずに、何かを把握していた。


「さては、お前が無理やり操っているんだな!」


男が俺を指さしそんな事を言い放つ。


「は……?」


「怪しい魔法か何かで無理やり手籠めにしているんだろ!」


「なぜそうなる……」


魔王よりも、大魔王のほうが格上だと思うんだが。

どうしてそんな結論になったのだろうか。


「普通、大魔王の方が偉くないか?」


「そんな事はない! なぜなら。王よりも皇の方が上だからだ!」


気になって男に質問をしたら、そんな事を言って否定された。


え? そうなのか? それは知らなかったな。


「大人しくその子を解放してもらうぞ」


その言葉を皮切りに、男が剣を構えてこちらに向かって来た。

俺はすぐに逃げるつもりが、すっかりこの場の雰囲気に流されていた。



「ルナ。下がっていろ」


「おぉぉぉ!」


「グラディウス・クリエイト!」


俺はルナを下がらせて、勇者に立ち向かう。

勇者が叫びながら俺に剣を振り下ろしてきたので、魔法で剣を出しそれを防ぐ。

鍔迫り合いの形になったが。精霊の加護なのかわからないが、勇者の力は俺より遥かに強かった。


「俺のエクスカリバーを防ぐとは……なかなかやるな!」


俺と鍔迫り合いをしながら男はそんな事を言ってくる。


エクスカリバーて……

そんな御大層な剣なのかよ……確かにやたら神々しい輝きを放っているが。


「しかし俺は勇者だ! 魔皇に負けるわけにはいかない!」


「俺も魔皇として、勇者には負けんぞ!」


あれ……

これ、完全に俺が悪役じゃね? どうしてこうなった……


俺が自問自答している中、勇者が次々と斬りかかってくる。

正々堂々と勝負したいのかは分からないが、仲間の女に援護を頼んだりはしていなかった。

俺としてはルナを巻き込まないで済むので助かってはいたが。力の差が不利である事に変わりない。


攻撃魔法を使って戦いたかったが、手加減が出来るかもわからないので使うわけにもいかない。

相手は犯罪者ではなく勇者だし、後ろの女の子たちも巻き込んでしまう可能性があったからだ。

前に戦ったメガネも勇者を自称していたが、あっちはルナを攫ったわけだから、俺の中で悪に認定していた――


このままじゃジリ貧だな。目眩まし魔法でも考えて隙を突くべきか……


「むーん。しぶといな。ウィルちゃん、切り札を使うぞ」


俺が相手の目を眩ませて逃げようかと考えていたら、勇者が精霊に話しかけていた。


「光の精霊ウィル・オー・ウィスプよ! その力を開放し、聖なる光で邪悪なる者を打ち払え!」


「魔法か!?」


「シャイン・レーザー!」


「マジックシールド・クリエイト!」


勇者が魔法を唱えると、赤い玉が青白く発光して、光の粒子が俺に襲ってきた――


「がぁぁぁぁ……」


俺は魔法で盾を出してそれを防いだが、ジリジリと焼けつくような痛みを感じた。

そして、ダメージを受けて動けなくなった俺は地面に崩れ落ちる――


なんだこれは……

魔法の盾で防いだのに、なぜこんなに痛みを感じるんだ……


「見たか! 俺の聖なる光魔法の力を!」


「流石ですカズマ様」


「やったわね」


勇者は動けない俺を見下しながら、仲間の女から称賛の声を受けていた。


ぐぅ……くそっ……

光魔法だと……まさか俺は、光魔法に弱いのか……


「クロ!」


ルナが俺の元へと慌てながら駆け寄り、回復魔法を唱えてくれていた。

意識が霞む中、勇者の男がルナに何かを言っている気がした――


ルナ……を……かいほう……?

俺から……ルナを……奪う……?


あ……ダメだ……この感情は……


自分の心臓の音がドクンと高鳴る――

黒乃の声は聴こえてこなかったが、俺はあの感情が蘇ってきた――


「クロード様!」




俺があの感情に染まりそうになっていた時、俺の大切な人の声が聞こえてきた。

ルナのおかげで少しだけ動けるようになった俺は、もう一度自分で回復魔法を使いながら起きあがった。

そして勇者の方に目を向けると、ソフィアが細長い円錐形のランスと金色に輝く盾を手に持ち、勇者の男と対峙していた――

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