第7話 ねがいのまほう
「はぁ……」
朝から騒ぎ疲れた俺は、服を着替え終えてため息混じりにベッドに座る。
ルナも服を着たあと、俺に寄り添うようにちょこんと座った。
『大丈夫ですか? クロード様』
「あぁ、大丈夫だ。落ち着いた」
心配をしてくるソフィアの言葉に、俺は力なく返事をする。
ルナは俺の横に座ったまま、ブラブラさせている自分の足を見ていた。
ルナ……か。
俺は改めて、自分の横に座っている少女のことを見つめる。
なんだろうか、このなんとも言えない気持ちは。
「クロ?」
「あ、いや……その、出てこれたんだな、ルナ」
なんだか無性に愛しいような、懐かしいような気持ちが沸き上がってきたけれど、すぐに気持ちを切り替えてルナに話しかける。
「ん……少しだけ、回復したから」
「そうか」
ルナのその言葉を聞いて、俺は一先ず安堵する。
「それで、ルナはこれからどうするんだ?」
「クロを……強くする」
「は?」
ルナが言うには。俺に力の使い方を教えて、戦えるようにするとの事だ。
その言葉が意外だったが、別に強くなる事は嫌ではない。
しかし、それよりもまず気になる事があり、彼女にその疑問をぶつけてみた。
「俺、スキルや魔法を覚えてないんだが……」
この世界にきて、ソフィアに見せてもらった自分のステータスを思い出す。
称号とかはいろいろと増えていたが、魔法やスキルの欄が無しになっていたはずだ。
「だいじょうぶ。クロはちからをつかえるよ、おもいだして」
元々小さい子供に見えるルナが、さらに幼くなったような口調で喋りだす。
「思い出す?」
「そうぞうするの……それがクロのちからになる」
「想像……?」
「まほうをつかいたいなら……そのまほうをそうぞうする」
ルナはそう言って、自分の小さな手を見つめる。
俺もつられて彼女のその手を見ていると、ルナの手が淡い光を放ちはじめた。
『創造? まさか、クリエイトマスターとは……』
俺の心の中で、ソフィアが驚いているような声が聞こえた。
クリエイトマスターって、俺のJOBだったっけ。
その言葉を思い出しながら自分の手を見ていると、俺の頭の中に言葉のようなものが思い浮かんだ。
「なんだ? グロー……クリエイト?」
俺がそれを言葉にした直後に、自分の手が光り輝いた。
「うわっ!? びっくりした……なんだこれ?」
『まさか……本当に……』
驚愕をしている俺を余所に、ソフィアが何か衝撃を受けている。
「クロ……」
「うん?」
「クロの力はなんでも出来る、それがねがいのまほうだ」
先程までの幼い口調ではなく、普段の喋り方に戻ったルナがそんな説明をしてくる。
「ねがいの魔法?」
「ん……どこの世界の言葉も、対話をしようと思うだけで理解できる」
思うだけで理解できるって……転生の力とかじゃなかったのか。
「クロがねがえば、なんでも生み出せる。武器を生み出す事も、魔法を生み出す事もできる。強くなれば……世界だって創ることができる」
「なにそれ怖い……」
彼女の言う通りだとすると、とんでもない力だ。
『クロード様』
「ん……?」
『その力は、絶対に使わないでください』
「え……なんで?」
ソフィアが言うには、人間が使う力としては危険過ぎるとのことだ。
「ダメだ。クロは強くならないと……じゃないと……あいつに勝てない」
あいつ? 誰のことだろうか?
「これは……クロとワタシの問題だ、ソフィには関係ない」
『そんな力を見過ごす事なんて、私には出来ません!』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。二人の言い分は聞くから、落ち着いて欲しい」
ルナの言葉の意味を考えていたら、二人が言い争いを始める。
俺はその争いを止めて、無理やり話題を変えた。
「えっと……そう言えば普通に会話が成立しているけど、ルナはソフィアの声が聞こえるのか?」
「ん……クロと魂が繋がっているから」
なにかとんでもない事を言われたが、質問はそれじゃない。
どうやら慌てすぎていたようなので、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「そうか……じゃぁ、ソフィア」
『はい』
「確かに、なんでも生み出せるってのはすごい事だが。俺の魔力を対価にするみたいだし、それはそんなに危ない事なのか?」
『クロード様、考えてもみてください。魔力を対価にするとはいえ、無から有を生み出す。その魔力を鍛えれば、世界を創造できる……それはもはや、創造神の領域です』
「それは……」
『そのような危険な力を、クロード様に使わせる訳にはいきません』
そこまで言われると、人間には過ぎた力のように聞こえる。
そして彼女は、俺が力を使う事は断固として反対のようだった。
でもなぁ……
せっかく魔法が使える事がわかったのに、世界云々はともかく、それを使っちゃダメとは……
「魔力を媒介にするって事は、魔法で出来た武器だから……いいんじゃないのか?」
「クロ……ちがう」
「え?」
そんな俺の疑問に、ルナは自分の右手を前に出す。
「ソード・クリエイション!」
ルナがそう叫んだあと、彼女の右手には、豪華な装飾が施された細剣が握られていた。
「ん……」
ルナに差し出された細剣を、俺は手に取る。それは完全に、彼女の下から独立していた。
「これは……すごいな……」
銀で出来た剣をマジマジと見て、そんな感想しか出てこない。
『完全に法則を無視していますね……というか、貴女も使えたのですか?』
「なにをいまさら……この世界に来た時から使っていたぞ」
『ただの攻撃魔法だと思っていました……』
うん、俺もそう思ってた。
『この力で、神界まで攻めて来たのですか?』
「そうだ……この力の前では時間も空間も関係ない」
ルナは、俺が返した細剣を消しながらそう言い放つ。
『なんて事……』
これは使い方によっては、危険過ぎる気がするな。
「こんな力、使わないほうがいいのか……」
『その通りです、使わない方がいいです』
俺の独り言を聞いてソフィアがそれに肯定しているが、ルナは険しい表情をしながら俺の方を見る。
「ダメだ……クロはこの力を使いこなさないと、あいつに殺される」
彼女はとんでもなく物騒なことを言ってきた。
あいつと言うのが誰なのかわからなかったが、死んで生まれ変わったのにまた死にたくはない。
「あいつは……冥王は……この力を狙っている……」
冥王? 何だその嫌な響きの名前は……
「めいおうは……クロのちからをうばって……すべてをてにいれようとしている……」
ルナは顔を伏せながら言葉を続ける。
「おかあさまも……おとうさまもころされた……もう……だいすきなひと……しんでほしくない……」
そうつぶやく彼女は、まるで泣いている迷子のようにも見えた。
「ルナ!」
俺はそんなルナを咄嗟に抱き寄せて、強くなるから安心しろと彼女に優しく囁いた。
『クロード様……』
ソフィアの気持ちも理解できたが、小さな体を震わせているルナのことを俺は放ってはおけなかった。